表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/87

九話 振り向いたら変なことになってると怖いよね

 最初に思ったこと。

 それは。


「普通、だな……」


 率直な感想は、まさにその一言に尽きる。

 ここは『試練』の洞窟だと聞かされていたために、入った途端、狂暴な魔獣に襲われる、と考えていたのだが、そんな気配は一切ない。

 いいや、そもそも、だ。


「魔獣が全くいないじゃねぇか」


 それは今だけ出現していない、という意味ではない。

 シドロは今までダンジョンの中で嫌と言う程、魔獣というものに遭遇してきた。その匂いは無論、行動原理や体質なども、それなりに理解している。

 だというのに、ここには、魔獣がいた、あるいは住み着いているという痕跡がまるでなかった。

 足跡も、喰いカスも、何もかも。

 まるで、ここには何もいないと言わんばかりに、伽藍洞なのだ。


『マスター。気を抜かないでください。何かの罠かもしれません』

「分かってるて……こんなの、逆に怪しすぎて、安心できねぇよ……」


 道はただ、一本のみ。それをシドロはただひたすら歩いている。

 無論、ただ歩いているわけではない。注意深く、ゆっくりと。周りには何かしらの罠がしかけられてはないか、十分に気を付けながら。

 けれど、どれだけ前へ進んでも、何も起きない。起こらない。

 魔獣が突然出てくることも、罠が作動することも。


「どうなってやがるんだ、これは…………まさか。もう魔王がここに来て、『助言者』とやらを殺しちまった、とか……」

『分からない、としか言えませんね。以前、魔女同士は気配で分かる、と言いましたが、それは実物あってのもの。あの女がここに来たかどうかは、流石に把握できません』

「そうか……ま、そんな都合よくはいかないよなぁ……」


 魔王が来たかどうか。それだけでも分かればまた変わってくるのだろうが、世のなかそんなに甘くはないもの。

 今はとりあえず、やるべきことはただ一つ。

 進んで。

 進んで。

 進みるづけるのみ。

 そう。それは分かっている。分かっているのだが……。


「さ、流石に、これはちょっとおかしいだろ……」


 思わず、そんな言葉が漏れてしまうシドロ。

 当然だ。もう既にここに来てから数時間が経っている。

 そう。シドロはただひたすらに、一本道を歩いているのみだった。

 ここにくるまでの過程の中で、何かおかしなことは一切ない……そう思っていた。だが、それこそがまさにおかしなことなのだ。

 数時間。数時間だ。それを曲がることも、下ることも、昇ることもせず、ただひたすらに真っすぐ。そんな洞窟が普通に存在するのか?

 答えは簡単。普通なら、ありえない。


『……マスター。これはまずいのではないでしょうか。ここまで来て何もないというのは……』

「つってもなぁ……ここまで来て、何もせずに帰るのは、それはそれで……』


 と、次の瞬間、シドロが後ろへと振り向いた時。

 そこには、あり得ないものがあった。


「―――へ?」


 壁。

 一言で言うのなら、まさにそれだった。

 まるで、洞窟の中にある行き止まりと言わんばかりの壁が、シドロの後ろにあったのだ。


「何で……来た道が、無くなってんだ……?」


 そう。これが、突き進んだ結果、壁にぶち当たった、というのなら何の問題はない。

 問題なのは、ここに来る途中までの道が、塞がれたかのように、唐突に壁が出現したということだ。


「なぁ、フール。さっきまで、確かにここに、道、あったよな……」

『はい。間違いありません。そもそも、ここは一本道。マスターは、ただそれを真っすぐに歩いていただけです。迷うとか、そういう次元の話ではないかと』

「だとするなら……」

『ええ。これが「試練」とやらの一つではないかと』


 そう考えるのは自然だ。

 ふと、シドロは壁を触る。しかし、何も変化は起こらない。触れた感触も、土の壁そのものだ。それも、しっかりとしている。


「おいおい……何なんだよ、これは」

『訳が分かりませんね……』


 フールの言う通り、訳が分からない。

 先に進めど進めど、どこにもたどり着かない道。そして、振り返ると、先ほどまであったはずの帰り道が無くなっている。

 その異常事態に、しかしシドロは慌てなかった。


「ま、とりあえず、前に進むしかねぇってことだな」

『マスター……その発言は、あまりにも楽観的すぎるのでは?』

「けど、実際のところ、それ以外選択肢はねぇだろ。それに、つべこべ考えるってのは、俺の性分じゃねぇし」

『なるほど確かに。こんなところでマスター程度の頭を捻ったとしても、無意味ですしね』

「うぐっ。事実だけれども、他人に言われると、やっぱ気に入らねぇな……」


 などと冗談めいた会話をする二人。

 それによって、この怪奇な現象を前に、どこか落ち着くことができた。

 そして。


「んじゃ。再出発と行くか」

『はい』


 言いながら、二人は再び前へと進みだしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