四十話 事情があっても納得できないことってあるよね
それは、本当に偶然だった。
五十階層を探索中に、誰かが魔獣に襲われていると思い、シドロは咄嗟の判断で、魔獣を一撃で吹っ飛ばし、その者を助けた。
だが、まさか。
それが、自分を殺そうとした元パーティーメンバーだとは、全く気付かなかった。
『えーっと、ナザンって、もしかして……』
「ムイ。ここは黙っておきましょう』
確認しようとするムイに対し、フールは制止するよう促した。
流石に、部外者が立ち入ることはできないと判断したのだろう。
「なんで……何で、生きてるんだよ……」
「……色々あってな」
驚愕と言わんばかりの顔で問うてくるナザンに対し、シドロは端的に答えた。
「色々……? は、あははっ。何だよそれ……ふざけるなよっ」
「ふざけてるのはどっちだよ。お前……俺に何か言うこと、ねぇのかよ」
「いうこと? あるわけないだろう、そんなの。まさか、謝罪でもすると思ったのか?」
その言葉を聞き、シドロの中で、何かが入ってしまった。
「お前なぁ……人を殺そうとしておいて、よくもまぁんなこと抜かすことができるな、あぁ!?」
怒鳴り声をあげるシドロ。当然だ。殺そうとした相手に対し、罪悪感や責任を一切感じていないと言われたのだ。これで激怒しないほど、シドロという人間はできていない。
だが、そんな彼の言葉に、ナザンは睨みながら言葉を返す。
「煩い黙れっ。お前の声を聞いているだけで、吐き気がするんだよ。他の人間はともかく、お前なんて死んでも誰も困りはしないんだから。本当に、どうしてあの人はお前みたいなゴミを気に入ってるんだか、本当に理解に苦しむ」
「お前は……本当に、そればっかりだなっ。何だよ、あの人あの人って、そんなにパーシルのこと気にいられたいんだったら、あんなことせずにもっとまともな方法で認めてもらうようにしろよ!!」
「言われなくてもそうしたさ!! でも、あの人は一向に僕のことを見てくれなかった……この歳で最高位の魔術師になったっていうのに、それでもあの人は僕よりもお前のことを気にかけてる!! なんでなんだよ!! どうしてなんだよ!! おかしいだろうが!!」
「おかしいのはテメェのほうだ!! 何でそこまで意固地になってパーシルに認めてほしいんだよ」
口を開けば、あの人あの人、と言い続けるナザンに、シドロはもううんざりしていた。
確かに、シドロはパーシルに気に入られている。それに対し、面白くないと思うのも理解はできる。
しかし、だからといって、じゃあ殺そう、だなんて普通は思わない。
そのあからさまにイカれた考え方は、本当に狂っている。
だが、しかし。
「当たり前だろうが!! あの人に―――自分の父親に認められたいってことが、そんなにおかしなことなのか!?」
その言葉に、今度はシドロが大きく目を見開いた。
今、彼はなんと言った?
「自分の父親って……」
「そうさ。あの人は、『白光』パーシルは僕の父親さ。本人は知らないだろうけどね」
そうして、ナザンは己とパーシルの関係を口にしていく。
「僕の母親は娼婦だった。そんな母さんとパーシルは恋をし、何度逢瀬を交わした。けど、当時、パーシルは勇者パーティーに属していて、魔王討伐の途中だった。だから、そんな彼の重荷にならないよう、自分から姿を消したんだ。僕を身籠っていることも伝えずにね」
確かに、パーシルが勇者パーティーに所属していた時期から逆算するに、ナザンがパーシルの息子であるというのは合致する。
それが本当かどうか、という真偽は置いておくとして、一番の気がかりは別の点。
「けど、でも……何で、そのことをパーシルはしらねぇんだよ」
少なくとも、シドロはパーシルから、ナザンが自分の息子だ、なんてことは聞いたことがないし、そんなそぶりも一度も見せたことがなかった。
あれは、周りに隠していたというより、パーシル自身も知らなかった、と判断すべきだろう。
「母さんはいつも言っていたよ。もしもパーシルに会うことがあっても、絶対に自分のことを話すなって。知ればきっと責任を感じる。だから、何があっても、あの人には本当のことをしゃべらない。そう約束したんだ」
一応、その意見は的を射ている。
パーシルは責任感が強い男だ。昔の愛した人が、自分を困らせたくなくて離れていったこと、そして子供がいることに気づけなかったことに、恐らく多大な罪悪感を感じるはずだ。
実際は責任があろうがなかろうが、関係ない。パーシルという男は、そういう人間なのだから。
「でも……それでも、僕はあの人に、父親に会いたかった。たとえ、自分の子供だと思われなくても、ただ傍にいたかった。認めてほしかった。凄い奴なんだなって、思ってほしかった……」
だから、ナザンは冒険者になった。それも、ただの冒険者ではない。最高位の魔術師の称号を持つ冒険者だ。
そして、彼がS級昇格に拘ったのも、つまるところは、親に認められたいがため。
だがしかし、その想いはついぞ届くことはなかった。
「なのに……なのになのになのにっ!! あの人はいつもお前のことばかり気にしていた!! 本当の子供である僕よりも、お前のことを優先していた!! まるで……まるで、自分の子供を相手にしているかのように!!」
パーシルはナザンのことを嫌っているわけではない。むしろ、力のある冒険者として、ちゃんと目にかけている。
だが、それは言ってしまえば、他の同じような力のある冒険者と同じ扱い。
シドロのような、特別なものではなかった。
「どうしてお前なんだよ。どうして、僕じゃないんだよ!! 僕の方がよっぽど優秀だろ!! 凄いだろ!! お前みたいな、クソみたいなスキル持ちじゃない!! 僕は最高位の魔術師になったのに!! それでも、あの人は、僕よりお前を見ている!! それがどうしようもなくイラつくんだよ!!」
母親との約束で、自分が子供だと言えないこと。
その上で、自分じゃない誰かを父親が子供のように扱っていること。
言いたくても言えず、その上で見たくないものを見る毎日。
それが、ナザンがシドロを恨む理由だった。
「なぁ、教えてくれよ、ゴミクズ。どうして強くて、凄くて、優秀な僕より、たかが荷物持ちのことを大事にするんだ? 知り合いの息子ってそんなに大層なものなのか? こんなにも歴然の差があるっていうのに、どうしてなんだよ。なぁ、答えれるんなら、答えてみろよ!!!」
ナザンの叫び。
それを前にして、シドロは思う。
確かに、彼が言いたいことは分かる。父親に認められたいという気持ちは理解できる。
だが、それでもやはり、納得はできない。
きっと彼には彼なりの絶望や嘆きがあるのかもしれないが、しかしそれでもシドロは彼のやったことを肯定することはできない。
だからこそ、再びナザンに反論しようとしたその時。
「はぁ―――マスターはどうしようもなく馬鹿だと思っていましたが、まさかそれとは比にならない程の愚か者がいるとは、恐れ入りました」
その瞬間。
シドロは思わず、言葉を引っ込ませてしまった。
それはそうだろう。まさか、自分よりも先に、『彼女』が口を開くとは予想もしてなかったのだから。
そして、そんな『彼女』に対し、ナザンは眉をひそめながら、問いを投げかける。
「……何だって?」
「おや、聞こえませんでしたか? それとも言われても気づいていないとか? なら、はっきり申し上げましょう―――貴方は、マスター以上に、どうしようもなく情けない奴だとおっしゃっているのですよ、『お嬢さん』」
いつものように、無表情で、シドロの相棒―――フールは、そんなことを言い放ったのだった。