一話 天は二物を与えることもあるらしい
パーシルの執務室。
そこで、シドロはムスっとした表情を浮かべていた。
「…………、」
「どうしたのですか、マスター。浮かない顔をして。いつにもまして、顔が残念なことになってますよ?」
「いつにもましては余計だっつーの」
とはいうものの、浮かない顔、というのは確かに当たっているだろう。
今日ここに来て、最初に聞いたこと。それは、ムイとパーシルの関係性について。何やら二人は面識があるようだったため、ためしに聞いてみたのだが……。
「どうしたも何も……この残念幽霊が、パーシルの師匠って……ありえねぇだろ」
シドロは未だ不可解というか、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。
『白光』パーシル。かつて勇者パーティーにいた英雄。その師匠が、このムイだというのだ。
すぐに納得しろという方が無理な話である。
「シドロ。残念ながら、それは変えようがない事実だ」
『え、ちょいちょいパーちん。残念ながらってどういう意味だい?』
などというムイを他所に、パーシルは説明を続けていく。
「彼女は私と同類でな。その縁もあって、色々と指導してもらったのだ」
「同類……?」
「知っての通り、世の中の人間は二つに分かれる。スキルを持っている人間と魔力を持っている人間。基本的には、その二つのみ。スキルを持っている人間は魔力を持っておらず、魔力を持っている人間はスキルを持っていない。そういうことになっている……だが、ごくまれにスキルと魔力。その両方を持つ人間がいる。知っている者からは、『重複者』と呼ばれている」
「『重複者』……」
スキルと魔力。それらは神から与えられた恩恵だと言われているが、しかしそのどちらかしか与えられない。
そういうものだと思っていたのだが、しかし思い返せばおかしなことは確かにあった。
「そういや、確かにお前【幽体離脱】ってスキル持ってるのに、魔術使えたな……すっかり忘れてたわ」
【幽体離脱】のスキルと光の魔術。これら二つを使っていることは、本来あり得ないことだ。なのに、今までそれに気づかなかったとは……。
「さっきも言ったように、『重複者』は数がかなり限られている。ゆえに、教えを乞える相手は早々いない。そういう意味では、私は幸運だったと言えるだろう」
パーシルの言う通り、自分と似たような人間がいる、というのはかなり珍しいこと。加えて、その人物に弟子にしてもらえるとなれば、運がいいと言えるだろう。
……まぁ、その相手がムイだったということが、果たして良かったかどうかはさておくとして。
「さて。こちらの話はそこまでにして、だ。シドロ。そして魔剣・フール。君たちには魔王討伐の協力をお願いしたい」
言われ、シドロは思わず目を大きく広げながら、驚いてしまった。
「どうした?」
「いや、その……正直意外だったって言うか……パーシルのことだから、『余計な真似はするな』って言われるものかと……」
パーシルはシドロの身に起こったことを知っている。だが、それを汲み取っても、個人的な理由で行動することは許されないと思っていた。少なくとも、シドロが知っているパーシルならば、必ず止めるはずである。
「本音を言えば、そう言いたいのは山々だ。何せ、相手が相手だ。しかし、だからこそ使えるものは何でも使わなければならない。特に、フール。君は我々にとっての切り札となり得る」
「どういうことでしょうか……?」
フールの疑問。
それはシドロも思っていたものだった。
「かつて、我々は魔王を討伐した際、奴の驚異的な強さに圧倒された。中でも油断ならないのが、その威力……いや、もっと言えば、鋭利さ、か。奴の刃はどんな防御も意味をなさない。全て切り裂かれてしまう。どれだけ強靭な武器であろうと、どんな強力な防御魔術でも切り裂いてしまう。そのせいで、大勢が犠牲になってしまった……だが、そんな奴の攻撃を、君は簡単に受け止めたと聞いている」
それは本当だ。シドロも、フールが魔王の剣を片手で防いでいたのをその目で見ている。あの時は、魔王も確かに驚いていたが、彼女にとって本当にあり得ないことだった、というわけか。
「つまり、君は奴の攻撃に対処できる、ということだ。そして、そんな君を扱えるのは、今のところシドロだけだと聞いている」
フールの硬度は最高峰だ。だがしかし、剣としての彼女を使えるのは、【軽量化】のスキルを持つシドロのみ。
だから、フールだけではなく、シドロにも協力を要請しているわけだ。
「これは危険な戦いだ。はっきり言うが、死人がでない、なんてことは絶対にありえないだろう。もしかすれば、お前たちもその犠牲になるかもしれない……だが、頼む。君らの力を貸してくれ」
パーシルからの協力要請。
それは、シドロにとっては予想外の出来事。
しかし、嬉しい誤算でもあった。
「当然だ。あいつには、俺がきっちりカタをつけなきゃいけない理由があるしな」
「私もです。あれと戦うには、十分すぎる因縁がありますから」
シドロとフール。二人にとって、魔王はもはや空想上の人類の敵ではない。自分の大切なものを奪った仇敵。それを倒すのに、迷う必要などどこにもなかった。
「そうか……では、早速準備をしてくれ。明日にでも出発する」
「出発って……どこに?」
シドロの問いに対し、パーシルは。
「王都だ」
端的に、そう答えるのであった。