十六話 幽霊って物理攻撃効かないの、ズルいよね
『《光の玉》、《光る玉》、《ピカッとする玉》!!』
奇天烈な呪文と共に、幽霊少女の手から放たれるのは、言葉通り、光の玉。
それらはまっすぐシドロのもとへと襲い掛かってくる。
「うおっっと!? んだよっ、あのちんちくりんな呪文はっ!! 全部同じ魔術のはずだろう!!」
『簡略詠唱ですね。あれは全て、《ライトショット》ですが、自分が言いやすい呪文に言い換えているんでしょう』
「そんなのありかよっ!! んなことして何になるんだよっ!!」
『まぁ呪文を口にした際、何がくるのかが分からない、というのもありますが……恐らく、彼女の場合、その場のノリとテンションでやっているのかと……そういうことができないわけでもないですし』
「まじかよっ!! 魔術って思ったよりテキトーだなっ!!」
『いえ、彼女が特殊なだけであって、あれを基本にしないでください。流石に他の魔術師に失礼です』
辛口な評価である。
しかし、だ。どれだけ文句を言ったところで状況は変わらない。
「ち……予想はしてたが、やっぱり魔術相手だと苦戦するな!!」
『遠距離からの攻撃……とくに、彼女が今使っている《ライトショット》などは、重さなど関係ありませんからね。加えて、彼女自身も浮遊している状態。恐らく、重さなど皆無でしょう。そんな相手には、いくらマスターの【軽量化】で軽くさせても意味はありません』
「解説どうもっ!!」
フールの言葉でシドロは自分の状況の危うさを再認識する。
今までの相手は重さを軽くさせることで、圧倒し、蹂躙し、無双してきた。当然だ。どれだけ強い魔獣であっても、生き物ならば重さを持っている。それを奪ってしまえば、軽く吹き飛ばすことができてしまう。
だが、目の前の相手はその重さがない。【軽量化】が通用しないのだ。
そして、問題はもう一つ。
「っていうか、やっぱあれ幽霊だよな!?」
『今更なんですか。どこからどう見ても、幽霊ですよ』
「いや、なんつーか、あれが幽霊だったら、物理攻撃とかきくのかなって思って……」
幽霊なんてものに初めて出会ったシドロ。だが、それでも幽霊に物理攻撃が効かない、ということは知っている。
【軽量化】も効かず、物理攻撃も通用しない。まさに、自分たちにとって、天敵とも言っていい相手だ。
……と、心の中で呟いていたのだが。
『ああ、その心配ですか。それなら安心してください。私ならば、幽霊でも問題ありませんので』
「え? マジ?」
『大マジです。ですが、何にしても距離をつめないといけません』
「だよな……って、うおっ!?」
目前に迫っていた光の玉をなんとか回避しするシドロ。
そんな彼を見て、幽霊少女はムスッとした表情を浮かべていた。
『むぅ。あたしのピカ玉をこうもあっさり避けるとは……さては貴様、やり手の冒険者だな? 実力はS級と見た!!』
「いや、別にそういうわけじゃないだが……つうか、俺荷物持ちだし。ランクもD級だし」
『えっ、嘘やだ。あたし、D級冒険者に避けられる? 弱すぎない?』
「自分で自分のこと弱いとかいうなよ……」
戦っているというのに、調子がくるってしまう。
そもそも、先ほどから彼女からは敵意や殺意は感じられない。あるのはただ、闘志のみ。
とはいえ、こちらを殺すつもりがないにしても、このままではまずいのは明白だった。
「あのよ、ちょっと考えがあるんだが……」
そこで、シドロはフールに一つの提案をした。
『……………………それ、本気で言ってます?』
「本気も本気だ。っつか、これ以外の作戦があるなら教えてくれ」
『いえ、確かに理にはかなってますが……マスター、貴方それでも男ですか?』
「うるせぇ!! 現状これ以外の方法が見つからねぇんだよ!!」
『まぁ、マスターなりに考えて出した答えとしては上等だとは思いますが……しかし、本当にいいのですか? 真面目な話、もしも私が失敗したら、マスターの防御手段がなくなりますが』
「構わねぇよ。それくらい、なんとかしてみせる!! それに……アンタならできるって信用してるからな」
その言葉に、フールは少し間を開けながら、答える。
『……分かりました。では、よろしく頼みます』
了承を得たシドロは不敵な笑みを浮かべながら、剣の柄を強く握りしめる。
『こらぁ!! 人をほったらかしてひそひそ話とはけしらかんぞぉ!! そういうことやってると、友達なくすぞぉ!!』
「そうかいなら……なら、これでもくらいやがれぇ!!」
言うと、次の瞬間、剣をまるで槍を投擲するかのように、幽霊少女めがけて投げ飛ばした。
狙いは上場。そのまま行けば、確実に命中する軌道。
だが、しかし、幽霊少女は至って冷静だった。
(ふ……あんちゃん。遠距離をつめられないからってやけになっちゃあいけないよ。見たところ、武器は剣一本。その剣を投擲するっていうのは、あまりに無茶なかけだ)
軌道は直線。狙いは確かにいいが、弓矢ほどの速さもないため、避けるのは容易い。いや、そもそも、避ける理由がない。
自分は幽霊。つまり、幽体だ。基本的に、物理的攻撃は効かない。ゆえに、ただの剣が飛んできたところで、すり抜けてそれで終わり。
そうして、幽霊少女の前にやってきた剣は、そのまま―――。
「どうも、こんにちは」
『―――――へ???』
剣から人間へと姿を変えた。
一瞬の出来事。それに対し、幽霊少女はポカンと口を開けるしかなかった。そして、何か言葉を口にしようとするも。
「まぁ、そういうわけで―――とどめです」
その一言の直後に放たれた拳で、彼女の視界は真っ暗になったのだった。