四十六話 最後の最後まで悪あがきをする奴はどこにでもいる
「終わった、か……」
完全な右ストレートが入り、ナザンは完全にノックアウト状態。
火柱も完全に消滅しており、この勝負はシドロの勝利となった。
「お疲れ様です。マスター。しかし、まさか本当にやってのけるとは……」
剣状態から人の姿へと戻ったフールは、倒れているナザンを見ながら、口を開く。
「五メートル手前で『星落し』をして、強烈な衝撃波を周りに発生させる。と同時に、相手の体を一気に軽くさせ、吹き飛ばす。それによって、地面から引きはがすことができ、尚且つ魔術にさく集中も途切れさすことが可能。その隙に、強烈な一発を叩き込む、と。【軽量化】のオンオフをよくぞここまで完璧に操作したものですね。その点については、本当に凄いと思います」
皮肉のない、心からの称賛。珍しいこともあるものだ。
……などと思っているのもつかの間。
「まぁ、とはいえ、一対一のタイマンというわけでありませんでしたが」
「うぐ……」
『あ、フーちゃんそこ言っちゃう?』
「当然です。『これはあいつと俺の問題だ』とか何とか言っておきながら、私やムイのアドバイスをちゃっかり求めてましたし。そういう意味ではこれ、完全に三対一ですよね」
「ぐぬぬ……」
『まぁ確かにねぇ。他人にアドバイス求めて、その上で倒されても、正直相手は納得するとは言えないなー。三対一じゃん、卑怯じゃん! って感じで』
「あー、もう!! はいはい!! そうですねそうですね!! タイマン的空気醸し出しながら、俺は二人に頼っちゃったどうしようもない奴ですよ、すみませんでしたね!!」
やけクソになりながら、そんなことを言うシドロ。
そして、そのことについて、一番理解しているのも彼だった。
あれだけ大見得切ったというのに、結局二人に助言を求めてしまった。一応、勝利はしたものの、これは彼一人のものではない。
だが、それでも、あの時、あの瞬間、シドロはナザンの在り方が到底認められなかった。
「……が、はっ……」
ふと、そこでナザンが起き上がろうとしていたのを、シドロは見過ごさなかった。
「ま、だだ……まだ、僕は負けてない……負けてないん、だぁ……」
などと言いつつも、しかしナザンは一向に立ち上がれていなかった。
立とうとするも、まるで体に力が入っていないかのように、すぐに地面へと倒れてしまう。
「何でだよ……なんで、魔術が使えないんだよぉ……!! 何で、立ち上がれないんだよぉ……!! なんで、たった一発、くらっただけで……!!」
たった一発。拳を顔面に喰らっただけ。
ナザンはそういうが、しかし無論、この状況はそれだけではない。彼女の動揺、そして魔力の使い過ぎによる疲労。そこにシドロの強烈な一発が加わったことによって、ナザンは立ち上がれずにいるのだ。
「どうして……どうして、僕が、こんな奴に……」
「うるせぇ」
ナザンの言葉をシドロは遮る。
「もうお前の言い分は聞き飽きた。テメェがどんな思いで俺に固執してたのかもよーく分かった。でもな……それでも、俺はお前がやったことは許せねぇと思ってる」
故に。
「だから、俺はお前がしでかしたことと、んでもって、お前がパーシルの子供だってことを、パーシル本人に全部ぶちまける」
「っ!? や、やめろ……やめろ!! ふざけるなよ!!」
「ふざけてんのはそっちだろうが。散々人のこと馬鹿にしておいてよ」
シドロはここぞと言わんばかりに、今まで溜まりに溜まってきた気持ちを、ナザンへとぶつけた。
「お前はいつもそうだ。俺の話なんて一つも聞かない。俺の言い分なんて一つも耳に入れない。俺が作った料理をお前はずっと不味い不味いと言っていたし、俺が魔獣退治に関して口を挟むことを絶対に許さなかったし、俺がどれだけ気を使ってもお前は余計なことをするなの一点張り。俺のことをずっとずっと否定し続けてきた。そんな奴の言うことを、今更聞くと思うか?」
怒気が籠った言葉に、ナザンは何も言い返さない。
ただただこちらを睨んでいるものの、しかしそんな彼女に対し、シドロは逆に睨み返しながら、続けて言う。
「俺はもう絶対にお前の言うことなんか聞いてやらない。お前をパーシルの前に突き出して、全部をぶちまける。パーシルには悪いがな。多分、あの人はそれで苦しむだろうさ。でも、それを分かった上で俺は全部を白日の下にさらす。それが、お前への仕返しだ」
ここまで色々とされてきたのだ。何もなかったことにして、今まで通り、なんてことは絶対に不可能。しかし、ここで彼女を殺す、というのも違う。きっと、彼女にとって、一番の恐怖は死ではないのだろうから。
ナザンが最も恐れていること。それはパーシルに全てを知られるということ。
ならば、彼女の目の前で、パーシルに全てをぶちまける。それがナザンにとって、一番されてくないことだとシドロは思った。だからこそ、それをする。
ナザンはというと、少しの間顔を下に向け、俯いていた。
「……どうあっても、言うのか」
「ああ」
「僕が何でもするって言っても?」
「ああ」
「…………分かった」
この時、シドロは一つ、思い違いをしていた。
分かった、というナザンの一言。それは、了承したという意味だとナザンは解釈した。
だが、違う。
実際は、全てを諦めたがゆえの、言葉であったのだ。
「なら―――僕諸共、ここで死ねぇぇぇええええっ!!」
その瞬間。
ナザンの体に奇妙な文様が浮かび上がり、その光が全てを飲み込んだのであった。