四十四話 ノリと勢いだけで乗り越えられないこともある
さて。
ナザンの顔面を殴る、といきごでみたものの、しかし現状はそう簡単にはいかない。
『それで? 作戦はどうなんですか?』
「あー、うーん……」
『ないんですね』
ここからはこちらのターンだ、とノリと勢いでどうにかしようと思ったものの、現実は甘くはなかった。
近づこうにも、やはり火柱が邪魔をしてくる。
遠距離での防御と攻撃。そのどちらにも役に立つそれは、近距離戦に攻め込もうとするシドロにとっては、相性が悪すぎた。
『相手は魔術師。基本的には接近戦に持ち込めないように動くのは普通。現に今だって、火柱を使って、こっちを間合いに入らせないようにしているのが、自分は接近戦ができないと言っているようなもの』
「そうなんだよな……こうやって、回避する分には、問題ないんだが……あの火柱、どうにかならねぇか?」
『難しいですね。火に対しては、マスターの【軽量化】は意味を成しませんし……ただ、幸運なのは、今回はムイの時とは違う。寛恕は生きた人間。間合いに入りさえすれば、【軽量化】で極限まで軽くさせ、そのまま殴れば一発でしょう』
「だな……まぁ、その間合いに入ること自体が難しいんだが!!」
間合いに入ればこちらのもの。しかし、その間合いに入れない。
何か策はないのか。そんなことを思いながら、シドロはムイに言葉をかける。
「ムイッ、あの火柱、お前の魔術でどうにかできないかっ!?」
『無理!!』
「はっきり言うのな!!」
『だって、あの火柱、めっちゃ密度高いもん。一本ならまだしも、二、三本で守られたら消しとばせないという自信があるねっ!!』
「そんなことに自信を持つなっ!!」
堂々と言い切るムイに対し、シドロは思わず大声で答える。
が、しかし、だ。
(まぁ、実際のところ、俺がやるって言いだしたことだしな、俺自身で何とかするのが筋ってもんか)
これはあくまでシドロとナザンの戦い。それにおいて、他人の力を借り過ぎる、というのはあまりにも虫がいい話だ。
だがしかし、このままでは埒が明かないのもまた事実。
「何か、弱点とかねぇのかよ」
『ん~……まぁ、一つあるとすれば、術者をあの場所から引きはがすとかかなぁ。ほら、あの人さっきからあそこを一歩も動いてないじゃん? それって動く必要がないってわけじゃなくて、あそこを軸にして炎を操ってる感じなわけ。火柱に関しても、地面からはえてる感じするじゃん? あれ、大地のエネルギーも使ってる証拠だよ』
「だから、あの場所から引きはがせば、術は強制的に解除される……?」
『多分ね。でも、あそこから引きはがすにしても、やっぱ間合いを詰めなきゃいけないことに変わりないし、そうすると、火柱が邪魔してくるしで、結局は堂々巡りになっちゃうわけ』
結局、ナザンをあの場所から移動させる方法はない、と。
しかし、何度も言うようだが、シドロのスキルは基本、接近戦でのみその効果を発揮することができる。近づかなくても、相手をどうこうできるような手段は、今のシドロには……。
と、その時、ふとあることが頭をよぎった。
「……ムイ。もう一度確認するが、ナザンをあそこから引きはがせば、何とかなるのか?」
『まぁ多分だけど。今、あの子、めっちゃ集中して火柱操ってるから、それをかき乱せれば、確実に火柱は無くなると思う』
「そうか……なら、こんなのはどうだ?」
そうして、シドロは自分の作戦を二人に伝えた。
それを聞いたムイは驚きの表情を浮かべる。
『……それ、マジで言ってる?』
「ああ、大マジだ」
シドロの提案に、ムイは未だ信じられないと言いたげだった。
一方のフールはというと、その作戦に対し、一応の理解を示す。
『……確かに理屈は通ります。けれど、そのためには、どちらにしろゼロ距離とは言わずとも、今よりも近くに行かなくてはいけません。おそらく、十メートル……いえ、五メートルの距離でやらなければ意味がないかと』
「ああ。だが、これで勝てる確率は上がった。なら、これにかけるしかねぇよ」
ゼロ距離まで近づくのと、五メートル手前まで近づく。それらは似ているようで、しかし決定的に違う。
火柱は、その根っこの部分がナザンの周りを円形のような形に配置されている。つまり、ゼロ距離で直接攻撃するのなら、それらをすべて何とか排除しなければならない。
だが、五メートル手前で、シドロの作戦を行うのなら、その必要はない。
たった数メートル、数センチという距離が、戦いの鍵を握る、なんてことはよくあること。
だがしかし、火柱に対処しながら、相手に近づかなければならないと言う事実に変わりはない。下手をすれば、焼き殺されない作戦だった。
『にしても、無茶苦茶な作戦です。マスターの正気を疑うのは、これで何度目ですかね』
『あはははっ。全くだよ! でも……そういうの、嫌いじゃないね!』
呆れられながらも、承諾を得た。
ならば、もう迷う必要はない。
「そんじゃまぁ―――作戦、開始だっ!!」
そうして、今度こそ、シドロはナザンの方へと向かって行ったのだった。