十一話 大事なことは先に言っておくべき(いやマジで
「はぁ……マスターがここまで人でなしとは思っても見ませんでした」
ほとほと呆れたと言わんばかりに大きなため息を吐くフール。
「まさか、自分が戦いたくがないために、私を戦闘させようとするとは……まぁ、私はマスターの所有物ですから、拒否はしませんが……女性に戦わせておいて、自分は後ろから黄色い声援を送って応援したり、指示を出したりする。それは男として、いいえ、人としてどうなのでしょうか。恥ずかしくないのですか?」
「言いたい放題だなオイ」
などというものの、確かに彼女の言い分は尤もである。
男女平等、などという言葉はあるものの、しかしそれでもシドロ個人としては女性だけを前線に立たせる、というのは納得のいかないものだ。まぁ、荷物持ちとして、あまり戦ってこなかったシドロが何を言っても説得力は皆無なのだが。
しかし、今回は違う。そもそも、フールだけを戦わせるつもりなど毛頭なかった。
「っつか、誰が一人で戦わせるっつった。俺だって戦うっつーの。っていうか、これはただの実験というか、お試しというかだな……」
「ええ。分かっています。マスターのスキルで敵の重さを軽くさせることができる。一方私は自分の重さを調整できるがために、マスターのスキル効果範囲内でも動ける。ゆえに戦える。その発想は、確かに理にかなっています」
「わ、分かってんなら、妙な言い方すんなよな……」
「失礼。そういうのが癖なもので」
「こいつ……」
全く悪びれるそぶりもないその姿は、ある種堂々としたものだと言える。
いや、全くもって見習いたいとかは思わないが。
「しかし、驚きですね。まさかマスター自身からそういう考えが出てくるとは」
「んだよ、その言い方。俺が馬鹿って言いたいのか?」
「え? マスター。もしかして、自分が馬鹿ではないと思っていたんですか?」
「おいこらクソ魔剣。テメェちょっとは自分のご主人様に敬意をもって接しろや……まぁ俺が馬鹿であるというのは否定しないが……」
「そこで否定しないのが、マスターの残念なところですね」
「うっせぇ」
自分が馬鹿だ、なんてことは言われなくっても重々承知だ。でなければ、仲間に不意打ちを喰らって崖から落とされることもなかったのだから。
「さて……そろそろ戦う準備をしましょうか。相手もそろそろ我慢の限界がくるでしょうし」
その発言がどういうことか、それは周りをみれば一目瞭然。
もう二人は魔獣に囲まれていた。相手は『ヘルモンキー』。猿型の魔獣である。ブラッドスパイダーと同じく、群れで行動する習性があるため、彼らもまた集団でこちらを狙っている。
その数は、およそ百といったところか。
「試すにはちょうどいい数ですね……それで、です。マスターの考えが正しいとして、問題なのは、私が戦えるかどうか、という点ですね」
「ああ、そうだな」
「その点については、まぁ問題ないと思います」
そうして、フールはシドロの前に一歩出る。
「ではマスター。【軽量化】を発動してください」
「お、おうっ」
言われ、シドロは【軽量化】を発動する。重いモノを持たずの発動は初めてだったために、できているかどうかをフールに確認する。
「どうだ?」
「ええ。ちゃんと発動してますよ。体がかなり軽くなったのを感じます。とはいえ、このままだと私も羽毛くらいの重さなので、調整をして……大丈夫です。いけます」
「よしっ。じゃあ頼むぜ」
「はい。それでは―――実験を始めましょうか」
その言葉が言い終わると同時。
フールは物凄い速さでヘルモンキーたちの群れに特攻し、拳を叩きつけ、ニ十体以上の魔獣が宙を舞った。
「…………へ?」
あまりの光景に、思わず呆けてしまうシドロ。
確かに、確かにだ。【軽量化】によって、フールは体がいくらか軽くなっている。それこそ、彼女自身が重さを調節し、適度な軽さにはなっているだろう。
だが、それでも……これはおかしくはないだろうか。
「え? え? ちょ、今の何!? どういうこと!?」
「ああ、そういえば言ってませんでしたね。こう見えて私、昔少々拳法を嗜んでおりまして……体が軽くなって体勢が崩れている相手ならば、確実に倒せる自信があります」
「いやその動きは少々どころの話じゃないよね? 確実に人をとか殺したことがある動きだよね?」
「そんな滅相もない。人『は』殺したことはありませんよ」
「え? 何その強調した言い方は。妙に怖いんだが……」
などというシドロの言葉をよそに、フールは次々とヘルモンキーたちを圧倒していく。繰り出されるのは拳だけではない。まるで鞭のようなしなる蹴りもまた強烈であり、たった一回で無数の相手を吹き飛ばしてしまう。
いくら自分と相手、どちらも体が軽くなっているからと言って、こんな結果になるわけがない。
つまるところ、それだけフールの実力が凄まじいというわけだ。
「すげぇ……ってか、その、なんだ……アンタ、俺より普通に強くね?」
「そうですね。特に拳法の達人というわけではありませんが、マスターよりかは強い自信があります」
「断言されちゃったよ……まぁ実際その通りなんだろうけど……」
否定できない強さ。それが今まさに目の前で立証されているのだから、反論の余地などどこにもなかった。
……はずなのだが。
「ただ、一つ弱点がありまして……」
「弱点?」
首を傾げるシドロ。
すると。
ぐぎゅう~~~~~~~~。
気の抜けたその音は、場違いにも程があるものだった。
かと思えば、先ほどまで俊敏に動いていたフールが突如としてその場に膝をつき、そのまま倒れてしまう。
何事か、と思ったシドロはすぐさま彼女の傍にかけよっていく。
そんな彼に、フールは言う。
「…………このように、戦うと体力の消耗が激しく、すぐにお腹が減って力がでなくなり、倒れてしまうのです」
「そういうことは先に言っといてくれる!?」
猛烈なツッコミが、洞窟内で響き渡る。
その後、残ったヘルモンキーはシドロが何とか一人で片付けたのであった。