三十二話 どこの世界でも迫害は胸糞が悪い
魔女。
それは、かつて存在したと言われる禁忌の存在であった。
「魔女って……あの魔女か。悪魔と契約した連中で、滅茶苦茶強い奴らだったって聞いたことはあるが……」
「……その言葉から察するに、もう上では魔女は存在しないようですね。マスター。魔女の詳しい詳細については?」
「いや……今言ったように、悪魔と契約する連中って意味くらいしか……」
「そうですか。では、少し長くなりますが、補足説明をさせてもらいます」
そう言って、フールは魔女に関する解説を始めた。
「そも、基本的に、女だろうが男だろうが、魔術師は魔術師です。ゆえに、魔女と言う言葉は、魔術を使える女性のことを指す言葉ではありません。むしろ、魔術の才能がないものが、魔女になるのです」
「? どういうことだよ」
「我々の世界の魔術とは、スキルと同じように神が人間に与えたものと言われています。それはつまり、魔術を扱える者やスキルを持つ者は全て、神の加護を受けている、ということになるのです。そして、悪魔はそんな人々とは契約を交わせません。何せ、もう彼らは神と契約を交わしているようなもの。ゆえに、横取りはできませんし、重複もできない」
その理屈は、まぁ分かる。
もう既に契約をしている身だからこそ、他との契約はできない、なんてことは神や悪魔とは関係なくとも、よくある話だ。
だが、逆に疑問が出てくる。
ならば、悪魔はだれと契約を結んでいるのか、と。
そんなシドロの疑問に答えるかのように、フールは続けて言う。
「ですが、世界の全ての人間が、神の加護、恩恵を受けているわけではありません。中には、魔術も使えず、スキルも持たない者もいるのです。そんな者たちのことを、『無能者』と当時の人々は言っていました」
「ま、まじか……」
ここに来ての新事実。
シドロは冒険者としてはまだ若い方だが、それでも多くの冒険者を見てきた。様々な人種がいる中で、しかし『無能者』という存在には出会ったことが無かった。
「どうやらその分だと、マスターは『無能者』に会ったことがないようで」
「当たり前だ……役立たずなスキルとか、あんまり強くない魔術しか使えない奴は知っているが、スキルも魔術も持たない奴なんて、聞いたことがねぇよ」
「それも当然でしょう。『無能者』が生まれてくる確率は極めて低いとされています。一つの国に、十人いれば多い方、と言われていた程ですから。その存在を知らない人も大勢いるはずです」
確かに、その確率で言うのなら、一生『無能者』と出会わない、なんてことは当然ありうる話である。
「ここで重要なのは、『無能者』たちは、神からの恩恵を受けていない、ということです」
「なるほど。つまり、神と契約してない連中だから、悪魔がつけいる隙があるってわけか」
「その通り。そして、これは私もよく分からないのですが、『無能者』は女性だけらしいんです。だから、悪魔と契約できるのは、事実上、女性だけというとになります」
「だから、魔女、か……」
ずっと疑問に思っていた。何故、悪魔と契約する人間が、魔女だと言われるのか。そもそも、男にはその資格がなかった、というわけだ。
「そして、ほとんどの『無能者』は恐らく、悪魔に契約をもちかけられれば、それに乗ってしまうでしょう」
「な、なんでだよ」
「マスター。考えても見てください。誰もがスキルや魔術を使う世界。そんな中で、自分だけがそれを扱えないとなれば、どうなりますか?」
「……迫害、か」
その言葉に、フールは小さく頷いた。
「周りの人間からの蔑視。まるで人間ではないと言わんばかりの扱われ方。そして、周りと比べて生じる劣等感……『無能者』は、よほど環境がよくない限り、大体はそういう状況に陥ります。そして、そんな中での悪魔のささやき。それに抗える人間は、ほぼいないと言っていいでしょう」
フールの言葉を、シドロは否定できなかった。
人間、自分が他の人間よりも劣っていると感じたら、ほとんどの人間が劣等感を抱くのは当たり前。それは悪いことではない。むしろ、正常な反応と言える。
そして、人間は自分たちとあまりにも違う存在を受け入れることがあまりできない。弱いスキル持ち、強くない魔術しか使えない魔術師……そういう者たちは、常に馬鹿にされる世の中だ。それをシドロは身に染みて実感している。
そんな世の中で、だ。弱いどころか、持っていないとなれば、その人物がどんな扱いをされるのかは、容易に想像がつく。
そんな中での、悪魔との契約。
それを結べば、強力な力を得るというのだから、これを拒める人間は、そういないのは確かに、当然と言えば当然だ。
「フールも、そうだったのか?」
「はい。私も小さな村に生まれた『無能者』でした。おかげで、どこへ行っても馬鹿にされ、石を投げつけられるのが、私の日常でした」
思わず、一瞬言葉が出なくなる。
シドロも自分のスキルで馬鹿にされてきた節はあった。そんなもので、冒険者にはなれない、と。
だが、フールの場合は、そんなものがどうでもよくなるほどのレベルであった。
「それで……アンタも、そういうのが嫌になって、悪魔と契約を?」
「……いいえ。私の場合はもう少し特殊でして。魔女になった、というより、魔女にされた、というのが正しいので」
「? どういうことだよ」
ここまででも、かなり嫌な話を聞かされた。
まだこれ以上あるのかと思っていたシドロであったが。
「簡単ですよ。私は親に二束三文で売られ、奴隷となり、買われた先で無理やり悪魔と契約をさせられた……その上で、魔剣の材料にされたんです」
などと。
まるで、他人ごとのようにそんなことを口にするフールに対し、シドロは絶句したのであった。