四十五話 やっぱりとどめの一撃は右ストレートである
「っ、何のつもりだ……!!」
思わず、ナザンはそんな声を出してしまう。
シドロがとった行動は、単なる特攻。先ほどまでと同じ戦略に、思わず呆れてしまった。
「ははっ、何だよ、さっきまであれだけ息巻いていたくせに、結局捨て身の特攻か!!」
何やらこちらを倒す、などと言っていたが、しかしこのような策では全く話にならない。
確かに、火柱……《クリムゾンプロミネンス》はシドロ達を完全にはとらえきれていないのは事実。現に、今もこうして攻撃しているというのに、ギリギリのところで躱されてしまう。
「ちぃ、ちょこまかと……!!」
まるで蠅だ、とナザンは思った。
叩こうとしても、寸前のところで逃げられてしまう。そして、その仕返しだと言わんばかりにこちらへ近づこうとしてくる。
諦める様子は一切なく、少しずつ、少しずつ、ナザンとの距離は縮まっていた。
「鬱陶しい!! 本当に、お前はどこまで僕を苛立たせれば気が済むんだ……!!」
いつまで経っても倒れないシドロに対し、ナザンの怒りはますます激化していく。
だが、ふと思う。
シドロは、こんなにも動ける奴だったのか、と。
確かに毎回、ダンジョンに行く際、他のメンバーが疲れているのに対し、彼は汗一つかいていないことは多かった。だが、それは彼だけほとんど戦っていないから、だと思っていたのだが、そうではないというのか?
もしかして、本当にこの男は……。
(―――、違う、そんなわけない!!)
一瞬、自分が考えたことを振り払い、目の前の現状に集中する。
そして、ふと気づいたことがあった。
(後ろのあの女、何もしてこないのか……?)
何故か浮遊している白黒頭の少女は、シドロを援護するそぶりが全く見られない。さっきからシドロと自分の戦いを見ているだけである。
もしかすれば、何かの作戦なのかもしれないが……何もやってこないのなら、放置だ。
とりあえず、今やるべきことは変わらない。
「っ、僕のところにたどり着くまでに、全部避けきれるとおもうなよぉ!!」
言いながら、無数の火柱全てが、一気にシドロの方へと向かって行く。
その瞬間。
「―――今だっ!!」
待っていたと言わんばかりに、シドロは今までよりも素早く動き、火柱を回避していく。一本、二本、三本、とギリギリのところで避けながら、こちらの方へと突っ込んできた。
この時、ナザンは気づく。シドロは火柱全てが自分に襲い掛かる時までじっと耐えていたのだと。
全ての火柱がシドロの方へと襲い掛かる、ということは、即ちナザン自身を守る火柱が無くなるということ。
確かにその理屈は一見ただしいようにも見える。
だが。
(馬鹿がっ!! それに対して僕が何も用意していないとでも思ったか!!)
魔術師の隙をつき、攻め込もうとするなど、どこにでもある話。
その場合への対策を、ナザンがしていないわけがなかった。
(僕の周囲三メートルの地面には、既に罠を設置してある!! 踏めば即座に《クリムゾンプロミネンス》が噴き出す算段だっ!!)
遠距離攻撃ができない者は、魔術師に対し、必ず接近戦をしてくる。そういう輩には、この罠が一番効果がきく。
仮に、周囲三メートルの地面を踏むことなく、跳躍したとしても、罠を仕掛けてある地面の上を通り過ぎようとした時点で、ナザンが作動させれば同じこと。
(さぁ、来るなら来い!! 今度こそ、確実に殺してやる!!)
準備は万全。後は、シドロが突っ込んでくるのを待つだけ。
「おおおおおおおおおっ!!」
剣を大きく振りかざしながら、雄たけびを上げ一直線に突っ込んでくるシドロ。
そんな彼を前に、ナザンは距離を正確に測っていた。
(残り二十メートル……十五メートル……十メートル)
あともう少し、もう少しだ。
それでようやくこの男の息の根を止められる。
……そう、思っていたのだが。
「ここだぁぁぁああああああっ!!」
あと五メートルという地点で、シドロは振りかざしていた剣を、一気に振り下ろした。
「『星落し』っ!!」
その言葉と同時に、剣は地面に直撃する。
瞬間、まるで隕石でも落ちてきたかのような衝撃と轟音が、洞窟内に響き渡った。
「うわっ……!!」
今の一撃による衝撃波が、ナザンを襲う。
まず、最初に思ったのは、目くらまし。強烈な一撃で地面を攻撃し、そこから発生した土煙でこちらの視界を遮るの作戦なのか……。
だが、違った。
次の瞬間、ナザンはそのまま、吹き飛ばされてしまった。
(っ!? 何で、身体が吹き飛んで……!?)
確かに凄い衝撃だった。それから発生した風もまた、強烈だったのは確かだ。
だが、それでもこれはおかしい。
まるで、身体が紙にでもなったかのように、簡単に吹き飛ばされてしまうなんて。
「ま、さか……【軽量化】で……でも僕は、触れられてないはず……うがっ!?」
一瞬、一つの考えが頭をよぎったが、壁に激突したことで、その思考も中断される。
いや、それだけではない。
地面から離れ、尚且つ集中も切れてしまったことで、出現していた《クリムゾンプロミネンス》、及び地面に設置していた罠全てが解除されてしまった。
「くそ……」
早く次の魔術を発動させなければ。
そう思ったナザンであったが、時すでに遅し。
既に、目の前には距離をつめていたシドロの拳が迫っていた。
「しまっ……!?」
「終わりだ、ナザンッ!!」
宣言した、その直後。
シドロがこれまでに溜めに溜めてきた諸々、それが籠った渾身の右拳が、ナザンの顔面に直撃したのであった。