十一話 知らない老人が出てきたら誰だって警戒するよね
それは、唐突にやってきた。
「………………へ?」
思わず、そんな素っ頓狂な声を上げてしまうシドロ。
しかし、無理もないだろう。
彼はこれまで、ずっと歩き続けてきた。それこそ、一ヶ月……いや、もう三か月になるか。それだけの間、狭い洞窟の中、ただひらすらに前へ前へと進み続けてきたわけだが、しかし、その先は一向に何もなく、背後には壁がしっかりとついてくるのみ。
そんな中だ。
何の前ぶりもなく、奇妙な扉が現れれば、誰だって驚くだろう。
「おい……おい、フール。あれ、俺の目の錯覚じゃないよな……目の前に、扉があるよな……?」
『はい。私にも見えます』
フールに確認しながら、目前の扉が幻覚ではないことを確認。
正直、食料も本当にない状態で、ここまでやってきたため、幻が見えてもおかしくはない状態であった。
そんな中に突然姿を現した、謎の扉。
そう、扉なのだ。こんな洞窟内には似つかわしくない、木製の扉。何やら文様が刻まれているものの、シドロにはそれが何なのか、全く分からない。
先ほどまでは、確かに何もなかったはず。
だというのに、いつ現れたのか、全く分からなかった。
「これは……誘ってやがるのか?」
『でしょうね。罠の可能性は十分にあります。どうしますか、マスター』
「どうもこうもねぇ。行くしかねぇだろ」
明らかに異様な状況。しかし、それを言うのなら、これまで一本道をただひたすらに歩き続けてきたこと自体が、異常である。
これがたとえ罠だったとしても、今更それが何だと言うのか。
「それじゃあ、いくぞ」
そう言いつつ、シドロはドアノブをまわし、思いっきり扉を開いた。
そして。
「なん、じゃ、こりゃ……」
シドロが目にしたのは、別世界だった。
いや、これは比喩ではない。自分のような身分では到底見ることができない別世界の景色、などというものではない。
本当に、見たことのないものが、そこには並んでいた。
まず、そこは鉄のようなものでできた部屋だった。
鉄のような、という言葉で誤魔化したのは、シドロが見たこともない素材で構成されいたからだ。土ではなく、レンガでもない。一番近いであろうたとえが鉄だったのだ。
そして、おかしなものは、それだけではない。
部屋中にある円柱の大きな水槽。そこには、いくつもの奇妙な生物が浮かんでいた。無論、その生物も全く見たことがなく、ただただグロテスクなことだけは理解できた。
「なんだよ、ここは……」
『分かりません……見たことがないものばかりですね……』
その声音は、いつもと違って、どこか驚きを隠せていない様子だった。当然だろう。流石のフールも、こんなものを目にするのは初めてだったに違いない。
異質、異様、異常。
自分たちが見てきたものが覆されるような、見たこともないものが山のように存在する。まさに、全てが異なる場所……異世界だ。
そして、そんな中を警戒しながら歩いていると。
「―――キヒヒヒ。全く。あれだけ追い詰めても根負けしないとは、大した男だな、君は」
「―――っ、誰だ!?」
突如として聞こえてきた声に即座に反応し、シドロは振り返る。
そこにいたのは、一人の老人。
長い枯れた白髪は片目を覆っており、左目しか見えていない。腰は曲がっており、姿勢は悪く、右手には体を支えているであろう杖を持っていた。服は少し奇妙であり、白いマントのようなものを羽織っている。
だが、一番特徴的なのは、その顔。
半分しか見えないが、まるで魚のようなギョロ眼をしながら、こちらを見ながら笑みを浮かべていた。
「ヒヒ。そう警戒するでない。こちらには敵対の意思は全くない。その証拠に、こうして招いてやったのだから」
「はっ、どうかな……ここに誘い込み、油断させた後に襲ってくるかもしれないだろ?」
「なるほど。確かにそういう取り方もできるか。いやはや、君は警戒心が強いようだねぇ」
「そりゃあこんな場所に誘われてきて、挙句唐突に出てきた知らない爺さんを見たら、誰だって警戒するだろうが」
長い長い洞窟。唐突に現れた扉。見たこともない部屋と設備。そして見知らぬ不気味な老人……これだけの要因が揃っていて、何も用心するな、というのはあまりにも無理があるというもの
「キヒヒ。ご指摘ご尤も。そちらが警戒するのは当然の判断だ。だが……しかし困ったな。このままでは話し合いにもならん。ま、取り合えずお互いのことを知るということで、自己紹介するとしよう」
そう言って、老人は両手で杖の持ちてに手を添えながら。
「初めまして、というべきか。私はギン。誰が呼び始めたかは知らんが、多くの者から『助言者』と呼ばれる者だ。どうぞよろしく」
はっきりと、確かにそういったのだった。