四話 やばい時でもチャンスはあるもの
「それは……どういうことっすか……?」
思わず、シドロはそんな問いを投げかけた。
今、言われた言葉が理解できなかった……わけではない。
彼は、ルーサーが口にした言葉を、理解したくなかったのだ。
だが、そんなシドロの思いとは裏腹に、ルーサーは続けて言う。
「どうもこうもない。勇者パーティーのメンバーはそこにいるパーシルを含めて六人。その内三人が死亡しているのじゃ。その三人というのは、スタン、ファム、ミーティアの三人じゃ」
『剛拳』スタン、『比翼』ファム、『氷牙』ミーティア。
それぞれ、誰もが知っている元勇者パーティーのメンバー。人々が英雄を称える彼らの強さは、それこそ敵なしと言われている。
だが、そんな彼らが死んだ、とルーサーは言うのだ。
「……何があったんですか?」
低い声音で問いただすパーシル。どうやらこのことは、彼にとっても寝耳に水だったらしい。
「それが、全員何者かの襲撃にあったらしくてな。応戦はしたものの、全員惨殺されてしまったらしい。つい一週間ほど前じゃ」
「まさか、魔王の……?」
「確証はない。が、可能性は高いじゃろう。何せ、三人ともそれぞれ別の場所で、同時期にやられておる。体中をめった刺しにされるという、同じ手口でな……しかも、相手は一人だったという」
「? 何故、そんなことが分かるのですか?」
「目撃者がいたのじゃよ。スタン達は、それぞれ別の場所で、仕事をしていた。スタンは大手商会の用心棒、ファムは騎士団の教官、ミーティアは魔術の講師、と言った具合でな。まぁ、英雄と言われるだけあって、昔から色々と面倒ごとに巻き込まれやすい立場にあるゆえ、全員護衛をつけていたのじゃが……そのほとんどやられたというわけじゃ。ま、何人かは生き残っておったがの」
「その生き残った護衛が、目撃者だと?」
「そういうことじゃ。とはいえ、フードを被っておったから、顔は見ておらん故、男が女かすら分からん。が……魔王が蘇り、その魔王を倒したかつての者たちが剣で惨殺された……これを偶然の一言で片づけるには、ちと無理があるじゃろうて」
その予想は、恐らく当たっている。
この状況で、かつての英雄三人がやられた……その実行犯が誰なのかは、最早言うまでもないだろう。
と、ここに来て、一つシドロはとある疑問にぶつかった。
「あの、ちょっといいっすか。三人が死んでるって言ってたっすけど……パーシル以外に二人、まだいるっすよね……?」
そう。それこそ、勇者パーティーにおいて、絶対に欠かせないと言われた二人。
かつて、魔王討伐の際、尤も活躍したと言われ、国中の人々に称賛された男女。
その話題が一度も上がっていないことに、違和感を感じたシドロの言葉に、ルーサーは重い腰を上げたかのように、ゆっくりと語っていく。
「……ああ。『勇者』ガレスと『聖女』リリス。二人はまだ生きておる……じゃが、今のあの二人はとてもじゃないが、戦場に立つことなどできん」
「それは、どういう……」
「公表はしておらんのだが、前回の戦いで、ガレスとリリスはひどい傷を負ってな。再起不能な状態なのじゃ。それこそ、まともな生活すらおぼつかんほどにな……故に、悪いが、彼らはアテにしないでくれ」
その言葉は、もうこれ以上は聞くな、とも受け取れた。
しかし、だとするのなら、状況は思っていた以上にかなり悪いものである。
かつて、魔王を退治した勇者パーティーの内、三人が死亡、二人が再起不能。残っているのはパーシルのみ。
確かに、魔王の攻撃を止めらえるフールがいるとはいえ、それだけではあまりにも心もとなさすぎる。
パーシルもいるものの、しかし前の戦いでは、六人いて、その上で多くの犠牲を払い、勝利を掴んだと聞いている。
だとするのなら、これは悪いどころではない、最悪の状態なのではないだろうか。
「……ですが、それはおかしな話ではありませんか?」
「? 何がだ」
「既に勇者パーティーの大半が死亡、及び戦闘不能状態になっているとすれば、これ以上の好機はないと思うのですが……何故、相手は何もしてこないのです?」
言われ、確かに、とシドロは思う。
かつて自分を倒した連中は、もういないといっていい。ならば、かつてと同じように、魔獣を一気に暴れさせても邪魔する者はいないはず。
だというのに、なぜそれをしないのか。
「そう。儂らもそこが気になっておる。今の状況は、奴にとって、これ以上ないチャンスじゃ。それこそ、かつてと同じように魔獣を一斉に暴れさせられた時には、世界はまた大混乱に陥る。じゃが、未だその兆候は見られん。このことから察するに、奴は未だかつてのような完全な状態ではないと、儂らは考えておる。だとすれば……」
「叩くのなら、今、ってわけですか」
要するに、今はまだ、相手はまだ未完全な状態。
だとするのなら、それこそこちらの勝機であり、隙をつく絶好の機会だ。
「しかし、叩くにしても、問題は奴が今、どこにいるのか。これについては、前回も相当苦しめられた。何せ、奴は神出鬼没。どこにでも現れる。じゃが、一方でその所在を誰にも感づかれないよう細心の注意を払っておった」
魔獣と人間。その戦場に突然現れ、人々を蹂躙し、そして突然消える。それが、前回の魔王のやり口。そのあまりにも唐突すぎる登場と撤退のせいで、毎回戦場は大混乱。そして、追跡しようにもそれができないよう細工がされており、だからこそ、魔王討伐の際には、そこもまた厄介の種でもあった。
「だから、儂は前回と同じ手段を取ろうと思う」
「前回と同じ手段……まさか」
その言葉に、パーシルは目を見開く。
そんな彼に対し、ルーサーは頷きながら、言い放つ。
「そう。『助言者』に力を貸してもらうしかあるまい。そのために、こやつらには『試練』を受けてもらう」
その言葉に、シドロとフールは同時に首を傾げたのだった。