二十七話 世の中には、自分の十八番が通用しない相手もいる
「うおっ!? ぬぉっ!? とわぁっと!?」
タラスクの攻撃は火炎玉が主であった。
亀の体型をしているせいか、本人はあまり動かず、その場にじっとしている。標的がずっと同じ位置にいるのだから、距離を詰めるのは造作もないこと……などと思うかもしれないが、そうもいかないのが現実だった。
「あの火炎玉、マジでやっかいだな……!!」
距離をつめようにも、連続的に襲い掛かってくる火炎玉が邪魔して、前進することすら困難になっている。
幸い、避けられない程の速度ではないため、シドロでも対処できている。
だが、威力が絶大なのは、既にもう何度も目にしている。
受け流すことはほぼ不可能なため、シドロは避けに徹するしかなかった。
「フールッ!! 何かいい作戦とかないか!?」
『そうですね……あの火炎玉ですが、剣状態の私なら、弾き飛ばすことは可能でしょうが、その場合、はじき返す前にマスターが燃え尽きるという可能性の方が高いかと』
「マジかよ。ちょっとそれ考えてたんだけどな……」
フールはどんな魔術でも壊れない。ならば、それを使って、火炎玉を剣で弾き飛ばしながら前進する……といった作戦を考えていたが、どうやらお蔵入りにするしかなさそうだ。
「ムイッ!! お前は何かないか!!」
『ん~~~……ないっ!!』
「元気な声で返すなっ!!」
『だってあたしの魔術攻撃、全部通じないんだもん。せいぜい、できて防御くらいだし。けど、あたし攻撃特化の魔術師だから、防御系とかバフ系とかも苦手だし』
「まじかよ……」
ムイの魔術で自分に防御魔術などをかけてもらって、火炎玉を耐えながら前に進もう、と考えたのだが、それもどうやらダメらしい。
……いや。
「……なぁ、お前の魔術で、あの火炎玉を相殺することってできるか?」
『へ? そりゃまぁ……やれるとは思うけど……』
「よし。なら、俺にぶつかりそうな火炎玉、全部相殺してくれっ!!」
『……成程。防御ではなく、援護、ということですか』
防御の魔術が使えないとしても、援護ができないわけではないはず。火炎玉をどうにかすればいいのだから、それと同等の攻撃で相殺させれば問題はないはず。
『むーっ。難しい注文を簡単に言ってくれるねぇ』
それはそうだ。あの火炎玉はかなりの威力だ。それを相殺する魔術となれば、それこそかなりの技術が必要になってくる。
けれども。
『でもオッケー。襲い掛かってくる火の粉は、あたしが払ってやるゼッ!! 安心して当たって砕けてこい!!』
「砕けたら元も子もないだろ……」
などと軽口を言いつつ、シドロは剣を構え、そして。
「んじゃ―――頼んだぞ!!」
駆け出す。
狙うはタラスクの頭。どれだけ強かろうが、頭を潰してしまえば確実に死ぬはず。
無論、頭部に向かうとなれば、火炎玉が直球で迫ってくるわけだが。
『《光の玉》ッ!!』
ムイの光の玉ことライトショットが炸裂し、火炎玉を相殺してくれた。
あの火炎玉を消し飛ばすとは、彼女の魔術がいかに凄まじいのかがうかがい知れる。
だが、今はそんなことを考えている暇はない。
「うおおおおおおおおっ!!」
何度も何度も襲い掛かる火炎玉。それを相殺するライトショット。
両者がぶつかるごとに物凄い衝撃と煙幕が生じるが、それに気圧されることなく、シドロは前へと突き進む。
そうして、ようやくタラスクの眼前にやってきた。
「うりゃあああああああああああっ!!」
剣を振り上げ、雄たけびを上げながら、跳躍する。
そのままタラスクの頭部に一撃を喰らわせようとする
だが、その瞬間。
狙いであった頭部が、唐突に姿を消した。
(なっ……こいつ!! 頭と手足を引っ込めやがった!?)
亀が身を守るがごとく、頭部と手足を甲羅の中に完全に隠してしまった。まさに、完全防御態勢。
(そんなら、一度、甲羅ごと吹っ飛ばしてやる!!)
シドロは【軽量化】を最大限に発動している。いくら甲羅が硬かろうが、中身ごと吹っ飛ばしてしまえば、いくらかのダメージが入るはず。
そう思いながら、渾身の一撃を叩き入れた。
……はずだったのだが。
「なっ……こいつ、重いままじゃねぇか……!!」
吹っ飛ぶどころか、逆にシドロの方がはじき返されてしまった。
これはどういうことか。
たとえ、甲羅が硬かろうが、それが羽毛のように軽ければ、向こうが吹き飛んでいくはず。だというのに、この感触は、まるで硬く、そして重いモノに剣をぶつけた感触であった。
それを見たムイが、ようやくここで気づく。
『しまった!! 魔術の攻撃しか当ててこなかったから気づかなかったけど、このドラゴン、スキルも無効化することができるんだっ!!』
「おいおい、冗談だろ……」
予想外の展開。
しかし、想定できなかったことではない。
魔術を無効化するのなら、スキルも無効化することができるかもしれない……それを考慮しなかった、こちらの失態である。
『マスター、とりあえず、下がってください!! 今は距離をとらないと!!』
言われ、シドロはすぐさまタラスクとの距離をとった。
その直後、タラスクは首を甲羅から出し、こちらを睨みつけてくる。
その表情は、こちらを射殺さんと言わんばかりのもの。
そして、同時にこう語っている。
お前の攻撃は、無意味である、と。
「ちくしょう……」
『マスター。撤退を推奨します。マスターの十八番である【軽量化】が通用しない以上、こちらに勝ち目はありませんっ』
フールの言い分はもっともだ。
シドロは【軽量化】の力で相手を軽くさせることができたから、今まで無双してきた。だが、この相手にはそれが通用しない。それは最悪の事態といえる。
だがしかし。
「……いや。ダメだ」
『なっ、マスター、何を……』
「ここで逃げたところで、あいつにスキルが通用しないって事実は変わらない。撤退したところで、ロクな攻略手段なんて見つからないだろう。だが、今、奴は弱体化してる。今なんだよ。この機会を逃せば、俺達に勝機はない」
『ですが……』
「安心しろ。今の攻撃で分かった。確かに、あいつに俺のスキルは通用しない」
けれども。
「よくみろ。さっき俺が叩き込んだ場所」
『っ!? 傷がついている……』
「ああ。あっちの甲羅も相当硬いが、どうやらお前ほどじゃなかったらしい」
まさに『最硬の魔剣』といっても過言ではない頑丈さだ。
「【軽量化】は通用しなくても、フールなら、通用する。だったら、そこに勝機をかけるまでだ」
自分の力が及ばない、なんてことは、それこそ今まで山のようにあった。お前じゃ無理だ。お前じゃできない。そういうことはもう慣れている。
だが、今のシドロは一人ではない。
彼の相棒は、確かに相手を倒すことができる可能性を秘めている。
ならば、それを信じて戦うことが、今の彼にできる唯一の手段であった。
『……分かりました。では、私もマスターを信じましょう』
「ああ。任せろ」
そうして、シドロはこちらを睨みつけてくるタラスクに対して。
「そんじゃ、第二ラウンドとしゃれこむぞコラァ!!」
不敵な笑みを浮かべながら、剣を構えたのだった。