二十話 幽体離脱してて体がなくなってたら怖いよね
『はっ!? 何か雰囲気的にあたしが関わっちゃいけない感があったらずっと黙っていたのだけれど、唐突に会話の中に出てきたのはなにゆえに!?』
唐突に姿を現したと思ったら、場違いな口調でそんなことを言う幽霊少女・ムイ。
そんな彼女に対し、カロウンは、はぁ、とため息を吐きながら、言い放つ。
「喧しいぞ。さっきまで存在感を消して黙っていただろうが。そのまま続けてじっとしていろ」
『いやいや、それは流石に無理でしょうに。だって、あたしの話題が出てきたわけだし。ここで黙っておくっていうのは野暮ってもんでしょ。混ぜろコノコノ~~』
などと鬱陶しいことこの上ないノリに、カウロンは頭を抱えていた。
その姿に、シドロとフールは少し同情していた。
「……まぁ見た通り、この女は幽霊だ。だが、死んでいるわけではない」
「へ?」
「それはどういうことですか?」
幽霊であるというのに、死んでいない。とんでもなく矛盾した言葉に対し、二人は同時に首を傾げた。
「言っただろ。ここは厄介ごとがあふれかえっている、と。こいつもその一つ。少し複雑な事情があって、身体を取り替えられ、ここに落とされ、ここにやってきた、というわけだ。そういう意味では、お前と同じ境遇にある、というわけだ」
「同じって……じゃあ、そっちも落とされて無事だったのかよ」
『ううん。地面にぶつかって即死したよ。しかも顔面から。いやー、あの時は走馬灯とか頭よぎって、マジでやばいと思ったね』
「やばいと思ったって……いや、アンタやっぱ死んでんじゃん!!」
理解ができないと言わんばかりのシドロのツッコミ。
それに対し、返答したのはムイではなく、カウロンの方だった。
「言っただろ。こいつは少々、複雑な事情があると。その原因が、こいつのスキル【幽体離脱】のせいだ」
「【幽体離脱】? それって……」
「言葉通りのスキルだ。こいつは体から魂を抜け出し、自由に幽体化することができる。今のこの状態にな」
そんな馬鹿な……と言いたいところだが、しかし実際こうしてムイは幽霊としてシドロ達の前にいる。それに、スキルとは時折、不可能、あり得ない、と思うことさえ実現してしまうのもの。ならば、自由に幽体化できることも何もおかしくはなかった。
「でも、即死したって、さっき……」
「言っただろ。こいつは体を入れ替えた上で、突き落とされた、と。死んだのは、入れ替わった奴の体だ。こいつの体はまだ生きてる……らしい。こいつ曰くな」
『あ、それについては間違いないよー。なんていうか、ちゃんと説明できないけど、あたしの体、まだ生きてるって分かるんだよねー』
「分かるんだよねー、って言われてもな……」
イマイチ信用ならない。
何せ、相手が相手だ。その場のノリとテンションでいきているような性格の少女の言葉を、はいそうですか、と鵜呑みにできるほど、シドロも考えなしではない。
「言いたいことは分かるが、恐らく本当だろう。そして、本来の体が無事ならば、こいつの魂は元の体に戻ることができる……かもしれん」
「かもしれんって」
「前例がないからな。はっきりとしたことは言えん。可能性があるというだけの話だ」
確かに、幽体離脱していた少女が元の体に戻る、などという話は聞いたことがない。言ってしまえば、初の試みだ。それに対し、絶対、などと言う言葉は使うべきではないだろう。
「つまり、アンタはこいつを地上に連れてって、本当の体を探せって言いたいわけか」
「そこまで面倒見ろとは言わん。体云々については、こいつの問題だ。ゆえに、それを見つけるのはこいつ次第であり、自分で何とかするのが筋だろう」
『う、うわー、言っちゃったよ、この人。そこはせめて、「協力してやってくれ」とか、「力になってくれ」とかいう場面じゃろがいっ!!』
「喧しい。体を入れ替えられたのはお前の問題だろうが。そこは自分で何とかしろ」
言われ、ムイは『ぐぬぬ』と言わんばかりの表情となりながら、反論できずにいた。
と、そこでフールが一つの疑問を口にした。
「……一つ、質問があります。貴方は彼女を一緒に地上に連れて行ってくれ、と言いましたが、『転移の間』にあるという鏡で地上に転送しないのは何故ですか?」
その言葉にシドロは、あっ、となる。
言われてみれば確かに。『転移の間』にあるという鏡があれば、地上に戻れるとカウロンは言った。ならば、それを使って、さっさとムイを地上に送ればいい、という意見が出るのは自然な流れだ。
「それにも事情があってな。二つ目の条件に関わってくる」
「二つ目の条件?」
条件は複数ある、と言っていたが、それがムイを『転移の間』で地上に送らないことと、何か関係しているのか。
シドロが抱く疑問。それに答えると言わんばかりに。
「二つ目の条件。それは『転移の間』にいる魔獣……ドラゴン退治だ」
カウロンは、淡々とした口調で、とんでもないことを言い放ったのだった。