十話 女性に体重を聞くのは自殺行為である
『奈落の大穴』に落ちてさらに数日後。
それは、ふとした質問が発端となった。
「ちょっと気になったんだがよ。アンタ、今体重どれくらいなんだ?」
「それは遺言と受け取って構いませんか?」
これまで以上に冷たい視線を送ってくるフール。そこにちょっとした殺意があったように思えたのは、シドロの気のせい……だと思いたい。
一方のフールはというと、これでもかと言わんばかりに呆れたような溜息を吐きながら、首を左右に振っていた。
「……なんということでしょう。確かにマスターがさつで子供っぽくて、どう見ても年齢=彼女いない歴だというのは分かっていましたが……まさかここまで非常識且つ女心を分かっていないゴミクズだったとは……」
「そこまで言うかっ!?」
「当然です。女性に年齢と体重を聞くということは、殺されても文句はないと言っているようなものですから」
それはあまりにも過激すぎではないだろうか。
などと思っていたが、無論口にはしない。そもそも、フールの言う通り、女性に対し、体重云々を直接聞くのは、失礼であることには違いないのだから。
「すまん、悪かった。でも気になってよ……アンタ、自分で言ってただろ。剣状態の自分は、あのフェンリルよりも重いって……んじゃ、人間状態の今はどれくらいなんだろうなって」
あの巨大な魔獣・フェンリルよりも重いとなれば、それこそ相当な体重のはず。しかし、人間状態のフールはそんな重さを全く感じさせることのない動きをしていた。
「この状態は、通常の女性の体重よりもやや軽いですね。ええ、軽いですとも」
「やけに軽いを強調してくるのな……」
「何か?」
「イエ、ナンデモナイデス」
鋭い眼光が飛んできた瞬間、全てを悟り、シドロは黙った。
何を言っても藪蛇をつつきそうだ。
「まぁ、その気になれば、体を重くすることは可能です。とは言っても、剣状態の時はできませんが。それから、人間状態でも壊れにくい体になっています。具体的に言うと、十メートルある崖の上から落ちても血がでません」
「まじか、すげぇなおい」
けれども、確かに剣状態の彼女は、『奈落の大穴』に落とされながらも傷一つもなかった。そのことからみれば、確かにそれだけ頑丈なのも納得がいく。
「まぁ、壊れにくいというのもいい事だけではありませんが」
「? どういうことだよ」
「私は物理的攻撃、魔術的攻撃を受けても怪我をしません。加えて言うなら、私は剣であるため、窒息死といったものが存在しません。私を殺すのなら、それこそ剣としての命を絶たなければならない。しかし……それはつまり、苦しみや痛みがない、というわけではありません。水に溺れればずっと苦しいままですし、炎の中に放りこまれればずっと焼かれ続けます……それこそ、死にたくても死ねない状態がずっと続くわけです」
「それは……エグいな」
世の中には死んだ方がマシな痛み、というものがある。水に溺れるのも、炎の中で焼かれるのも、その類に入るだろう。普通ならそのうち息ができなくなり窒息死したり、完全に体が焼けただれ、焼死したりするものだ。だが、フールの場合は、それがない。死なずの苦しみを延々と繰り返されるわけだ。
ずっと溺れ続け、ずっと焼け続ける。
……正直、想像しただけでぞっとする。
「そういうわけで、頑丈でも不自由はある、ということです。他に弱点といえば、呪いなどはモロにくらってしまうので、要注意ですね」
言われ、シドロは彼女がここに落とされた経緯を思い出す。
「そういや、ここに落とされるときも、呪いを受けたって言ってたな」
「はい。処分が決まって、私は様々な方法で破壊されそうになりました。しかし、どれもこれも一切効果がなく、やむにやまなく、呪いをかけ、ここに捨てられた、ということです」
折れず、曲がらず、砕けず、腐らず、朽ちない。まさに『最硬の魔剣』。けれど、そのせいで、彼女は壊されることなく、この地獄へと落とされたわけだ。
っと、そこで話が脱線しかけたため、シドロは軌道修正する。
「あのー、さ。ちょっと聞きにくいことを聞くんだが……」
「何ですか今更。女性の体重を普通に聞いてくるマスターに、配慮とか遠慮というものがあるとは思ってませんから大丈夫ですよ」
「ほんとひどい言いようだな……分かった。さっきのは本当に悪かった。反省してる。だからいつまでもほじくり返さないでくれ」
「ダメです無理です絶対に忘れません」
「ホントアンタ根に持つタイプだなっ!?」
「というのはさておき、聞きたいこととは?」
「そして自由だなオイッ!!」
どこまでも自分の道を行くと言わんばかりなフールの態度に、右往左往させられるシドロ。完全に彼女の手のひらの上で踊らされる気がする。
だが、それは今は置いておくとして、とりあえず、本題を口にする。
「いや、一つためしたいことがあってな。それで、何だが……アンタ、戦闘経験とか、ある?」
「…………はい?」
シドロの放った一言に、フールは思わず、そんな言葉を呟いたのであった。