一話 追放? いいえ、これは立派な殺人です
新作投稿です!!
よろしくお願いします!!
「シドロ。君には今日、ここでパーティーから抜けてもらう」
その言葉に、少年―――シドロは思わず言葉を失ってしまう。
ここはとあるダンジョンの奥地。ここに、シドロ達はとある魔獣退治にやってきていた。
メンバーはシドロを入れて、五人。
その一人―――リーダーであるナザンの口から出た言葉は、シドロにとってショックなものであった。
「どういうことだよ……」
未だ混乱しているシドロに対し、ナザンは「ふんっ」と鼻で笑いながら言葉を続ける。
「どうもこうもないよ。君はもう用済みなんだ。っというか、君のような戦力外が、僕らのパーティーにいつまでもいられると本気で思ってたのか?」
その言葉に、シドロはすぐさま答えることができなかった。
シドロの役目は『荷物持ち』。その名前の通り、パーティーの荷物を持ち運ぶのが、彼の仕事。その大きなバックには薬草やら装備やら、冒険者の依頼を達成するためには必要なものが一式揃っている。そして、倒した魔獣の素材や採取した石や薬草を持ち帰るのも、彼の仕事である。
冒険者にとっては、裏方の仕事。そして、だからこそ、あまり評価されない存在でもある。
そして、最近になってよく言われるようになったこと。
『もうシドロがいなくても、私たち、大丈夫なんじゃない?』
『ああ。あいつがいなくても、俺らはもっと上を目指せるわな』
『彼のせいで、分け前が少なくなってるし……』
そんな陰口言葉を、シドロが聞こえないところで言い合っている。最早それは、『さっさと出て行け』といっているようなものであり、無論、それはナザンも同じだった。
故に、パーティーを追放されてしまう、あるいは出て行け、と言われること自体は、正直想像の範疇内であった。
だからこそ、シドロが不思議に思ったことは、自分が追放されることに対して、ではない。
「一つ、質問してもいいか? ナザン」
シドロはパーティーのリーダーであるナザンに対し、問いを投げかける。
「どうして、今、ここでそんなことを言い出したんだ?」
そう。それがシドロの頭に浮かび上がった疑問だった。
最早、このパーティーに自分の居場所はない。それはもう分かっていた。認める他ない。
だが、自分たちは今、ダンジョンの中で魔獣退治の真っ最中。追放云々言っている場合ではないはずだ。
しかも、それを話しているのは、ダンジョンの中、しかも『奈落の大穴』と言われる崖の付近。
これでおかしくない、と思う方がどうかしている。
「どうして? そんなの、決まってるじゃないか」
そうして、不敵な笑みを浮かべながら。
「君を、ここで殺すためだよ―――《スタン》」
その瞬間、ナザンの指から発射された光が体に直撃したことで、シドロは痺れ状態になり、その場に倒れた。
「おまっ、な、に、しやがる……!!」
思わず、そんなことを口にするシドロ。
嫌な予感がしていたがために、いつでも逃げられるようにしていた。だが、それでもこの様だ。流石、最高位の魔術師の称号を持つだけはあるということか。
「何でこんな……俺が邪魔なら、追放するだけでいいじゃねぇか!!」
「ああ、僕も最初はそう思ったんだけどね。けど、君はギルマスに顔がきいてる。そんな君を追放したとなれば、理由はどうあれ、僕達へのギルマスの信用はガタ落ちだ。けど……魔獣討伐の途中で、君が誤って、崖からおちてったってことになれば、話は別だろう? それに死人に口なしっていうしね。僕が黙ってれば、誰も本当のことを知ることはないって筋書きだよ」
「はぁ!? んな、無茶苦茶な……!!」
確かに、ダンジョン内に入って、パーティーの一人が事故で死ぬことはよくあることだ。ダンジョン内には魔物が多く、危険な場所。故に、ダンジョンに入って、誰かが死んでも不思議には思わない、というのは一応の筋はある。
だが、今は状況が違う。
「他の、連中が……怪しまない、とでも、思ってんのか……!!」
そう、ここにはシドロとナザンの二人しかいない。それは、二組に分かれて、行動するようになったためであり、他のメンバーもこのことは自分たちが二人っきりになっているのは知っている。
「君と違って、僕は他のメンバーから信頼されているからね。君が足を滑らせて落ちたと言えば、きっと皆、信用してくれるさ」
馬鹿げている……と言い返したいところだが、しかしその言葉は真実だった。
ナザンは他のメンバーから、絶大な信頼を持っている。何せ、彼は最高位の魔術師。彼の支援魔術に、他のメンバーも大いに助けてもらっている。ゆえに、ここでシドロが死んだとしても、「事故だった」とナザンが言えば、皆それを信じるだろう。
「ああ、それから君を殺す理由はもう一つあってね。……僕は前々から、君のことが気に食わんかったんだよっ」
