三十話 一方その頃④ 焦燥
「そういえば、聞いたか? ナザンのところのパーティーの話」
ある日の酒場。
いつものように、ダンジョンから帰ってきた冒険者たちが、どんちゃん騒ぎをしている中での会話の一つ。
「何でも、最近、あんま調子が良くないらしいな」
「ああ。シドロがやられてから、ずっと不調なんだと」
「シドロか……でもあいつ、荷物持ちだろ? だったら、戦闘とかにはあんまり影響でねぇと思うけど」
「そうなんだよなぁ。俺もそこが気になんだよ。確かに仲間が死んじまったら、そりゃあいつも通りの動きができないかもしれないけどよ。もう一月以上たってんだぜ?」
冒険者には死がつきもの。非情なことを言うようだが、仲間の死など、どこにでもあるようなことなのだ。無論、悲しみはするし、嘆きもする。だが、それでも上位の冒険者となれば、気持ちを切り替えなければない。そういう世界なのだ。
「んで、こっからが重要なんだが……もしかしたら、シドロはパーティーの中で重要な役を背負っていたんじゃないかって話なんだよ」
「重要な役? まさか。確かにシドロは荷物持ちとしては優秀だよ。ナザンのとこに行く前は、何度か世話になったからな。でも、あいつのスキルは戦闘には役に立たなさそうだったぜ?」
「そこら辺はわからねぇが……あのナザンのところが、もう四十層より先にいけてねぇって話は事実だ」
「おいおいまじか。確か、あいつらもうすぐS級に上がって、五十層にいくかもって言われたよな?」
ナザン達のパーティーは以前から注目されていた。
特に、『風剣』の異名を持つフローラと若くして、最高位の魔術師となったナザンは誰もが一目置いていた。
そんな彼らはS級に上るのは時間の問題だと言われていたのだが……。
「まぁパーティーメンバーが一人減るだけで、他のメンバーにかかる負担が大きくなるってのはよくある話だけどよ……でも、荷物持ちがいなくなったからって、早々戦績が落ちることなんてないと思うんだがなぁ。俺のとこは、もう荷物持ちとかいねぇし」
「うちもだよ。しかも、ナザンのところはフローラやクシャルもいるんだぜ? だから、余計に変だって話でもちきりなんだよ」
今の時代、荷物持ちがいないパーティーなど、それこそ山のようにいる。逆に言えば、荷物持ちがいるパーティーが少ないくらいだ。
最早、荷物持ちは必要ない……そんな時代において、パーティーから荷物持ちがいなくなった程度で起こる問題など、たかが知れている。
そう、誰もが思うし、それが世間の評価。
だからこそ、彼らもまた、知る由もない。
シドロが今まで、どれだけ無自覚にパーティーの力になっていたかを。
***
「単調直入にいう。S級昇格の話は、無くなった」
支部長の執務室に呼ばれて、ナザンが聞いた一言は、彼の目を見開かせるものだった。
「それは……それは、どういうことですか!?」
「その理由は、君らがよく分かっているだろう?」
「……最近、戦績が落ちているからですか。けど、それは今だけの状態のことで……!!」
「それが問題なんだよ」
大声で反論しそうになったナザンの言葉に、パーシルは割って入りながら、続けて言う。
「S級になり、五十階層よりもさらに先に行くこととなれば、仲間が死ぬことなど、珍しいことではなくなってしまう。厳しい言い方をすれば、仲間が一人死んで、戦績が下がり続ける者たちにS級に行くのは厳しいと判断しだ」
五十階層よりもさらに先。
それはS級ランクになった者しかいけない場所。そこから先は、魔獣の強さが段違いに上がるため、A級以下は絶対に行ってはならないとされている。
ナザン達は、もう四十九階層で魔獣退治をできていたために、S級になるのも時間の問題とされていた。
だが、彼らの魔獣退治のレベルは、格段に下がってしまっている。
その原因が、シドロにあるのだと、パーシルは指摘した。
「……僕たちが、シドロの死を引きずっていると言いたいんですか」
「そうは言っていない。君らも冒険者だ。仲間が死んでも、気持ちの切り替えは既に終わっているはずだ。だが、実際戦績が落ちているのは事実。そして、客観的に見て、その原因はシドロがいなくなったことが要因と考えている」
「そんな……そんなことは!!」
「違うというのなら、君たちの戦績が落ちている理由は何だ? 以前までは四十九階層まで魔獣を退治しにいってきた君たちが、たった一ヶ月足らずで、四十階層にまで落ちてきている。これあきらかにおかしい。別の理由があるのなら、言ってみたまえ」
言葉を返そうとするナザンだったが、しかし言葉がつまり、何も言えなくなる。
体が重くなって、動きが悪くなった……それがシドロがいなくなったからではない、とどれだけナザンが思っていたとしても、傍から見れば、シドロがいなくなった途端に攻略の階層レベルを下げているのだ。シドロがいなくなったから、調子が悪くなった、と思われるのは当然のことである。
「別に焦る必要はない。今回は無くなったが、これから先もない、というわけではない。君らの力なら、きっとS級に昇格する日は来るだろう」
「しかし……!!」
「ナザン」
未だ食い下がろうとするナザンに対し、パーシルは言い放つ。
「焦りは禁物だ。時には立ち止まって色々と考えることも必要だろう」
それ以上、ナザンは何もいうことができなかった。
そして、彼はそのまま「……分かりました」と答え、その場を去っていったのだった。
(くそ、くそ、くそ……!!)
執務室から出た彼の内心は、荒れに荒れていた。
(ようやく……ようやく、もう少しでS級になれるところだったのに……!!)
やっとの思いで最高位の魔術師となり、さらにはS級にすら手が届く場所にいたのだ。だというのに、それが一気にご破算になってしまった。
パーシルは言った。いつか、君たちならば、S級になれるだろう、と。それは気休めではなく、事実であることはナザンもよく分かっている。自分の仲間にはそれだけの価値があるのだと、理解している。
だか、だからと言って、今、S級昇進を逃すわけにはいかない。
何故なら。
(諦めない……諦めるもんか。ああそうだ。いつか、じゃだめなんだ。今、遅れを取り戻さないと、本当に、あいつがいなくなったせいで、僕たちが落ち目にあってることの証明になってしまう……)
彼の頭の中にあったのは、徹頭徹尾、シドロの必要性の排除。
あんなやつなどいらなかった、必要じゃなかったのだと、周りに分からせる必要がある。
でなければ。
でなければ、「あいつは凄いやつだったんだ」と皆の記憶に……パーシルの記憶に残ってしまう。
それはダメだ。
絶対に、絶対に、絶対に、それだけは許さない。
(ならどうするか。……答えは一つ。シドロがいなくても、今までと同じ……いいや、今まで以上の結果を残せばいい)
そのためにやることは、単純明快でありながら、けれどもかなり難しい。
だが、それがどうした?
(見てろよ、シドロ。お前はゴミで、クズで、どうしようもないお荷物だったってことを、絶対に証明してやる……!! お前は必要ない。必要ないんだから……!! だから皆の記憶から、あの人の中からお前という存在を根こそぎ消し去ってやる……!!)
心の中にある憎悪という憎悪を燃やしながら、さらに突き進もうとしている。
だが、彼はやはりまだ分かっていない。
自分が最早、進んでいるのではなく、落ちて行こうとしていることを。