四話 剣が人間になることは驚くことではない……わけがない
「剣が、人になった……?」
「何もそこまで驚くことはないでしょうに。剣が人になったくらいで」
「いや驚くことだろ!! 小さい頃から冒険者に関わってるけど、そんなの聞いたことないぞっ!!」
「自分の見聞の狭さをこちらに押し付けられても困るのですが」
その言葉に、シドロは返す言葉もなかった。
確かに、喋る剣、というか人間になれる剣など聞いたことも見たこともない。だが、実際こうしてあるのだから、否定しようがなかった。
「冗談です。今のは言い過ぎました。確かに、私のような存在は珍しいのでしょう。とはいえ、現実は受け入れてもらわないと、先に進めません。ですので、私は魔剣で人間になれる。それをすんなりと認めてもられば、こちらとしては幸いなのですが」
「あ、ああ。そりゃまぁこうして剣から人になってるんだから、認める他ないよな……」
「結構。ありがとうございます。それで、マスター。貴方はどこの誰でしょうか」
言われ、自分がまだ自己紹介をしていないことに気づいたシドロは、半ば慌てたような形で、言葉を返した。
「そ、そうだったな。俺も自己紹介がまだだったな。俺の名前はシドロ。冒険者をやってる。とはいえ、荷物運びだがな……って、ちょっと待て。マスターってどういうことだよ」
シドロの質問に、フールは淡々とした口調で答える。
「そのままの意味です。貴方は私の持ち主。マスターですから」
「いや、そんなものになった覚えはないんだが……」
「覚えがなくとも関係ありません。私を持ち上げた者を持ち主とする。それまでは決して人間の姿にはなれず、ずっと眠った状態になる……私はそういう『呪い』をかけられた上で、ここに捨てられたのですから」
「の、呪いだって……?」
ここにきて、物騒な単語が飛び出した。
いや、確かにこんなところにいるのだから、何かしらの事情があるとは思っていたが……。
「一体誰がそんなことを」
「私に恨み……というか、邪魔に思った者がいましてね。その者に呪いをかけられまして。おかげで長い間、ずっと眠らされていたんですよ」
苦笑を浮かべるその表情は、まるで他人事のようだった。
……いや、逆か。他人事のように思わないと、やっていけないほどの地獄を、彼女は味わった、ということだろう。
「そういうわけで、貴方には感謝しているのです。マスター。貴方のおかげで、私は目を覚ますことができた。ほんとうにありがとうございます」
「お、おう。そりゃあ、どうも」
「この御恩に報いるためにも、まずは体でお返ししましょう。なんなりとご命令ください。女として身を捧げろ、と言われれば、そういたしましょう」
「はぁ!? ちょ、ちょっとまてぇい!! そ、そういうのは流石にまずいというか、やばいというか……!!」
「冗談です。本気にしないでください。確かに私は貴方のモノになりましたが、本当にそういうことされると、ちょっと引きます」
「いやそっちが言い出した話なんだけどっ!?」
思わずツッコミを入れてしまうシドロ。
完全に向こうのペースである。
「それでマスター。貴方はどうしてこんなところに?」
「ああ、実はな……」
問われ、シドロは己がここにいる経緯を教えた。
自分が荷物持ちであること。一緒にいたパーティーメンバーに、力もないのに有名な人に贔屓されていると嫉妬されていたこと。そして、それが原因で、ここに突き落とされたこと。
できる限りのことを全て話したのだった。
「……成程。貴方も妙な男に恨みを買ってしまって、ここに落とされた、と」
「まぁ、簡単に言うと、そういうこった」
ふむ、と言った具合に顎に手をあてながら、フールは何かしら考え込んでいるようだった。
「どうした。何か気になることでも?」
「いえ。ただ……話を聞く限り、マスターは随分と才能を無駄使いしていたのだな、と」
「はぁ? そりゃどういうことだよ」
「どうもこうもありません。荷物持ち、という役柄を否定するつもりはありませんが、貴方の力はもっと別のことに使える、ということです。それは、さっきの戦闘で分かったと思いますが」
言っている意味が分からなかった。
そもそもにして、だ。さっきの戦闘も、どうして勝てたのか、というか、どうしてあんな状況になったのか、シドロは全く理解していないのだから。
