五十二話 一方その頃⑧ 師弟
「魔王が帰ってきた、か……」
その事実に、未だ信じられないと言わんばかりの表情を浮かべるパーシル。
当然だ。何せ、彼、そして彼の仲間は多くの犠牲を払って、魔王を倒したのだ。それが全部無駄だった、と言われれば、真実であろうとも信じたくないと思うのが人間というものだろう。
とはいえ、今回は信じられないことがもう一つあった。
「しかし、まさか、貴方とそんな姿でまた会うことになるとは思ってませんでしたよ、師匠」
その言葉に、かつてパーシルに教えを施した師であり、『閃光』の異名を持つ魔術師ことムイは、むっとした表情を浮かべながら、パーシルに言い放つ。
『こらこら、パーちん。人にはそれぞれ個性ってもんがあるんだから、そういう言い方するの、よくないとアタシは思うんだけど。そういう差別発言、弟子から聞きたくなかったなぁ。哀しい。アタシは哀しいよ、パーちん。昔はあれだけ可愛かったのに……』
「そんなことは一言も言ってないでしょうに。っというか、何ですか。体と魂を入れ替えられ、そのまま『奈落の大穴』に落とされたって。二十年以上音沙汰がないと思えば、どんな波乱な人生を送ってるんですか、貴方は」
『あははっ! まぁアタシの人生に波乱はつきものだからね!』
幽霊状態だというのに、目の前の少女は明るく笑っている。普通なら考えられない状況だというのに、この陽気さは、ある意味尊敬できる代物だった。
「しかし、貴方ほどの人をそこまで追い詰めるとは……何者なのですか、その相手は」
『んー、ちょっとした知り合いというか、アタシが生涯をかけてぶち殺すって決めた相手というか……ま、そんなところかな?』
「その二つにはとてつもない差があると思うんですが……」
とはいえ、それ以上追及することはなかった。
どうせ答えても聞かせてもらえない、ということをパーシルは重々承知していたのだった。
『にしても、あれが魔王とはねー。何というか、想像以上に下種というか、クズというか……アタシがいうのも何だけど、ヤバイね、あれ』
「……あれのおかげで、我々は何度も苦しんできました。そんな奴が数年、自分の近くにいたというのに、全く気付かなかったとは……しかも、私の存在を利用して、ナザンを魔女に、挙句自分の素材にするとは……ふがいないばかりです」
『仕方ないよー。あれ、どう考えても隠蔽系の何かつかってたみたいだし。ただまぁ、魔術っぽくはなかったから、魔剣としての能力なのかな……? にしても、魔王が復活したってなると、こりゃまた大ごとになるなぁ。パーちんやパーちんの仲間も招集されるんじゃない?』
「でしょうね。あれだけの犠牲を払っておきながら、倒し損ねていたとなれば、彼らも黙っているわけにはいかないでしょう」
かつて、勇者パーティーの面々は、魔王を討伐したと、誰もが思っていた。だが、それが今になって復活したと言われれば、黙っていられるわけがない。
何せ、それだけの犠牲を、あの戦いでは支払ったのだから。
とはいえ、だ。
今回に限っては、まだ希望の光は残っていた。
「それで、です。師匠。先ほどの話は本当なんですか?」
『うん、本当だよ。フーちゃんは、あの魔王の一撃を無傷で止めてた』
魔王の一撃を止めた……それは、パーシル達にとっては信じられないことであった。
何せ、かつての彼らは、一度も魔王の一撃を受けて、無事だったことがないのだから。
「彼女の硬さは、魔王の刃のそれを上回る、と」
『そういうことになるのかな』
つまりは、魔王の一撃をも防げるほどの硬度を持っている、と。
それはパーシル達にとっては僥倖な情報であった。
前回、魔王を討伐した際、どんな物理的防御も、魔術的防御も彼女の前ではほとんど無意味。あらゆるものを切り裂いてしまう魔王の剣は、まさしく戦闘においては最悪な代物だった。
それを防げるとなれば、これを使わない手はない。
何より、向こうも魔王とは因縁がある関係という話だ。ならば、協力してくれる可能性は高い。
問題なのは。
(彼女に協力してもらう場合、シドロも巻き込むことになる、か)
今、フールを使いこなせるのは、シドロのみ。自然、彼女に協力してもらうということは、シドロにも手伝ってもらわなければならない。
正直、彼を巻き込みたくないという気持ちはある。
が……状況はそんな悠長なことを言ってられる場合ではなかった。
「背に腹はかえられない……彼らも連れて行くしかないか」
『連れて行くって……もしかして、王都に?』
「それ以外のどこがあるというのですか。無論、貴方にもついてきてもらいますよ。皆に事情を説明するには、その方がいい」
『まじかー……まぁ、そっちの方が体に関しての情報が見つかるかもだけど……でもなぁ、あんま王都の知り合いとかには会いたくないんだよなぁ』
「だだを捏ねないでください。あと、逃げようとしても無駄ですよ。魔道具の鎖で縛ってでも連れて行きますから」
『うん分かった。逃げないから、それはやめてね?』
冗談で言っているようだが、それを本当にやってしまうのが、このパーシルという男なのだ。
「……本当に、厄介なことになってきたな」
そう言いつつも、パーシルは今後の対策を考えながら、大きなため息を吐いたのであった。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!
楽しんでもらえたでしょうか。
一章はこれにて終了です。
正直、謎が多く残っておりますが、今後はそれを回収しながら、展開していく所存です。
皆さまが少しでも
【面白い】
【更新したら読みたい】
【続きの展開を見たい】
と思ってくれたのなら、幸いです。
もしよろしければ、ブックマーク追加や↓にある《☆☆☆☆☆》を《★★★★★》にしてくださると、作者のテンションが上がり、大変励みになります!
今後は一日に一回の更新ペースになると思いますが、精進し、面白い作品を書けるよう努力していきますので、これからも応援の方、よろしくお願いいたします!!