三十四話 納得はできなくとも、理解できることはある
正直、話が見えなかった。
ここまでのフールの言葉を信じるのなら、その鍛冶師とやらは強い魔剣を作ろうとしていた。だから、二十人もの女性を集め、魔女に、そして魔剣にした。
だが、それが踏み台とは、一体どういうことなのか。
「奴らの本当の目的……それは、『本物の魔剣』を超える超越的な剣を、効率的に作る方法を知ること、でした。どうすれば確実に魔剣に合う魔女を作れるか。どうすれば、精神崩壊を起こさずに魔女を魔剣に変えられるか……それを探るためだけに、私達は作られたんです」
つまり、強い魔剣を作るのではなく、それをも超える剣を効率よく作る方法そのものが知りたかったと。
そのために、たったそれだけのために、二十人の罪もない少女たちを犠牲にしたのか。
……ふざけているにも程がある。
「そうして、連中は他の場所でその剣を作り出した。奴らの実験は成功した、というわけです。けれど、以前にも言ったように、これは極秘の出来事。どうやら連中は、その超越的な剣を作るために、魔剣を作った、と知られるのを恐れたようで、私達を処分しようとしました。けれど、ただ処分するのはもったいない。そこで、彼らは試し切りと称し、自分たちで作った剣で他の四人を壊していきました」
「……でも、アンタだけは、壊れなかった」
「ええ。その結果は、連中にも予想外の出来事だったらしく、すぐさま他の方法で壊そうとしましたが、全てが無駄に終わった。結果、私は壊すのではなく、呪いをかけた状態で捨てられました」
そして、彼女は眠りにつき、今に至る、というわけだ。
「…………、」
言葉がなかった。
正直、複雑な事情があることは理解していた。だが、まさかここまで吐き気を催す邪悪な内容だとはついぞ思いもしなかった。
魔剣を作るために『無能者』を無理やり魔女にする?
そのために、見せしめとして何人も殺した?
挙句の果てには、魔剣となった彼女たちを踏み台にした?
外道、畜生、下種……もはや、そんな言葉すら足りない所業に、シドロは自分のことではないというのに、怒り心頭であった。
「私は……あの場所で、人間としての感情を失っていました。けれど、それでも共に日々を過ごした彼女たちのことは仲間だと思う心だけは残っていました……そんな彼女たちを「試し切りだ」と言われながら目の前で殺された私は、失っていた感情を、怒りを爆発させました。絶対にこいつらを殺してやる、と。何があっても許しはしない、と……まぁ、そんな思いも叶わず、こんな場所に捨てられたのですが」
自嘲するような口調で、小さく笑うフール
だが、一方のシドロは待ったく笑えず、ただただ自分の中に宿る怒りを拳に込めるほかなかった。
「奴らへの想い、その気持ちは今でも変わりません。でも、貴方は違う。貴方は心の底から、ナザンという方を恨んではいない。殺そうともしていない。もしかすれば、それが正しいのかもしれません。だって、人はよく、復讐をするな、他人を恨むな、と言いますから。そして、相手を恨んでいない貴方に対し、こう思う人もいるでしょう。なんてお優しい方だ、自分を殺そうとした相手に殺意が湧かないとは、と。それでこそ立派な人間だ。人のあるべき姿なんだ、と……私には、そんな言葉は全て薄っぺらに聞こえてしまいますが」
「……、」
確かに、世の中にはそういう風潮があるのは確かだ。
復讐はするな、良くないことだ、それよりも相手を許すことが立派なのだ、と……。確かに、復讐しても何かが返ってくるわけでもない。それどころか、他の誰かの恨みを買い、復讐の連鎖が続くかもしれない。だから、自分から相手を許し、その連鎖を断ち切ることが肝要。
そんなお題目を掲げるような人間は、確かにいる。
けれども。
「私は……無理です。絶対に許せない。私をこんな風にした連中が目の前にいれば、きっと狂ってしまう。殺意に全て取り込まれ、何が何でも殺してしまおうとするでしょう……」
フールの言い分は、何も間違っていない。
彼女がされたことを考えれば、殺意を持つな、という方が無理な話。自分をこんなことにした者が目の前に現れれば、殺してしまおうと思うのも当然だ。
けれど、それをよくないという人間がいる。
復讐なんて、やめろと周りは言う。
故に、そんな自分は間違っているのではないだろうか……フールの言葉からは、そんな想いが読み取れた。
だからこそ。
「別に、いいんじゃねぇか」
シドロはあっけらかんとした態度で言い放つ。
「復讐が悪い事だとか、そういうことを抜かす奴はごまんといる。けど、それをするかしないかは、当の本人が決めることで、他人がどうこういうことじゃねぇだろ。しかも、アンタの場合は、その権利があると俺は思うし、もしも復讐を果たそうとしても、俺はそれが間違ったことだとは思わない」
だってそうだろう?
