十三話 人が夢を目指す理由はそれぞれである
「そういえば、マスターはどうして冒険者になろうとしたのですか?」
それは、いつものように魔獣を倒した後の夕食時。
フールはシドロに、そんなことを問いかけてきた。
その質問に対し、シドロは簡潔に答える。
「そりゃお前。冒険者は男の夢で、ロマンだからな」
「…………、」
「え、ちょ、何その顔。マジないわー、みたいなその表情。やめてくれる!? 地味に結構心に来るから!!」
「いえ……マスターは他の男性の方に比べてチビ……おっほん。背丈が低いとは思っていましたが、まさか心の方も未だ成長できていないチビ助とは」
「ねぇちょっと!! 最後の言葉で訂正した意味無くなってるよね!? いいじゃねぇか。人がどんな理由で冒険者になろうとしてたって!!」
確かに子供っぽいという理由かもしれないが、しかし冒険者になろうと思う男は大抵そんな者たちばかりだ。
金になるから、女にもてるから、強い魔獣と戦えるから……そういうものが代表的な理由だろう。
もっと高貴で崇高な目的をもって冒険者になった者もいるかもしれないが、しかしそれはきっと少数派だ。
「まぁ確かに。人の動機にケチをつけるのは野暮というもの。それは認めます。ですが、少々気になりまして」
「気になったって……また何でだよ」
「こうして私に出会うまで、マスターは自分のスキルが戦闘向きではないと思っていた。荷物持ちという役割をするには確かに丁度いいかもしれませんが、しかし貴方の言い分からして、目指していたのはそういう裏方ではなかったはず。それこそ、表舞台に立つような、英雄。けれど、少なくとも、以前のマスターならば、自分ではそれにはなれないと思ったはず」
まるで、今までずっと自分を見てきたかのように的確な言葉に、シドロは何も言えなかった。
何故なら、フールが今言ったことはすべて正しい。自分が本当に目指していたもの、けれどそれになれないと理解していたこと、それらすべてその通りなのだから。
「しかし、貴方はこうして冒険者をやっている。荷物持ちという役割ではあるものの、それでも冒険者を続けていた。それは何故?」
ゆえに、彼女が指摘したいのはその一点。
何故、冒険者になったのか。そして続けていたのか。
自分が本当になりたいものにはなれないと知った上で、それでも彼は荷物持ちとして冒険者を続けていた。
仲間からはもういらないんじゃないか、と陰口を叩かれながら、それでもやめなかった理由。
それが知りたいという彼女に対し、シドロは少し迷いながらも口を開いた。
「……俺の親父はさ、冒険者だったんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。とはいっても、別に名の知れた凄い冒険者ってわけじゃない。どこにでもいる、普通の冒険者。毎日そこそこの仕事をして、金を稼ぐ。そういう人だった」
冒険者は常に向上心を持ち、上を目指している者たちばかりではない。自分に見合った依頼を受け、金を稼ぐ。そういた連中も大勢いる。そして、シドロの父親もまた、その中の一人だった。
「けどさ……病気で死ぬ間際に、言ってたんだ。本当はもっと上に行きたかったって。でも、自分にはその勇気がなかった。現状に甘んじて、先に進むことをしなかったって……それだけが、どうしても心残りだってな」
「……、」
「別に俺は親父が普通の冒険者だったことに何の不満もなかった。冒険者ってのは命がけの仕事だ。それは上に行けば行くほど、危険は増していく。だから、自分の実力に見合ったところでずっと仕事をしていた親父の判断が間違っていたとは思ってない」
家族を養うため、金を稼がなければならない。ゆえに危険な可能性はできるだけ下げたい。いや、そもそも人間だれしも自分の命は大事だ。ならば、下手に上を目指さず、地道に自分の力量にあった依頼をこなせていけば、それで十分だろう。
幸い、シドロ父親は中級クラスの冒険者。稼ぎは悪くなかったがため、シドロも彼が生きていた頃、生活に困ったことはなかった。
総合的な観点からして、シドロの父親の選択は間違っていない。冒険者らしくない、という者もいるかもしれないが、しかし家族を持つ身としては正しい判断だったと言えるだろう。
しかし。
「けどよ……親父はそのことを後悔してた。上を目指さなかったことを」
そう。それでも、冒険者という生き物は、少なからず冒険をしたいと思っている生き物なのだ。たとえ、実行しなくとも、心の奥底では夢や目標を持っている。
ほとんどの人間はそれを果たせないで生涯を終わる。そして、シドロの父親もまたそうであった。
「だから、俺は言ったんだ。なら、俺が代わりに、親父の分まで上に行ってやるってな」
「……それは何故ですか? お父様の無念を晴らすため?」
「そんなんじゃねぇよ。さっきも言っただろ。冒険者は男のロマンだって。憧れていたことには違いないし、だから冒険者になったんだっていうのは本当だ。ただ……親父がいけなかった場所に行ってみたい。そう思ってずっと続けてたってのも、本当だな」
始まりは憧れ。そして、続けてきたのは、父親がいけなかった場所にたどり着くため。そのために、彼は荷物持ちとしてずっと冒険者をやっていたのだ。
そんなシドロの返答を聞いて、フールは一言。
「…………全く。男の人というのは、いつの時代も面倒くさいんですね」
「アンタにだけはいわれたくはないなっ!!」
相棒の放った言葉に、シドロは思わずツッコミを入れるのであった。