五十一話 目的が同じなら手を組むのは当然の結果
地上へ戻ったシドロは、多くの者から驚きの視線を向けられた。
当然だ。彼は『奈落の大穴』に落ちたと誰もが知っている。そして、そこから帰ってきた者は誰一人としていない。
彼を除いては。
そのため、シドロは初の『奈落の大穴』からの帰還者として、冒険者たちに騒がれていた。
そんな中、シドロはギルマスであるパーシルに事の詳細の全てを話した。
ナザンが自分を『奈落の大穴』に突き落としたこと。
フローラ、否、ラムウがクシャルとイリナを殺し、ナザンを犠牲にしたこと。
そして、彼女からの伝言。
全てを話し終えると、パーシルは「そうか」と言って大きく息を吐いた。
『報告ごくろう。色々と聞きたいことがあるだろうが……今はゆっくり休め』
その言葉をシドロは了承した。
本当なら多くのことを聞きたかった。否、聞かなければならなかった。一体あのラムウとは何者なのか。何故パーシルと知り合いなのか。何故自分のことを魔王と名乗ったのか。
他にも質問したいことは山のようにある。
だが、それを直接聞けるほど、今のシドロには気力がなかった。
「…………、」
その日の夜。
シドロは宿の部屋で一人、窓の外の月をぼうっと見ていた。
……いや、実際は今の彼には月すら意識の中にないだろう。
本当に、ただ茫然としている。それだけだった。
「―――いいですか、マスター」
ふと、そこに部屋に戻ってきたフールが声おかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ。大丈夫だ。心配ない」
その言葉が、虚勢であることはフールには一目瞭然だった。
だがしかし、彼女はそれを追求しない。ただ、黙ってそこに立っているだけ。
そして、そんな彼女に対し、シドロは話を始める。
「……俺、さ。フールに出会うまで、ちゃんと【軽量化】を使いこなせてなくて……そのせいで、仲間からも正直いらないって扱いされてたんだ」
「知っています。それは以前にも聞きましたから」
「だな……イリナはよ、いっつもおどおどしてて、めちゃくちゃ泣き虫でな。最初の頃なんて、魔獣の死体みるだけでぎゃあぎゃあ騒いでたんだ。それを見て、クシャルはいつもガミガミ怒っててよ。冒険者なあそれくらい我慢しろ~っていうのがお約束でな。そんな二人を見てナザンは仲裁に入ったり、フローラもそこに入って、ぎゃあぎゃあと騒いで……皆が喧嘩した時はよ、俺が料理を作ってなんとかしたこともあった。それぞれが好きな料理を別々に作ったりしてな。イリナとかフローラは普通にうまいって言ってくれたが、クシャルは一度も感想をいってくれなかったっけ。ナザンにいたっては、まずいまずいっていつも口にして、正直落ち込んだこともあったな」
つらつらと、かつての記憶を語っていく。
思い返すのは、荷物運びだった頃のもの。今思い返しても、シドロの扱いは、あまり良いものではなかったと思える。
「全員、俺のことをそんなに必要としてなかった。俺がいなくても大丈夫だろうって、陰で言ってたやつらだ。普通、そういう連中が死んだら、すっきりするもんだ。俺の悪口をいいやがって、ざまぁみろって。そう思う、べきなんだよな……」
本当なら、普通なら、本来なら、そう思うのが当たり前なのだろう。
自分を必要としていなかった者たち。いらないと思っていた連中。彼らがいなくなったことで、シドロはせいせいしたと、感じるべきなのだろう。
だが。
「何で……何で、俺は今、空虚感にさいなまれてるんだよ……!!」
それが、今のシドロの本音だった。
何かがぽっかりとあいてしまっている。欠け落ち、その部分が空っぽなのだ。それがどうしようも哀しくて、苦しくて、無力感が襲い掛かってくる。
これは一体何なのか。
その問いに対し、フールは答える。
「……それは、マスターが少なからずとも、彼らのことを仲間だったと思っていた証拠でしょう。そして、そんな彼らに対し、なにもできなかった……その後悔が、その空虚の正体だと、私は思います」
そう返された言葉に、シドロはようやく合点がいった。
ああ、そうだ。確かに自分は彼らに仲間として認めて貰えてなかったのだろう。だが、それでも、だ。シドロ自身は、彼らのことを仲間だと思っていたのだ。
滑稽な話である。周りからは仲間だと思われていなかったと言うのに、自分は周りを仲間だと思っていたなどと。
けれど、けれども、だ。
どんなに滑稽で、馬鹿げていようとも、それでもシドロが彼らを仲間だと思っていたことに違いはなかった。
「……フール。俺は決めたぞ」
視線を窓の外からフールに変えて、シドロは続けて言う。
「俺は、何がなんでも、フローラに……ラムウって奴に、報いを受けさせる。ケジメをつけるとか、もうそういうことじゃねぇ。自分がやらかしたことに対して、相応の罰を受けてもらう……いや、ダメだな。言葉を濁して、誤魔化すのはやめよう」
決めたと言いながら、未だぼかした表現を使おうとするのは逃げている証拠。
そんな半端なことは意味がない。
だからこそ、己の覚悟を確固たるものにするために、シドロは言う。
「俺は―――あいつを殺す」
端的に、そして力強く、シドロはその言葉を口にした。
それに対し、フールは少し驚くような表情を見せていた。
自分が殺されかけた時ですら、相手を殺すとは一言も言っていなかった。
そんな彼が、今、他人を殺されたことで怒っている。しかも、自分を追い出した人間が、自分をいらないと言っていた者たちが殺されたことに対して。
普通ではない。おかしい。ずれている……そう思う人間が大半だろう。実際、フールもその一人だ。
それでも、目の前にいる少年の覚悟は、確かなものだった。
「だが、きっと俺一人じゃ無理だ。俺はただの荷物持ち。強いスキルをもっちゃいるが、結局はそれだけだ。きっとそれだけじゃダメだ。だから……お前の力を貸してくれ」
言うと、シドロは手を差し出してくる。
それに対し、フールは一瞬だけ目を瞑り、開くと同時にシドロの手を取った。
「元よりそのつもりですよ、マイマスター。あれは私の怨敵でもあります。なので、私からもお願いします。どうか、我が仇を倒すため、貴方の力を貸してください」
同じ相手、同じ仇を倒すために。
誓いの握手を共に交わす。
「ああ。当然だ。よろしく頼むぞ、相棒」
「ええ。承知しました、マイマスター」
こうして、一人の少年と一本の魔剣は同じ目的のために、突き進むことを決めたのであった。
後一話で、一章は終わりです‼️