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十話 暗くて狭い場所にずっといると気が狂うらしい

 進む、進む、進む。


 シドロはただひたすらに、足を進めていた。


「はぁ…………はぁ…………」


 もうどれくらい経っただろうか。

 シドロのスタミナは、人並み以上。フールは無論、あのカウロンですら認めるほどだ。

 そんな彼が、息を切らして歩いている。つまり、それだけの距離を既に歩いてきたというわけだ。

 けれども。

 景色は一向に何も変わらず、どこにも行きつくことはなかった。


『マスター。少し休まれてはどうですか?』

「あ、ああ……そうするわ……」


 そう言いながら、シドロは壁を背に、その場に座った。

 本来なら、ここで食料を口にしたり、水分補給をしたいところだが、そういうわけにもいかない。

 というのも。


「もう……だいぶ、食料が尽きてきたな……」


 持ってきていた『収納バッグ』の中身を確認しながら、シドロはそんなことを呟く。


「なぁ、フール……ここに来てから、どれくらいたったか、分かるか?」

『正確なことは分かりかねますが……恐らく、もう一ヶ月以上は経っているかと』


 そう。

 シドロ達はもう、ここに来て、随分な時間が経過していた。それも、一日二日などではない。フールが言ったように、既に一ヶ月以上の月日が経っている。

 その間、休み休みでここまで歩いてきたわけだが……それでも、現状に変化は見られなかった。


「まさか、一ヶ月以上もただただ歩き続けるハメになるとはなぁ……」


 流石に予想外すぎる展開だった。

 これなら、強い魔獣を倒す、という試練の方がまだマシである。何せ、魔獣を倒す、という目的がはっきりとしているのだから。

 しかし、今現在、シドロができることは、ただ前に進むだけ。

 それ以外の選択肢はなく、ある意味目的がはっきりとしているのだが、しかしそれが正解かどうかすら、分からないのがつらいところ。


「フール。もう何度も同じ質問してるが、何か仕掛けみたいなやつは見当たらないが」

『申し訳ありません。私も注意深く観察しているのですが、これといって、全く……』

「まぁ、だよな……」


 正直、ただ単に進むだけではいけないのでは、と思い、進んでいく道はちゃんと調べながら歩いている。もしかすれば、どこか横道へ通じる仕掛けがあるのではないか……そう思いながら。

 けれど、どれだけ観察しても、そんなものは一つもなかった。

 もしかすれば、見落としがあったのかもしれないが、しかしそれを確認する手段はない。

 何故なら。


「後ろも後ろで、相変わらずだな……」


 ふと、振り向くと、そこにあるのは、やはりというべきか、壁だった。

 どれだけ進んでも、歩いても、まるで背後から近づくているかのように、シドロ達の後ろには常に壁が存在していた。

 これのせいで、後戻りすることはできず、だからこそ見落としを再確認することもできない状態だった。


「正直、この壁のせいで、前に進んでないんじゃないかっていう錯覚に陥りそうになるな……」


 どれだけ歩いても、つかず離れず、一定の距離を保った状態で後ろにあり続ける壁。確かに足を動かし、進んでいるはずだというのに、壁が後ろにあるというだけで、自分は前に進んでいるのではなく、その場でただ足を上下させているだけなので? とさえ思ってしまえる。


『そんなことを言いつつも、未だにマスターは元気そうですね。正直、驚いていますよ』

「んだよ。貶してんのか」

『褒めてるんですよ。普通、こんな状態が一ヶ月以上続けば、発狂ものでしょうに』


 暗い洞窟。その中で、ただひたすらに歩き続ける毎日。足は確実に前へと踏み出しているのに、後ろの壁がずっと張り付いてくる……こんな異常事態を目の前にすれば、おかしくなっても何ら不思議ではない。

 いいや、むしろ、今のシドロのように正気を保っている方が、おかしいのかもしれない。


「それを言うなら、お前もだろ」

『私は魔剣ですので』

「それ、答えになってないと思うんだが……」


 魔剣だから発狂しない、なんて理屈は聞いたことがないし、恐らく存在しない常識だ。

 しかし、だ。確かにフールの言う通り、この状況で、多少消耗しているとはいえ、いつも通りの態度でいられるのは、普通ではないだろう。

 だとするのなら、その要因が何なのか。

 シドロが出せる答えは一つだった。


「……まぁ、あれだ。確かに、こんな状態を一人で続けてたら、流石の俺も正気じゃいられなかっただろうが……今の俺には、その、なんだ……お前がいるしな……」

『マスター……』


 と、少し呟いた後。


『もしかして口説いてますか? だとするなら、すみません。流石に今、そういうのをやるのはないと思います……もうちょっと時と場合というものを考えて……いえ、マスターの場合、時と場所を考えても無理ですね……』

「おいこら人が折角感謝してるっつーのに、その返しはないだろ」


 などと言いつつ、シドロはいつものような会話ができることに、安心感を覚えていた。

 そんなこんなで、二人は洞窟の奥へと再び進み始めたのであった。




 けれど、彼らは気づいていない。

 既に、自分たちが今まで『試練』に挑戦してきた者の誰よりも…………あの『勇者』ガレスよりも、進み続けていることを。

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