二十九話 必殺技の名前を考えるのって案外難しいよね
「―――ようやく起きましたか、マスター」
目が覚めるとまず最初に見えたのはフールの顔。
こちらを覗き込むような彼女の顔を見ながら、シドロはゆっくりと覚醒する。
「あ……? 俺、何で寝てんだ……っていうか……この状態って……」
ぼやけた視界がはっきりとして行く中、シドロは思い出していく。
自分がタラスクを、甲羅ごとぶち壊したことを。
そして、だ。
ようやく思考がはっきりした途端、自分が今、フールに膝枕をしてもらっているという事実に気づいた。
「ぬおぉわういとおわっ!?」
奇妙な声を上げながら、シドロは飛び上がる。
その光景を前に、フールはいつもより少し目を細めながら、言い放つ。
「何ですか。起きたとたん、奇声を上げて。人がせっかく膝をかしてあげていたというのに」
「い、いや? べ、別に? な、ななな、何でも? ない、けど?」
『いやめっちゃ動揺してるじゃん。これ以上ないほどにきょどってんじゃん。恥ずかしがらずに、もうちょっと甘えてなよ―。人生初の、そして最後の膝枕なんだから』
「何で人生初って確定してんだよ!! そして何で最後って断言してんだよ!!」
からかってくるムイに対し、これ以上ないほどのツッコミを入れるシドロ。
まぁ、今更何を言っても無駄なのではあるが。
「ってか、あの亀野郎は、どうなった!?」
「見てのとおりですよ」
言われ、シドロは視線を変える。
そこには、完全に甲羅が破壊され、その場に倒れ伏せ、息絶えたタラスクの姿があった。
「俺が……やったのか」
「ええ。正真正銘、貴方があのドラゴンを倒したんですよ」
「…………、」
言葉が出なかった。
あの一撃。今でも覚えている。自分が放ったあの一撃で、タラスクをしとめることができた。
この最下層において、何度も魔獣を倒してきたが、今回はそのどれとも違う手ごたえと達成感があった。
「それで? ドラゴン退治の感想は?」
「……いや、やっぱ実感わかねぇわ。っつか、あれがドラゴンだとは、未だに思えねぇし」
確かに強敵を倒した、という感触はある。だが、自分がドラゴンを倒せたとは、正直思えなかった。ドラゴンだと思えない、というのも実際のところは、ドラゴン退治ができたことが信じられない、という意味合いでのものだった。
『にしても、最後のあれ、凄かったなぁ。なんて名前の技なん?』
「名前はねぇよ。カウロンのやつも、技と呼べる代物じゃねぇしって言ってからな」
『え? マジ? あのカメ公を甲羅ごと粉砕したっていうのに? んじゃ、名前ないなら、つけようよー』
「何でだよ」
『え? だって必殺技に名前があった方が超カッコイイじゃん』
確かに、あの一撃は凄まじい代物だった。攻撃そのものは単純ではあるものの、当たれば相手を確実に叩き潰すことができる。まさに必殺技と言えるだろう。
『じゃあ、とりあえず、エクストリームタトバファイナルグランドインパクトとか!』
「長いわ!! そして意味わかんねぇし!!」
何故その名前になったのか、逆に聞きたいシドロであった。
『そんじゃあ……重くなってぶっ壊す斬撃だから、「重破斬」とかは?』
「やめろ!! 何がとは言わないが、それはダメだと何かが言っている!!」
『えー、じゃあ、ギガス〇イブとか?』
「てめぇそれ分かって言ってんだろ!! いや、俺は一体何を言ってるんだ……」
自分自身の発言に、少々困惑するシドロ。だが、何故だかは分からないが、ムイが口にしたものは、絶対にダメだということなのは分かってしまった。
その後も、ムイの口から飛び出てくる技名であったが、どれもこれもがとんちんかんなものばかりであり、全て却下していくシドロ。
そんな中、見かねたフールがふと案を出してくる。
「では、『星落し』などはどうでしょうか。星が落ちてくる程の威力、という意味合いを込めたのですが」
「そ、それだ!! それでいこう!! シンプルで分かり易しな!!」
格好いいかどうかはともかく、シドロが言ったように、その言葉はシンプルであの技にあっている。
何より、ムイが考えるものよりはるかに良い。
そうして、シドロ達の技は、『星落し』となった。
(にしても、必殺技かぁ……)
ずっと荷物持ちをしてきて、前線に立たなかった自分が、まさかあれだけの威力を持った必殺技を習得するとは。
……いや、違うか。あの技は、シドロだけのものではない。フールがいてくれるからこそ、なせる技。
だからこそ、あれは自分の技ではなく、自分たちの技なのだと、シドロは再認識するのであった。
『よーしっ。ドラゴンも倒したし、必殺技の名前も決まったし、とりあえず、カーちんのところに帰るか!!』
などと、元気よく仕切ろうとするムイ。
だが、その時。
『あっ、いっけね。そういえば、二人に話さないといけないことがあるんだけどさ』
何かを思い出したかのような顔になり、ふらふらと浮遊し、どこかへと向かっていった。
そして。
『これ、どうしよ?』
戻ってきた彼女は、巨大な卵を両手に抱えていたのであった。