十七話 幽霊でも痛いものは痛いらしい
『ふ……やるね、ユーたち。まさかあたしを倒すだなんて。流石はここまでやってきたことはあるってわけだ。その実力とチームワークは敬意に値する。そして、そんなお二人さんに一つお願いがあるんだ』
「お願い?」
『とりあえず…………この組み伏せ状態やめてもらえない? そろそろ関節がやばくなってきたから』
現在の状況を説明すると、だ。
フールが幽霊少女をガッチリと上からホールド状態にしている。それはもう、逃げ場などないくらいに、しっかりと、だ。
何度もじたばたしながら抜け出そうとしているが、しかしフールはいつもの表情を崩すことなく、微動だにしていない。
「しょうがないだろ。幽霊のお前を拘束しとくには、触れるこいつが動きを封じるしかないんだから」
『いやいや、そもそもそこがおかしいよね? 何であたしに触れられるの? 一応、これでも幽霊なんだよ? 幽体なんだよ? 普通はさ、こっちの攻撃は当たっても、そっちの攻撃は無意味とか、そういう一方的な関係でしょ? なのに何で平然とそのルール破ってるの?』
「少々意味が分かりませんが、私が貴方に触れられるのは、そういう体質……正確にいえば、『剣質』だからです」
そしてこれまたいつものように淡々と説明をするフール。
だが、その内容には些か疑問が出てくる。
「そりゃ、どういう意味だ?」
「前にも言いましたが、私はどんな攻撃にも耐えれるよう、作られました。その過程で、物理的ではないものにも触れられるようになりました。そのおかげで、本来ならば触れることができない魔術的なものや、彼女のような幽霊にもこうして触れることができるのです」
頑丈な剣を作っている最中に、その副作用として幽霊にも触れることができるようになった……正直、その説明に不足を感じることはあったが、しかし結果として、目の前で幽霊に触れ拘束していることから、信じる他なかった。
「とはいえ、あくまで触れることができる、ということであり、魔術を無効化したり、物理攻撃以外のものを必ずしも切れる、というわけではありません。私はあくまで、壊れないよう作られているだけ。魔術ならば何でも無効化できる、とか、物理的なもの以外でも絶対に斬ることができる、とかではありません。そこ点はどうかお忘れなきようご注意を」
「お、おう。分かった」
フールの言葉に、シドロは少し押され気味になりながら返答する。
少し思うのだが、彼女はこういう「剣の性能について勘違いしないでください」的な発言の時は、とことん真剣に思える。
まぁ、自分の性能を間違って認識されるのは確かに嫌だろうが、シドロには、何故かそれだけではないように思えたのだった。
『おいおう、二人っきりの世界に没頭するのはいいけれど、こっちの存在忘れて貰っちゃあ困るぜお二人さん。っていうか、ちょ、本当にもうそろそろこの体勢やめてくれない? マジで肩が痛くなってきたから。っていうか、お姉さん。ちょっと見た目よりも重いんじゃ……』
「よっと」
瞬間。
ドスンッ、という音と共に、フールたちがいる地面が少しだけ沈んだ。
『ぎゃああああああああっ!! なにこれぇぇぇぇえええええええええっ!! え、ちょ、ま、本当に待って待って待って!! え? どゆこと!? さっきよりも滅茶苦茶重くなってるんですけどぉ!! いや、まずいって!! このままだとアバラとか背骨とか、そういうのが折れるから!! マジ勘弁してくださいお願いします何でもしますから!!』
「幽霊のアバラと背骨が折れる……とても興味深いですね。見てみたいです」
『サイコパスッ!! このお姉さんもしかしなくても、ドSなんですか!? 口元笑ってるのに目がすわってるんですけど!! これ、完全に折りにきてるとしか思えないんですけど!!』
「大丈夫です。もう幽霊なんですから、アバラと背骨が折れたくらいでは死にませんよ。知りませんけど。というわけで、もう少しだけ重くして」
『マジだ!! この人マジでやる気だ!! ちょ、ちょっと待ってください!! 助けてください!! お願いします!! 助けて!! ……ァァァァアアアアアア!!』
絶叫が洞窟内に響き渡る
と、ここでシドロはふと思いついた疑問を口にする。
「幽霊なのに、痛みとかあるのか?」
『あるから!! 普通に痛みとかあるから!! え? 何? 幽霊は死んでるから痛みとかないとか思ってるわけ!? うわー、ひくわー。人権侵害だわー。そういう思い込みが、差別とか偏見とか産むんだよなー。そういうの、よくないと思うなアタシはー。もうちょっと考えてから発言した方がいいと思うなー』
「随分な言われようだな!!」
「そうですよ。マスターが、そんな他人のこと考えて発言できるとでも? あまり、マスターの頭の悪さを甘くみないでください」
「そしてこっちはこっちでいつも通りだな!!」
などとツッコミを連発するシドロ。
だが。
「―――何やら騒がしいと思って来てみれば……これは、一体どういう状況だ?」
次の瞬間、シドロ達に今までに感じたことのない悪寒が、背筋を走ったのであった。