六話 無双ができたら調子に乗るのは仕方ないことだと思うんです
結論を言うと、フールの言葉は的中していた。
「お、おおうっ!? すげぇぇぇえええっ!! 巨大蜘蛛どもが次から次へと吹っ飛んでくぞ!!」
剣を少し振るうだけで、周りにいたブラッドスパイダーが吹き飛んでいく。それも一体ではない。十体以上が、だ。
まるで、見えない衝撃によって吹き飛ばされていっているようである。
本来ならば、その巨体に見合った重さであり、こんなことはあり得ない。
だが、そのあり得ないことが目の前で起こっている。
『今、彼らの体重は羽毛に等しい状態になっていますから。そんな状態であれば、ちょっとした風でも吹き飛んでしまうのは当然の結果かと』
「だとしても、これは想像以上っていうか……相手の攻撃もほとんど意味ないし!!」
『破壊力や衝撃力というのは、結局のところ、速さと重さで決まるものです。極論を言わせてもらえば、巨人が音速の拳で相手を叩きつければ、ほとんどのものが壊されてしまいます。スキルや魔術といった、超常の力を抜きにすれば、それが自然の摂理というもの』
そして、と言いながらフールは続ける。
『そして、マスターは相手を軽くさせることができる。いくら早くても、それが羽毛の如き軽さであれば、何ら意味をなさなくなってしまいます。速さと重さの内、片方を完全に消し去ることができるわけです。破壊力、衝撃力という方式そのものを、根本から覆してしまうわけです』
言われてみれば、その通りである。
重さが無くなれば身軽にはなるものの、しかしそれも度を過ぎればご覧の有様。ちょっとした衝撃や風で吹き飛んだり、体勢を崩してしまう。しかも、防御しようにも軽すぎて何の意味もなくなる。
正しく、一方的な蹂躙状態。
『とはいえ、弱点も存在します……と、その前にマスター。剣で防御の姿勢をとってください。前方に、こう、剣の腹を押し出すような形で』
「? こう、か?」
言われるがまま、シドロは剣を前に突き出した。
その次の瞬間、複数のブラッドスパイダーの糸が剣に絡みついてしまった。
「ぬおっ!? 蜘蛛の糸がからみついたんだが?」
『このように、遠距離からの攻撃にはめっぽう弱い、というのがマスターの弱点ですね。いくら重さを消していようと、それに効果がない遠距離攻撃を防ぐ手段がありません。まぁ、これが岩などといった物理的なものならまだいいですが、スキルや魔術で放出された炎の玉や風の刃などはまさに天敵といっていいでしょう。ですので、あまり調子に乗って、俺最強!! とか思わないようにしてくださいね』
「いや、それ今言わなきゃいけないこと!? ってか、どうすんだよ!! 完全に剣が糸にからめとられてるんだが!?」
『安心してください。そのまま振り払ってください。この程度の糸でどうこうなるような、やわな作りはしてませんので』
その言葉通り、シドロは「ふんっ」と少し力を入れ、剣を振り払う。すると、からみついていた数匹の蜘蛛が宙を舞い、壁や天井に激突。そして、糸もまたたやすく切れてしまった。
「すげぇ。ちょっと振り払っただけで、あの粘着が凄そうな糸が簡単に切れちまった」
『言ったでしょう? 私は剣としての素質は最高クラスである、と。頑丈さもそうですが、切れ味に関してもそれは同じこと。さぁ、蜘蛛退治を続けましょう』
そこから先は、まさに無双だった。
無数の巨大蜘蛛に対し、シドロは剣を振るうだけ。そこに技術的なものはあまり必要なかった。ただ斬りつけるだけで、目の前の一体だけでなく後ろにいる十体もろとも吹き飛ばす。まるで、落ちている花びらが風で舞うが如き有様。
加えて、フールの頑丈さと切れ味。これらもまた、重要だろう。ブラッドスパイダーは粘着糸や溶解液も吐き出してくるのだが、粘着糸は容易く切れ、溶解液もまたフールの前では無意味。
これらの要因から、シドロとフールはブラッドスパイダーを蹂躙していった。
そして。
「うっわ、マジかよ……あの数の蜘蛛を、全滅させちまった……」
全てが終わった頃には、無数のブラッドスパイダーの死体がそこら中に転がっていた。
その光景を前に、シドロは思う。
これをやったのは自分。
他の誰でもない、自分の力でやってのけたのだ、と。
魔獣をこれほどまで倒したことがなかった彼は、今までにない達成感を感じていた。
……のだが。
『マスター。言っておきますが、これはあくまで相性のいい相手だったから、という結果であって、決してマスターが無敵になったとか、最強になったとか、そういうことではありませんので』
「うん分かってる。分かってるよ? でもさ、けどさ、ちょっとは感慨にふけってもいいんじゃないと俺は思うんだけどなっ!?」
水を差すようなフールの言葉に、一気に現実に戻される。
しかし、彼女の言う通り。これは相性がよかっただけの話。加えて、フールの解説がなければ不可能だったことでもある。自分一人でやった、というのは確かに間違いであった。
『あと、マスターはある程度の剣術はできるようですね。まぁ、本当に、ある程度、ですが』
「うぐ……あーそうですよ。荷物持ちもそれなりには戦えないと、本当にお荷物になるからな。自分の身くらい守れる程度の力はあるっての」
ダンジョンという魔獣が住む場所に行くのだ。荷物持ちも、それなりに戦えなければ、それこそパーティーに迷惑をかけてしまうのだから。
『ですが……体力については、想像以上ですね。羽毛並みに軽くさせていたとはいえ、先ほどの数をさばきながらも、未だ体力が有り余っているとは……正直、驚いています』
「そりゃまぁ、荷物持ちは体力が全てだからな。いくら荷物を軽くさせてるとはいえ、それを運びながらパーティーについていかなきゃいけねぇからな。体力とか持久力に関してなら、ちょっと自信はある」
筋力はともかくとして、たくさんの荷物を長時間運び続けるのが荷物持ちの基本の仕事。シドロは【軽量化】でモノ自体は軽くさせているが、それでも大量であることには変わらない。それを持ちながら長時間行動していたため、体力には他人よりも秀でていると言っていいだろう。
『ふむふむ。つまりは、体力馬鹿、ということですね』
「いやその通りだけど、その通りなんだけどっ。俺、一応はアンタの主ってやつなんだよな? なのに、何でそんなに辛辣なわけ? 俺、何か気に障るようなことした?」
『いえいえとんでもない。言ったように、私はマスターに対して大変感謝しております。気に障るようなことなど何一つありません。ただ、コレは私の元からの性格であり、ある種仕様なので、ご理解いたがけると大変助かります』
「元からその性格って……アンタ、随分性格ひんまがってるんだな」
『やめてくださいマスター。褒められると照れてしまいます』
「誰も褒め取らんわっ!!」
隙あらば何かと言ってくるフールに対し、思わずシドロはツッコミを入れてしまう。最早これが様式美になりつつあった。
『とはいえ、安心しました』
「? 何がだ?」
『いえ、これからもっと体を動かすことになりそうなので、体力が有り余っているのなら、問題ないと思っただけです』
どういうことだ、と言いかけたその時である。
物陰から奇妙な音がしたと思ったとたん、シドロは振り向く。
そして。
「……おいおい。マジかよ」
先ほど以上の数のブラッドスパイダーが自分たちを囲んでいることに、ようやく気付いたのであった。