五話 魔王退治の前に『試練』ってよくあるよね
『試練』。
その言葉が出たとたん、パーシルの表情が一気に強張った。
「正気ですか、ルーサー様っ。シドロ達に、『試練』を受けさせようなどと……!!」
驚き、というより、どちらかというと怒鳴るかのような口調。それだけ、ルーサーの発言が信じられなかったのだろう。
だが、一方のルーサーは冷静な態度で答えていく。
「当然だ。それができなければ、我々は魔王に対して、後手に回り続ける。前回のようにな。そうならないためにも、彼らには『試練』を受け、『助言者』の力を借りる。それしかあるまい」
「しかし……っ、」
それは認められない、と言わんばかりのパーシル。
そんな彼らの間に割って入るかのように、フールが問いを投げかけた。
「あの……『試練』とは一体何なのですか?」
それはシドロも聞きたかった質問。
それに対して答えたのは、またもやルーサーだった。
「先ほども言ったように、かつての魔王は神出鬼没。どこを根城にしているのか分からない状態だった。そんなあやつを見つけるために、勇者一行は『助言者』と呼ばれる者に助力を頼もうとした」
「『助言者』、ですか」
「多くの叡智をその身に宿し、問われたことに対して何でも答えるという者だ。それによって、我々は魔王がどこにいるのかを突き止めた」
「そして、今回もその方に力を貸してもらおう、というわけですか」
「そうじゃ。じゃが……彼の者がいるのは、特殊な洞窟でな。『助言者』のもとに辿りつくまでには、その洞窟内で『試練』を受け、見事乗り越えなければならない」
『試練』に洞窟。また、古典的な組み合わせである。
「んじゃ、パーシル達も、その『試練』ってやつに合格したってわけか」
何気ないシドロの問いに、しかしパーシルは首を横に振った。
「いいや……確かに『試練』には挑戦した。私だけではない。勇者パーティー全員がな。だが、実際にそれを乗り越えたのはガレスだけだ」
その言葉に、シドロは目を丸くさせた。
英雄と称えられている勇者パーティーのメンバー。そんな彼らの大半が、脱落してしまったというのか?
それだけその『試練』とやらは難易度が高いというわけなのか。
「『試練』の内容は……正直、覚えていない。そういう特殊な仕掛けが施されてあるらしくてな。しかも、『試練』に挑戦できるのは、一人一回のみ。だから……私はもう『試練』に挑むことができん」
「だからこそ、この者たちに『試練』を受けてもらうしかあるまい」
「だとしてもですっ。あれに挑戦した者の大半がどういう末路をたどるのか、知らないわけではないでしょう!?」
どういう末路をたどるのか。
それは、あまり聞き捨てならない一言であった。
「どういうことですか?」
「……『試練』は誰にでも挑戦することができる。だからこそ、『助言者』のことを知っている者が、何人も『試練』に臨むことが多々あった。だが……そのほとんどが、精神崩壊を起こし、廃人となっているのだ」
「まじか……」
「幸い、私や勇者パーティーのメンバーは、廃人となった者はいなかったが……『試練』に挑み、失敗した私を含め、ガレス以外の全員が、半年以上、意識不明の状態だった。その間、看病をしてくれていた者たちは、悪夢にうなされているようだったと言っていた」
『試練』のことを語っているパーシルは、今までにないほど、深刻そうな顔をしている。それも当然だろう。『試練』に挑み、死んではいなかったというものの、半年以上も意識がなかったのだから。トラウマになっても仕方ない。
「……先ほど、私は『試練』の内容は覚えていないと言った。だが、『試練』が恐ろしかったことだけは覚えている。その内容は分からないし、思い出せない。だが、それでもあれは人が関わってはならない何かだというのだけはしっかりと覚えている」
具体的なことは一切覚えていないが、しかしそれでも漠然とした恐怖を覚えているとパーシルは言う。
「日頃から精神を鍛えてたおかげか、それとも別の要因か……何にしろ、私達は、本当に幸運だった。今こうしてここにいることが奇跡なのだ。それほどまでに、あの『試練』は……危険なのだ」
あまりにも抽象的な物言い。
けれど、あのパーシルが思いつめたような表情で語ることは滅多にないがために、シドロにはそれだけで『試練』とやらがかなり危険なことが理解できた。
「……確かにな。彼は魔王の攻撃を防げる唯一の魔剣の担い手。その彼を失うことは痛手だ。別の誰かに行かせる、ということも考慮すべきかもしれん」
別段、『試練』に挑まなければ、魔王を倒せない、というわけではない。ならば、別の誰かに『助言者』のもとへ向かってもらえばいいだけの話。
(けどよ、それは……)
その提案に、しかしシドロは納得のいかない表情を浮かべる。
そんな彼を見て、ルーサーは息を吐きながら、続けて言う。
「ま、とりあえず今日のところは解散としよう。今すぐ答えを出せとは言わん。ゆっくり考えた上で、返事をしてこい」
そう言って、今日の会議は終わりを告げたのだった。