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三話 土壇場での逆転はよくあること

「だ、誰だ…………って、まさか……」


 声の発生源。それはシドロの周りではなく、手元から聞こえたものだ。

 手元……そう、つまりは、彼が握っている剣から、である。


「け、剣が喋った……? っつか、お前は一体……」

『私のことは、今はどうでもいいでしょう。それよりもほら、早くそのまま押し返してください』

「い、いや押し返すって、あの巨体をどうやって……」

『いいから、早く。今の貴方なら、それくらい簡単なことです』


 無茶だ。

 普通に考えれば、そんなことは不可能である。

 考えてみよう。相手は自分よりも巨大な魔獣、フェンリル。それを押し返すなど、何をどう考えても無理難題以外の何物でもない。

 だがしかし、今のシドロには、その淡々とした口調に反論する余地はなかった。


「うりゃぁぁぁああああっ!!」


 声を張り上げ、一歩前へと踏み出す。

 たったそれだけ。

 本当に、たったそれだけのことをしただけで、フェンリルは、そのままのけぞり、ひっくり返ってしまった。


「嘘、だろ……あんなでっかい魔獣をひっくり返しちまった……」


 現実ではないような光景。

 思わず、口をポカン、と開けてしまうのも無理はない。

 本来なら、ここで大喜びする場面なのであろうが、しかしそんな余韻に浸っている時間はないらしい。 


『何を呆けているのですか。そのまま攻撃を続けてください』

「はぁ!? 無茶言うなよっ!! あんなのにどうやって攻撃するんだよ!!」

『簡単です。たた剣で斬りつける。それだけで、今のアレは簡単に殺せます』


 さも当然と言わんばかりに、さらりととんでもないことを言われてしまう。

 自分が? あの怪物を? 簡単に殺せる?

 何の冗談だ、無理だろそんなこと……いつもならば、そう思っていただろう。いや、今現在でも思っている。荷物持ちである自分が、裏方である自分が、あんな化け物を倒せるわけがない、と。

 けれども。


「グァァァァアアアアッ!!」


 迷う暇など与えんとばかりに、フェンリルが再び襲い掛かってくる。

 今度は口を大きくあけ、まるごとシドロを喰い殺すつもりらしい。きっと、あのフェンリルならば、一噛みでシドロを喰い殺せる。

 目の前に迫る牙。それらはシドロにとっての死であった。

 未だ疑問は晴れない。だが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「らぁぁぁああああああああああああっ!!」


 叫び、走り、剣を握る力を強くする。

 そして、大きく振り上げた剣を未だ倒れているフェンリルの頭に込む。


「ふんっ!!」


 それは、シドロの人生の中で、渾身の一撃。

 そして。


 まるで、ガラスを割ったかのような感触とともに、フェンリルの頭が潰れ、そのまま凶悪な魔獣は絶命したのであった。


 その光景を前に、シドロはしばらくの間、呆然とする他なかった。


「……おい。おい、まじか……フェンリルを、あのフェンリルを、俺が倒した……? こうもあっさり、たった一撃で……? 嘘だろ……」


 手ごたえはあった。それは確かに今もこの手に残っている。だが、それでも全く実感できていなかった。

 もしかして、夢だったのではないか、とさえ思ってしまう程に。

 当然だ。相手はあのフェンリル。それを、それを、だ。荷物持ちである自分が倒した、などと事実であっても、簡単に信じられるわけがない。

 だが。


『初めてにしては合格、と言ったところでしょうか。本来ならば、自分の力を把握できていないことは失点になりますが、それでも剣の扱い方は悪くありませんでした』


 その言葉で、先ほどまでの全てが現実であったのだと理解する。


「そうだった。アンタもありがとなっ。おかげで助かったぜ」

『……私は何もしてません。これは貴方の能力がもたらした結果です。私がいなくとも、きっと勝利できていたでしょう。それに、礼を言うのは私の方でしょうし。貴方が私を持ち上げたおかげで、ようやく眠りから覚めることができましたし』

「眠り? 目覚める? あんたは一体……」

『そうでした。私としたことが、自己紹介がまだでしたね』


 その言葉が終わると同時、剣が光だし、姿を変えていく。

 そうして、光が消えると同時に現れたのは一人の女性。

 身長は百六十、といったところか。長い銀髪を水色のリボンで束ねており、肌はまるで雪のように真っ白。服装は黒を基調とした青いラインが入ったものであり、胸元の部分とへその部分が大胆に解放されている。

 まさに傾国の美女と言わんばかりの美貌である一方で、その目はまるですべての事柄がどうでもいいと言わんばかりな三白眼であった。


「初めまして。私はフール。大変遺憾ながら、貴方のモノになった魔剣です。どうぞよろしくお願いしますね、マイマスター」


 これが始まり。

 一人の荷物持ちと廃棄されたはずの剣が邂逅した瞬間であったのだった。

今日はここまで!

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