「…………もしや、未だ理解してないのですか?」
「う、うるせぇな!! こちとらさっきはテンパってて何が何だか分からない状態だったんだよっ!!」
むきになりながら答えるシドロに、フールは「はぁ」とどこか呆れたような溜息を吐く。
「いいでしょう。主に己の力を把握してもらわなければ、今後の戦闘に差し支えますから。では、まず基本から。マスターは自分のスキルの名前を言えますか?」
「? そりゃ【軽量化】だが?」
「そのスキルの内容はどうでしょう」
「内容はって……手に持ったモノを軽くさせる……」
「そこです」
「? どこです?」
指摘されてなお、しかしシドロは未だに理解ができていない。
そんな彼に、ダメ押しとばかりにフールの言葉が続いていく。
「手に持ったモノを軽くさせる……それは一体、誰が言ったのでしょうか。確かにマスターのスキルはモノを軽くさせることです。ですが、一体、誰が、『手に持った』などと仰ったのです?」
「誰がって、そりゃ、スキルの神託を受けた時……あっ」
スキルの神託。それは、一定の年齢に達した場合、近くの教会で自分にどんなスキルがあるのかを診てもらう行事。
ただし、それはあくまでスキル名を教えてもらうだけであり、その内容までは聞かされることはない。
当然だ。スキルというのは、名が体を表す、というように、その名前を聞いただけで、どんな能力なのかが一発で分かるようになっている。現に、シドロが持つ【軽量化】はモノを軽くさせるスキルである。
しかし、しかし、だ。
それが『手に持たなければならない』という誓約があるとは、誰にも言われていない。
「そう。全ての間違いは、その一点。マスターはモノが軽くなったかどうかを判断するのは、いつも自分の手に持って確認していました。だからそういう誤解を生んだのでしょう。ですが、真実は違う―――貴方の能力は、手に触れずとも、モノを軽くさせる力なのです」
言われてみれば、確かにそうである。
モノを軽くさせる、とはいうものの、それが実際に軽くなったかどうかを確認するには、自分で持ちあげて確認するしかない。そもそも、触れずに軽くすることができる、などという発想が、シドロにはなかった。
結果、【軽量化】は触れたものでしか発動しない、と勘違いしてしまったわけだ。
「手に触れるか触れないか……たったそれだけのことですが、これはとても大きな意味があります。もうここまで言えば、先ほどの戦闘がどういう理屈でああなったのか、お分かりですね?」
「俺が、あのフェンリルの重さを軽くさせてたから、ああなった……?」
そういうことなら、全ての辻褄があう。
フェンリルがこけたのは、自分の体重があまりにも軽くなって、バランスが取れなくなったから。攻撃を簡単に防げたのも、そのまま押し返せたのも、そして一撃で頭を木っ端微塵にしたのも、すべて軽くした結果、というわけだ。
「でも、俺、そんなこと意識してなかったんだが……」
「恐らく、私を持ち上げる際、極限までスキルを発動したことで、周りにも影響したんでしょう。何せ、剣状態の私、あのフェンリルよりも重いですら」
「え、まじで?」
ここにきての新事実に、思わず声が出てしまう。
確かに、剣状態のフールはかなり重かった。だが、まさかあの巨体であるフェンリル以上とは……。
「加えて、マスターは自分のスキルを一つのものにしか使えないと思っていたようですが、貴方の力は周囲にも効果を発揮します。よく言われませんでしたか? 一緒にいると、身体が軽い、とか、動きやすい、とか」
「そう言われれば……」
パーティーに入った当初、他のメンバーが「身体の調子がいい」「軽くで動やすい」と言っていたことを思いだした。
とはいえ、それが当たり前になっていったときには、最早何も言わないようになっていったが。
「はっきりと言っておきます。マスターの力はおよそ物理攻撃の戦闘においては、最強の力と言えるでしょう。どんな一撃も貴方の前では羽毛のように軽くなってしまう。これほどまでに『戦闘に特化した』スキルはないと断言できるほどに、です」
戦闘に特化したスキル。
それは、今までシドロが言われたことがない言葉であり、そして同時に、心のどこかで求めてた言葉でもあった。
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