自分をボロ雑巾のように扱い、人から魔剣にかえたくせに、いらなくなったから捨てた? そんな奴に復讐するな? 殺すな? 許せ? 何だそれは。頭に蛆でもつまっているのか。
本人が自分の意思で復讐をしないと決めるならいざ知らず、彼女の場合、他人が否定する権利などはないのだから。
「っつか、そもそもアンタと俺じゃ、やられたことのレベルが段違いだし。比べることが、まずおかしいっての」
「殺されそうになった、という点では同じなのでは?」
「確かにそうだが……まぁ、俺の場合、ちょっとばかし、理解できちまうところもあるからなぁ」
「理解できる?」
「俺の父親はギルマスと知り合いだった。そのおかげで、俺はあの人から色々と面倒を見てもらってたんだがよ……これ、周りから見れば、贔屓以外の何物でもないだろ。しかも、強いわけでも、何かしらの才能があるわけでもない。俺はあの人にとって、ただの知り合いの息子なだけ。それだけの理由で、世話をしてもらってた」
冒険者のいろはを教えてくれたのは、誰であろう、パーシルだ。
だからシドロが今、こうして冒険者をやっていられるのは、彼のおかげであり、その恩を忘れたことは一度もない。
だが、それがまた余計な問題を引き起こしていたのもまた事実である。
「ギルマスには感謝してる。けど……そのせいで、周りから余計な恨みとか妬みを買ってたのもまた事実だ。特にナザンは、ギルマスのことをかなり尊敬していた……いや、もっと言うなら信仰していたって感じだな。けど、一方のギルマスは、何の才能もない知り合いの息子に世話を焼いている……普通に考えたら、面白くないよな」
皆の人気者が、自分たちの憧れが、たった一人を贔屓している。それは、その人物をより強く信奉している者からすれば、より強い嫉妬や恨みを持つのは当然だろう。
「だからって、ナザンが俺にしたことは許せない。それは本当だ。ただ……アンタと違って、俺の場合は、ほんの少しだけ、相手に共感できちまうところもある。だからかな……何となく、殺意とかが湧かないのは」
フールが言う、鍛冶師の所業は、全くもって理解ができないし、納得もできない。
だが、ナザンがシドロにやったことは、納得はできないが、理解はできる。
それが、自分たちの差なのだと、シドロは言う。
そんな彼に対し、フールは再び大きなため息を吐いた。
「……マスター、私は貴方を甘い、と評価しましたが、訂正します。貴方はやはり、どうしようもなく、救いようがない、手が付けられない程の馬鹿なようです」
「はぁ!? 今の会話で何でそうなるんだよ!!」
「それが分からない時点で、貴方は馬鹿なんですよ。はぁ……折角の睡眠時間を無駄なことに費やしてしまいました。どう責任を取ってくれるんですか?」
「おいこら自分から話しかけておいて、最終的にその言い分になるのは流石にどうかと思うが!?」
「眠気も完全になくなってしまいましたし、これはもう暖かいココアとかを淹れてもらうしかありませんね」
「そして人の話を全く聞いてねぇし……!! はぁ。もういい。分かったよ。淹れてくればいいんだろ、淹れてくれば」
「分かっていますが、砂糖は多めですよ?」
「へいへい」
「もしも少しでも砂糖の量を間違えたら、目つぶしですので」
「なぁ。アンタ、本当に俺のことマスターだと思ってるの?」
「ええ、勿論ですよ―――マスター」
などと。
その時、フールはいつもの無表情とは違い、笑みをみせながら、カウロンの家へと戻っていく。
「……、」
そんな唐突な彼女の笑みに、不意打ちをくらったシドロは、何も言うことができくなりながらも、同じく家の中へと戻るのであった。