その言葉と共に、シドロの腹にナザンの蹴りが炸裂する。
「がっ……」
「『手に持ったものを軽くさせる』……それだけの、地味で、弱くて、戦いになんて向いてない、クソみたいなスキルしか持ってないのに、冒険者なんてやってる君が、本当に嫌いで嫌いで仕方なかったんだよっ。分不相応にも程があるだろうがっ」
連続で叩き込まれるナザンの蹴り。
そこに込められているのは、確かな怒りだった。
「そんな、そんな君が、だ。ギルマス……あの伝説の勇者パーティーにいた、『白光』シーバルに気に入られてるなんて、ありえないだろうがっ」
そこから、蹴りの威力が上がったのは、気のせいではないだろう。
『白光』シーバル。それは、シドロ達が所属するギルド支部の支部長であり、かつて魔王を倒したとされる勇者パーティーに所属していたとされる伝説の人物。
誰もが憧れる冒険者の一人。
そんな人物に、シドロは確かに気にかけてもらっていた。
「それは……」
「死んだ君の親が、あの人と知り合いだったら? その程度の理由で、そんなくだらない理由で、あの英雄に目をかけてもらえるだって? ふざけるなよ。僕が、僕たちが、どれだけ努力していると思ってるんだ!!」
憤怒の感情が混じった怒号。
魔王を倒した勇者パーティーのメンバーは全員英雄だ。皆の憧れであり、希望であり、目標。だからこそ、その一人にでも目をかけてもらうという行為は、全ての冒険者、特に自分たちのような若い世代にとっては、光栄なことなのだ。
「他の誰かなら別に気にもしなかった。フローラは『風剣』の異名が付くほど、剣士としての才能がある。回復役のイリナは他の人間よりも秀でた治癒能力を持っている。クシャルは態度は大きく、癖はあるが、それでもその口に見合った実力を持っている。そして、僕は最上位魔術師としての称号を貰った。なのに、なのになのになのに!! 何故あの人は君を贔屓するんだっ!! 僕が、僕たちが憧れた英雄が、何故君のような、荷物持ちばかりに気を遣うんだ……!!」
誰もが憧れる英雄が、実力があり、努力もしている自分たちではなく、地味でロクな活躍もしない荷物持ちを贔屓している。
傍から見れば、確かに気に食わないことこの上ない状況だろう。
「君をパーティーに入れたのだって、あの人に勧められたからだっ。彼はパーティーの役に立つと言って……ああ、確かに役には立ってたさ。荷物持ちとしてはね。けど、それ以外は僕たち以下だ。だというのに、彼はいつも君しか見ていない。僕たちのことだって、君がいるからついでに見ているだけだ。僕たちの方が優秀なのに。僕たちの方が活躍しているのに……!!」
自分たちの方が、自分の方が上なのに。優秀なのに。特別なはずなのに。
だというのに、英雄は見てくれない。
だというのに、憧れは気にかけてくれない。
別の、それこそ冒険者としては力不足の者しか見ておらず、気にかけていない。
その姿を見て、ナザンは自らの英雄に失望してしまったのだった。
「これ以上、君がいたら、僕たちの英雄が穢れてしまう。僕たちの『白光』シーバルが死んでしまうんだ。だから、そうなる前に、君が死んでくれ、シドロ」
「ふ、ざ……けるな……!!」
体が痺れている状態で、シドロは睨みつけながら、言葉を吐く。
ナザンの言い分は理解した。だが、到底納得できるものではない。
自分の憧れが自分ではなく、他の人間を目にかけている。だから、その人間を消そう……あまりにもバカバカしく、そして愚かすぎる方法。そんな理由のせいで殺されるなど、とんだとばっちりである。
だが、身体が痺れて思うように言葉がでないせいか、口もまともに動かず、シドロは自分の思いをぶつけることすらできない状態であった。
だが、それでも。
それでも、シドロは目の前の男に、一言でも言い返してやらなければならなかった。
「覚えてやがれ……ナザンッ!!」
まるで、三下のゴロツキのやられ台詞のような言葉を聞いて、ナザンは眉を顰める。
「……ふん。体が痺れてる状態だっていうのに、まだそんな口がきけるとは。そういう変にタフなところは、評価するよ」
言うと、ナザンはシドロの服をひっぱり、崖の傍まで、その体を運んだ。
あと一歩。踏み出せば確実に落ちてしまう。そんなギリギリの場所にシドロを置くと、ナザンはもう一度だけ、シドロの方を向いた。
「さようなら、シドロ。さっきも言ったけど、君は荷物持ちとしては、本当に役に立っていたよ」
それは侮蔑か。あるいは、心からの評価か。どちらかは分からない。
しかし、その言葉を呟いたと同時に、ナザンはシドロの体を蹴り上げ、崖から突き落とした。
その瞬間。
「く、そ、がぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!!」
シドロは、そんな絶叫を上げながら、大穴に落ちて行ったのだった。