二十八話 やっぱり必殺技の一つや二つ、覚えておきたいよね
『お前の戦闘スタイルは、持久戦だ』
『持久戦……?』
それは剣の修行をしていた時の話である。
カウロンはシドロの戦い方について、語っていた。
『お前は戦闘能力こそ、並程度だが、類まれなる体力を持っている。それが活きる戦い方は、相手の攻撃をとにかく回避、または防御し、地道に自分の攻撃を加えていくことだ』
確かに、体力があるということは、それだけ戦うことができる時間が長いということ。そして、攻撃ではなく、守りに徹しながら、相手の隙を見つけ、一撃を加えていく、というのは理にかなっているだろう。
だが、それは、何というか……。
『地味だな、それ』
『地味だろうが何だろうが、それがお前にあった戦い方だ。決して無理な攻撃にはでず、徹底的に相手の隙を狙え』
『つまり、基本は受けの姿勢でいけってことか?』
『そればかりでは話にならんがな。いざという時に攻撃にでなければ、勝てるものも勝てない。観察し、思考し、見つけ出せ。自分が相手に勝てる方法を。どうすれば相手を倒せるのかを。それがお前が強敵に勝つ条件だ』
戦いながら、相手を見極め、そしてその弱さに付け込み、倒す。
当たり前のようだが、しかしこの当たり前が肝心かなめ。そして、体力があるシドロには、見極める時間が他の人間よりも豊富にあると言えるだろう。
『でもよ、さっきアンタが言ってたみたいに、隙を見つけても大した攻撃ができないとやっぱダメなんじゃないか?』
『そうだな……なら、一つだけ、お前……いや、お前達ならではの技を教えてやろう。尤も、技と呼べる代物ではないが―――』
などと言われながら教えられた技。
それは確かに、シドロ達にしかできない技であった。
「ちぃ……!!」
火炎玉を避ける。避ける。避ける。
攻撃することなく、シドロはひたすら守りに徹している。
そのおかげで、見えてきたことが一つ。
(タイミングがつかめてきた……あの火炎玉、連続しての攻撃だが、一定のリズムみたいなもんがありやがる……)
カウロンが言っていた観察。それのおかげで、相手の攻撃パターンがだんだんと読めてきた。おかげで、先ほどよりも難なく回避することができている。
だが、しかし言い方を変えてしまえば、回避しているだけ。こちらもまた、相手にダメージを与えられていない。
「ちぃ……!! 守るのは大丈夫だが、攻撃に転じる隙がねぇ……!! これじゃあ、『アレ』が使えねぇ……!!」
『「アレ」……マスター。もしや、彼が教えてくれた、あの技を使うつもりですか?』
「ああ……。ただ、『アレ』をするにはでっかいタメが必要になるんだが……それができるチャンスが今のところねぇ……!!」
きっと近づくのであれば、先ほどの《ライトショット》を用いた手法でいけるだろう。
だが、それだと先ほどと同じに二の舞になってしまう。
(考えろ、考えろ、考えろ……!! あの火炎玉が飛んでこない場所を……!! タメが作れる場所を……!!)
相手が攻撃できない場所。すなわち死角。それはどこだ? ふところに入り込みたいのは山々だが、あの火炎玉がどうにも邪魔で仕方ない。
絶対に火炎玉が飛んでこない場所。
そんな都合がいい場所、あるわけが……。
「…………あるじゃねぇか」
その時、シドロの頭の中に、一つの答えが導き出された。
カウロンの言う通り、観察し、思考し、見つけ出した場所。
だが、しかし、それはある種の無謀な賭け。
一歩間違えば、死ぬかもしれない博打であった。
「……へっ。マジかよ俺。そりゃいくらなんでもヤバすぎるだろ」
少し前まで、ただの荷物持ちだった少年は、己の命をかけた作戦に、不敵な笑みを浮かべていた。
『マスター。自問自答で笑みを浮かべないでください。普通に気持ち悪いです』
「はいはいそうですね! 気持ち悪くて済みませんでした!! っと、それより、おいムイッ!!」
『なんじゃらほいっ!!』
「俺のタイミングに合わせて、俺の足元にあの《ライトショット》をぶつけることはできるか!?」
『へ? いや、まぁできなくはないけど……なしてそんなことを?』
「できるんだなっ!! なら、頼んだぞっ!!」
有無を言わさず、シドロは走っていく。
無論、その前方には、火炎玉が迫ってきている。
が、今度はムイに《ライトショット》で相殺してもらわずに、速度を落とさず、避けていく。
「タイミングさえ分かれば、走りながら避けるのもできるっての!!」
初見の時とは違って、もう既に火炎玉には慣れている。
だからこそ、ムイの援護なしでも近づくことだけならなんとか可能だ。
だがしかし、間違ってはいけない。
シドロがなぜ、走りながら前方に進んでいるのかを。
「今だっ!!」
『了解ッ!! 唸れ、《光の剛速球》!!』
ムイの《ライトショット》が飛んでくる。
その瞬間。
シドロはその場で大きく跳躍した。
飛んできた《ライトショット》は先ほどシドロがいた地面に直撃し、その爆風がシドロを空中へと押し上げたのだった。
(【軽量化】で自分の体を軽くさせて、《ライトショット》の衝撃で、あいつの甲羅の頭上に吹っ飛ぶっ!!)
これが、わざわざ走っていた理由。
つまりは、跳躍のための助走。そして、《ライトショット》から生じる爆風でタラスクの頭上にまで身体を押し上げることであった。
「よし、計画通り!!」
シドロは完全にタラスクの上を取った。亀のような体の構造をしているせいか、タラスクは真上に向くことができない。
ここまでは、予想通りの展開だ。
問題なのは、ここからである。
空中に出たシドロは剣を振り上げて―――そのまま甲羅へと落下していく。
本来ならば、これはあまりにも無意味な行為。亀の甲羅が頑丈なように、タラスクの甲羅も恐らくどの体の部分よりも硬い。そんな場所を攻撃しても意味がないのは明白。
そう……普通の武器と普通の攻撃であれば。
『いいか? この技はタイミングが全てだ。お前のスキル【軽量化】。それを剣を振り下ろした瞬間に、解除する。普通の武器なら何の意味もないことだ。だが、あの魔剣で、それを行うとなれば、話は別。どんなものにも壊されない頑丈さでありながら、巨大な魔獣以上の重さを持つ。その一撃は、どんなものをも壊す一撃になるだろう』
頑丈さと重さを兼ね備えた剣を振り下ろす。たったそれだけの、単純で、しかしシンプルゆえに凄まじい攻撃。
その渾身の一撃を―――放つ。
「くらいやがれぇぇぇえええええっ!!」
雄たけびと共に、シドロは剣を振り下ろす。そして、同時に【軽量化】も解除した。
そして、次の瞬間。
凄まじい轟音と衝撃と共に、巨大なタラスクの体が、甲羅もろとも、シドロの一撃で、木っ端微塵にふきとんだのであった。
GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!
それは、雄たけびでなく、絶叫。
まるで信じられないと言わんばかりの声。
きっと、タラスクが人間の言葉を口にできたとしたなら、こう言ってるだろう。
あり得ない、と。
そんな、ドラゴンの断末魔を聞いたシドロはというと。
「へへ……ざまぁ、みやがれ……」
小さなその言葉を吐いた次の瞬間、彼の視界は真っ暗になったのであった。