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ひとりの二人

作者: 雨音

ーーーもうすぐこの世界も終わりか。

 今まで死ぬ気で働いていつかは報われると思っていた人生がこんなにあっけなく終わるとは思っていなかった。少し前、一週間ほど前だろうか、国際機関が発表した報道により世界は混沌と化した。「隕石が数日のうちにこの星に落ちてきます。規模から考えると私たちが生き残ることは不可能でしょう。残された時間は数日。各自思い残しが無いようにしてください。」発展した技術でもこの星に隕石が落ちてくることを見つけることができなかったらしい。ましてやこの星が滅びてしまう大きさを。あれから何日過ぎたのだろうか。諦めて先にせめて自分でと逝ってしまった者も多いと通りすがりの人から聞いた。栄えていた都市は強盗やら自己満足の殺人やらで一瞬で荒廃してしまったが数日は経つのにまだこの世界が終わる様子はない。

 ーー本当に滅びてしまうのか

 空は相変わらず青く高い雲もある。日は上り沈む。

 就職のために地元の田舎を離れ都会へと出た私は、最期はせめて生まれ育った様なのどかな風景の中で迎えたいと思い長年過ごした街から逃げるように長年乗っている車を発した。幸いと言うか独り身でだったため準備も何も要らなかった。着の身着のまま直ぐに出発した。出来るだけ遠くへと考えもなしに車を走らせ、もぬけの殻と化したコンビニやらスーパーに寄って残っていた食料品を取って後ろの席に置いた。

「もう今となってはお金の価値もない。これまでこれを稼ぐために心身を削っても、執着ひても終わりはこんなものか。」と落胆しつつ、すぐ近くに迫った終わりの時に向けて死に場所を探しつつ何かの手違いでこの星が残ると淡い期待を抱きつつまた車を出した。

 どれくらい走っただろうか。空も大分オレンジ色に染まってきた。塗装はされているが所々剥げている並木の通りを走っていると日陰になっている所に少女が横たわっていた。今までなら面倒臭いと放ったらかしにしていただろう。しかし何故か私は彼女に声を掛けていた。「どうしたんだい、大丈夫か。生きてるか。」車に乗ったままではあったかが彼女には聴こえているだろが返事がない。「おい、大丈夫か。」もう一度声をかけみる。目が開いた。そして彼女はゆっくりと起き上がって車の脇に寄ってきた。

「おじさん、どうしたの。そんな声出して。」

「もうすぐこの星も終わるから死に場所探しってとかかな。しかし本当に終わってしまうのかね、発表からもう二日ほど経つだろうか。それでもまだ生きている。このまま何て事無かったりして。君こそそんな所にいてどうしたんだい。」少し笑いながら返した。

「私も死に場所探しって所かな。疲れたから休んでいただけ。そうだ私も車に乗せてよ。」

それから有無も言わさずに彼女は乗り込んできた。断る理由も無く、彼女を車に乗せた。といっても強引に乗り込まれたと言った方が正しいかもしれない。彼女は乗り込むと後部座席の方を見て「わぁ。食べ物がたくさん。おじさん泥棒したの。でも、今となってはもう関係ないけどね。」そう言うと黙って外を眺めていた。それから、二人は黙り込んだ。その間にも車は進む。並木道を抜けると気付けば海岸線を走っていた。次第に日が暮れて暗くなり始めた。私は車を路肩へ止め海岸へと降り砂に腰を下ろした。隣にはさっきの少女がいる。今晩の宿はここか。最後の布団は砂かと少し残念に思えた。

 ここまでどのくらいの時間だっただろうか。車内では一言も言葉を交わさなかった。

「ねえ、おじさん。どうして私に声を掛けたの?」先に口を開いたのは彼女だった。

「どうしてだろうね。僕にも分からないよ。ただ体が動いていた。」

それを聞くと彼女は不思議そうに、面白そうに笑った。

「知らない人にそんな理由で声掛ける?」

「まあ確かにそうだな。自分でもよく分からん。それより君はなんであんな所にいたの?」

彼女は黙ったまま海を眺めている。それから幾らかの沈黙が続いた。それから彼女が口を開いてぽつりぽつりと話し始めた。高校生で以前親に捨てられ、それから孤児院にいた事。そのせいで多くの人から邪魔がられたり反対に無視されたりした事。例の報道があってからは当てもなくただ歩いて疲れて寝ていた時にちょうど僕と会ったこと。ひとりが怖かったから僕の車に強引に乗り込んで来た事。後半は目に涙を溜めながら話していた。こうして一頻り話すと僕の方を見てまた言った。どうして、声を掛けてくれたのか、と。

「これまで沢山の人に笑われて哀れまれて無視されてきた。そんな私をあなたは見つけて声を掛けてくれた。ひとりが怖かったの。ありがとう。」

「僕も何で君にあの時声を掛けたのかわからない。僕も一人が怖かったのかもね。」

そう返すと彼女は笑った。

「人って他人のことだから過干渉だったり無干渉だったりするんだよね。別に他人のことなんだから自分は責任なんか取らなくていいから。君は君らしく自分が好きなように生きれたら良かったのにね。」そう言うと私は横になった。ここまでどれくらいかは分からないが少なくとも長時間運転していた疲労が来た。

「もっと早くおじさんに出会いたかった。何でこんなタイミングなんだろう。ならば私は私が好きなように死にたい。」

彼女は私の顔を覗き込んで言った。そう言うと彼女も隣に横たわり寝始めた。

 気付くと朝になっていた。昼という方が正しいのかもしれない。まだこの星は終わって無いらしい。隣でまだ寝ている彼女を起こし『ひとり身』同士の死に場所探しを再開した。後ろに置いてある物を食べながら車を走らせ続けた。数時間ほど経つと崖が見えてきた。彼女が叫んだ。

 「あそこに停めて」

 そこはいかにもまだ人々が隕石なんか気にしないで生きていた頃に刑事物のテレビドラマのラストシーンの様な所だった。そこに二人で車を降りて二人で淵まで進んだ。

「ーねぇ。私、おじさんと一緒にずっといたい。そしておじさんと死にたい。」その言葉をこの場所で言うか、とは思ったが遅かれ早かれ残り数日で終わるこの世界で何が出来るのかと考えると何もない事に気が付いた。

「僕はひとりで死ぬと思っていたのだが。君は僕でいいのか。」

「いいって言ってるじゃん。おじさんがいいって。」

彼女はこれまでで1番の笑顔を見せた。やはりよく笑う子だ。

「分かったよ。しかし、最後までおじさんはやめてくれ。最期に教えてくれ、君の名前は。」

「もういいじゃん最後なんだから。一人で独りの二人。それで十分。名前なんか無くたっておじさんを忘れないよ。また、必ず会おうね。」

「いつか、またどこかで君との縁があればな。」

「縁なんて、いくらでもあるよ。人はみんな円みたいに繋がっているんだから。」

そう言うと彼女は僕の手を取って強く握った。僕も握り返す。そして二人で笑い合った。

「じゃあ行こうか。」

「うん、また絶対会おうね。」

そう交わすと二人は蒼く深く染まったこれまでと変わらない海へと駆けた。


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