三話 嫌な時にほど嫌な知らせがくるもの
目の前にいる老人が、この国の国王だ。
そう言われて、はいそうですか、と素直に言えないシドロとフール。
当然だ。いくら会合場所が酒場とはいえ、真昼間から酒を飲んでいる老人が、一国の王?
ふざけているにも程がある。
そして、それはパーシルも同じ気持ちだったらしい。
「全く……大事な会合だというのに」
やれやれと言わんばかりのパーシルの言葉に、ルーサーは、「はっ」と鼻で笑いながら言葉を返す。
「喧しい。こんな状況、飲まなくてはやっとられんわ。多くの犠牲を払って倒したと思った魔王が、実は生きていて、また行動を開始した……考えただけでも悪夢だというのに」
コップに注がれた酒を一気飲みすると、「ぶはーっ」と言いながら、ルーサーはコップをテーブルの上に置く。
「二十年前、突如として現れ、魔獣の大群をあらゆる国々に放ち、世界を地獄へと変貌させた、最悪の存在。そのせいで、何十万という人間の命が奪われた……『地獄の生誕』と言われたあの時代を、未だに忘れることはできん」
『地獄の生誕』。
大袈裟のように聞こえるが、しかし当時はまさしくそんな時代だったと、シドロは聞いている。どこに行っても血の匂いが漂い、死体が転がっていない場所など存在しない……それほどまでにひどい時期だった、と。
そして、その全ての原因は、魔王が地上にいる魔獣を好き放題に操り、人間がいる村、街、国。あらゆる場所を徹底的に襲わせたせいだと言われていた。
だが、一方でこうも言える。魔王を一人倒せば、魔獣は人を無暗に襲うことはないのではないか、と。元々魔獣は人々を襲う生き物だったが、しかしそれにも限度があった。その限度を無くし、活性化させているのは魔王。ならば、魔王を倒せばきっと魔獣の活動も収まるはず。
その狙いは正しかった。
だがしかし、実行するにはあまりにも無茶な賭けだったという。
「魔王を倒せば、魔獣の蹂躙は収まる……じゃが、その肝心要の魔王が厄介過ぎた。奴自身の正体は、様々な能力を持った魔剣であり、その一撃は誰にも止められないときた。おかげで、奴が一人、戦場でて、その剣を軽く一振りするだけで、千人の兵士が死ぬほど。あれを見た時は、本当に悪夢かと思ったほどじゃ……」
魔獣の大群に対し、人間側も大勢の騎士や冒険者といった戦士を集め、何度も全面戦争をした。
だが、その度に魔王が現れ、魔獣ごと人間の戦士たちを一瞬で消し炭にしたのだ。その数は、もはや計り知れず、魔王との戦いで犠牲者が数千人で済めばよい方、とまで言われた程。
「誰にも防御不可能な攻撃……単純ですが、だからこそ強力であり、凶悪ですからね。あの私もあの一太刀を何度くらいそうになったことか……」
防御不能、という効果はそれだけ絶大なのだ。
剣の素人ならいざ知らず、それだけの力を持つ剣の一撃を一度も防御せずに勝利する、なんてものは、最早不可能に近いもの。
それを、奇跡と奇跡が重なり合い、勇者パーティーは勝利を収めることができた。
……はずだったのだ。
「多くの奇跡と犠牲のもとでようやく倒せた世界の敵……そんな奴が、そんな奴がじゃ。よもや生きていた、と聞かされれば、飲みたくなるのも当然じゃろう? っというわけで、店長もう一杯おかわり」
「おいこらいい加減にしろよクソジジイ」
追加注文をしようとするルーサーに対し、頭をはたいて止めるパーシル。
……相手は仮にも王だというのに、何なんだろうか、この関係性は。
などと、シドロが思っていると、ふとルーサーが周りをきょろきょろと見渡した。
「……っと、そういえばパーシル。お前、あの馬鹿……もとい、お前さんの師匠も一緒に連れてきたと言ってたが、どこにいるのじゃ? 姿が一向に見えんが」
「ああ、それなら……」
そう言いながら、パーシルは腰につけてあった水筒の蓋を開ける。
すると、そこから白い霧と共に、ムイが現れたのであった。
『ぷはーっ。ようやく出てこれた。もう、パーちん遅すぎ。どれだけアタシを閉じ込めとくつもりだったの?』
「私も、できれば閉じ込めておきたくはないのですが、何分、今の貴方は幽体ですから。いるだけで目立ってしまいます。…………それに、閉じ込めておけば、静かな時間が過ごせますし」
『おいこら弟子よ。最後のが本音だな? ……って、あっ、ルーちんじゃん! ひっさしぶりっ!! 元気してた!?』
「そういうお前さんも相変わらずじゃな。っというか、本当に幽霊になっていたとは……驚きじゃな」
『あはははっ。だよねー! アタシもそう思う!』
などと、いつものようにムイは呑気に笑う。
そして、そんな彼女を見て、ルーサーは続けて言う。
「ま、とりあえず、これで全員集まったということで、話を始めるか」
「? 全員?」
思わず声を上げたのはシドロ。
そして、次に声を出したのは、フールであった。
「ちょっと待ってください。ルーサー様。全員集まったって……他の方たちはどうしたのですか」
話を聞いた限りでは、今日集まるのはごく少数。
しかし、それはこのメンバーではない。少なくとも、あと数人、それこそ元勇者メンバーが集まるというはなしだったはず。
「……ああ。それについても、話をするつもりじゃ」
フールの問いに対し、ルーサーは重たげな表情を浮かべながら。
「まずはじめに言っておくとだな、パーシル以外の元勇者パーティーのメンバーは誰一人としてここへは来れん―――そのほとんどが、死んでおるからな」
そんな、残酷な現実を叩きつけたのであった。