三十五話 一方その頃⑤ 博打
「―――ナザン。それ、マジで言ってるのか」
ナザンに話があると言われ、一同はいつもの酒場へとやってきていた。
そのため、クシャルは毎度の如く、酒を飲んでいたのだが、ナザンの言葉で酔いが一気にひいてしまった。
他の二人も怪訝そうな顔で、ナザンを見ている。
そんな中、ナザンは真剣な顔で頷く。
「僕は本気だ。このままいけば、僕たちのS級昇格の話は無くなってしまう。だから、その前に実績を残す必要があるんだ。だから、僕はこの魔獣討伐をしようと思う」
そうして、取り出したのはギルドの依頼書。
その内容は、ある一体の魔獣退治。
たった一体。いつも、強力な魔獣を数体倒すのが基本の彼らにとって、何も問題はない。
だが、今回ばかりは話が違ってくる。
「ヒュドラ退治って……お前なぁ」
「ナザン。それはちょっと無謀すぎない? 今の私達で、ヒュドラ退治は荷が重すぎると思う」
ヒュドラ。それは九つの首を持つと言われる巨大な蛇の魔獣。
狂暴な性格であり、何人もの冒険者を死に追いやったとされている。その特徴は、口から吐かれる猛毒と強靭な再生能力をもつ体。特に、再生能力については凄まじく、普通に攻撃しているだけではまず倒せない。
「確かに。以前の僕達もヒュドラを退治したことはない。だが、だからこそ、これはチャンスだと僕は思う。今までに倒したことのない魔獣を倒せば、僕たちの実力を証明できる。そうすれば、S級昇格の話もきっと元に戻るだろう」
自分たちの戦績が落ちていることは事実。ならば、その評価を上げるには、今まで倒したことのない魔獣を倒すしかない。
それが、ナザンが導き出した答えだった。
「で、でも、それってかなり危険なこと、ですよね……?」
「イリナ。今まで危険なじゃなかった魔獣退治なんてあったかい? どんな魔獣退治にも危険はつきものだ」
「そういうことじゃねぇだろ。相手はあのヒュドラだぞ? そう簡単に勝てる相手じゃないだろ。ましてや、俺らは以前のようには動けない」
「じゃあ、クシャル。君はこのままS級昇格を見送ってもいいと言っているのかい?」
その言葉に、クシャルは黙った。
クシャルはこの中で一番長く、冒険者をしている。だからこそ、他のメンバーよりもS級に行くことの難しさをよく知っているのだ。
「君らも知っているように、S級昇格はそんなに簡単なことじゃない。S級に認められるのは年に数名のみ。年によってはいない時だってある。今回はダメだったが、次頑張ればいい、なんて甘い世界じゃないんだ。一度取り逃がせば、一生S級にはなれない、なんてことは珍しくもない」
パーシルはいった。君らなら、いつかS級になれる、と……だが、次にS級に昇格できるチャンスがくるのは、いつかは分からない。五年後? 十年後? 下手をすれば、もっと先になるかもしれない。
「S級昇格のチャンスが目の前にあるというのに、それを不意にするなんてこと、僕にはできない。少なくとも、可能性があるのなら、それに賭けてみるべきだ」
S級冒険者。それは、冒険者の中でも本当のトップクラスの者たちであり、その称号があるだけで、人生が変わるとさえ言われている。
実際、S級になった冒険者は数々の伝説を残しており、名前が知られている。
だからこそ、S級というのは、特別であり、皆がそこを目指しているのだ。
それこそ、たとえ危険があるにしても、それでも手に入れたいほどに。
「……フローラ、イリナ。お前らはどう思う?」
「わ、私は危険なのは怖いけど……で、でも、S級になれるんだったら、頑張ってみようかな……」
「正直、無茶ではあると思うけど……ナザンの言う通り、S級になれるチャンスをみすみす逃したくはない。やれることがあるのなら、まずはやってみるべきだと思うわ」
「……はぁ。まぁ、そうだわな。リスクを負えなきゃ上にはいけねぇ。それがこの世界だ」
そういうと、クシャルは手元にあった酒を一気に飲み干した。
そして、よし、と言いながら、ナザンの方へと視線を向ける。
「分かった。んじゃ、一つヒュドラ退治としゃれこむか」
「ああ。そうこなくちゃ」
一同の了解を得たことで、ナザン達はヒュドラ退治へと赴くことになった。
(そうだ。確かにリスクは大きいが、その分、リターンも大きい。ヒュドラを退治できたA級冒険者は少ない。そんな中で、僕たちがヒュドラを倒せば、実力を示すことに繋がる。周りの冒険者も僕たちを再評価するだろう。そうすれば、ギルドの方も、僕たちの力を理解するはずだ)
ヒュドラが強敵なのは重々承知している。
だが、それでも、それでも自分たちはやらなければならないのだ。
(これは、博打だ。だが、それがどうした。博打なら、勝てばいいだけの話。僕たちは……僕は、必ず、S級になるんだ……絶対に……!!)
心の中で、ナザンは強くそう思った。
だが、彼は勘違いをしている。
博打なら、勝てばいい……しかし、どれだけ強くとも、どれだけ幸運でも、負ける時は負けてしまう。それが、博打の恐ろしさであるということを。