父は濃い
いきなりの父登場。
「パールヴァティー、そんなところで何をしている?」
考えることを放棄して埴輪と化していた凪は、すぐさま現実に引き戻された。
振り返ると、そこには立派な口ひげを尖らせた顔の濃いおじさんがいて、気遣わし気な目でこちらを見ている。
ギョロリとした大きな目に高い鼻、薄い唇は、どう見ても騙し絵や溶けた時計で有名なあの人にしか見えない。
「ダリ…?」
思わず凪が呟くと、ダリと呼ばれた男、ヒマヴァットは眉を寄せた。
「誰…だと?父の顔もわからないのか?」
え!父!?いやいやいやいや、顔濃すぎますから!
ていうか、ダジャレじゃなくて。画家のダリに似てるからそう言っただけなんですけど!
凪はこの展開になんとか付いていこうと必死に頭を巡らせる。
まず、このおじさんは凪の父らしい。けれど、凪にはこんなユニークなヒゲを生やした父はいない。
まさかの、完全なる人違い!ではなかろうか。あ…頭痛い。
またも頭を抱える羽目になった凪は、そのままヘナヘナとしゃがみ込んでしまった。
バサバサっ!
目の前に星が降ってきた。比喩的な表現ではなく、リアルに星が降り注いで目がチカチカする。
そうだった。星を網に入れて持ったままだったんだ。
凪のもう1組の両手は、まだしっかりと虫取り網を握りしめている。急にしゃがみ込んだせいで竿が地面に引っかかって、中身を頭の上にぶちまけてしまったらしい。
大小さまざまな星の光を髪の毛に絡ませた凪は、なんだか全てが可笑しく思えてきて、弾けるように笑い出した。
「あはははははは!」
「どうした!?スターマインを使わなければならないほど辛いことがあったのか?」
「あはははははは!スターマインって!それ花火でしょ!音楽に合わせてポコポコ打ち上げちゃうやつでしょ!ダリ父なに言っちゃってるの!あははははははは!」
「む?これはいかんな。スターマインが効きすぎているようだ」
ひとまず連れて帰るか、と呻いたヒマヴァットは、笑いすぎて涙を流しながらのたうちまわり始めた凪をヒョイと肩に担ぎ上げると、その場を後にした。
*
岩壁にある大きな裂け目に入ると、途端に寒さが消えて、吹き抜けのある広いホールのような場所に出た。
岩肌全体が柔らかな色合いに発光して部屋を隅々まで照らしており、照明らしきものは見当たらない。
暖かさといい、明るさといい、なにか不思議な力で満たされている空間なのだろう。
ヒマヴァットは毛足の長い絨毯の上に凪をそっと下ろすと、笑い続ける凪の髪にまとわりつく星を一息で吹き飛ばした。
カッチーン!
その息のあまりの強さと冷たさに、凪は今まで笑い転げていたのが嘘のように凍りつく。これまた比喩表現ではなく、身動き取れないほどカチコチの氷漬けだ。
確かに凪だって「いつまでも若さと美しさを保ちたい」という、人並みに女性らしい願望はある。
でも氷漬けは視野に入れたことがない。そんな魚みたいな扱いは勘弁してほしい。
「しまった!やりすぎた。すまんのう」
ヒマヴァットはペロッと舌を出すと、フリーズ中の凪をエイヤっと遠くへ投げた。
「ヒィエ〜〜〜!」
凪は身体だけじゃなく、心まで凍りそうなほどの恐怖に震え…
バッシャ〜ン!
―無事に頭から着水した。
「あ、あったかいよぉ」
そこは純天然の岩風呂で、少し熱めのお湯に浸かっていると、身も心も一気に解きほぐされて気分まで落ち着いてくる。
今日はなんていう日だろう。次から次へととんでもないことが起きるせいで、凪はゆっくり状況を分析することすら出来ずにいた。
とりあえず今この一時の安寧だけでもしっかり味わっておかねば。
とはいえ、そう簡単にいくわけがないことも薄々分かってはいた。分かってはいたけど、もうちょっと猶予が欲しかったなぁ。
凪の首根っこを掴んで、仔猫のようにお湯から引っ張り上げるヒマヴァットを睨みつけながら、凪は心の中で文句を言った。
顔もキャラも濃い父にいきなり翻弄される凪の明日はどっちだ!
予告詐欺で居場所が明らかにならず…次回こそは!
明日も更新予定です♬
ブクマ、感想、評価をしていただけると大変励みになりますのでよろしくお願いします(*´ω`*)