07 フウタ は メイド と はなしている!
髪を切り、服装を整えた。
そして。
「……美味しかった。ありがとう」
「あそこまで美味しそーに食べられたら、テーブルマナーがどうとか言いっこ無しですねーっ! 姫様と食べる時は気を付けろー?」
「あ、ああ」
「まったく、仕方ないやつめー」
部屋のサイドテーブルに所せましと置かれた食器。
空になった鉄製の弁当箱をかちゃかちゃと片づけながら、コローナはけらけらと上機嫌に笑った。
昨日の食事も、最高だと思った。
5万の前金を全額払って、1月ぶりのまともな食事にありついたのだ。
美味くないはずがなかった。
だが、今日の食事はまた格別だった。
「昨日と今日で、人生で一番おいしい食事の1、2位更新って感じだ……」
どんな人生だ、と自嘲するフウタだが、事実ではあった。
食べられることの幸せを、これほど実感したことはなかった。
「へー。ちなみにどっちが1位なんですかっ?」
「え?」
気付けば、コローナの小さな顔がフウタを横から覗き込んでいた。
ぷらんぷらん、と彼女の二房の金糸が揺れる。
「今日のお弁当と、昨日のご飯。どっちが1位なんですかー? 場合によっては脛を蹴るぞっ?」
「なんで!? いや、難しいところだ」
「ほぉ?」
片眉を上げるコローナ。
「昨日の食事は……1月ぶりに食べたまともな飯だったんだ。王女様の依頼が無かったら食えなかったし、そのまま死んでたかもしれない」
「なるほど。で、今日のは?」
「今日のは、そうだな。うん。どう考えても味は今日の方が美味しかった。それに、その、なんだ。別に一緒に食べたわけじゃないけど、コローナが居てくれたから、なんというか……」
「なんというか?」
「や、人と一緒のご飯って美味しいなと」
誰かと一緒に食べるご飯というものも、数年ぶりだった気がする。
コローナが目の前で食べていたわけではないにせよ、誰かと話しながら食事をするということそのものが、フウタにとっては幸せだった。
「――っ。そですか。ま、脛蹴るのは止めてあげますねっ」
「ありがとう……?」
「ふむ。そうするとあれですね」
「どれだ?」
コローナは目の前で腕を組んだ。
そして、やたら悪い顔で嗤った。
「これから1月絶食させたうえで、今日のお弁当をメイドと一緒に食べれば記録は更新出来ると」
「勘弁してください」
「冗談ですよっ! 今のところっ!」
「とこしえに冗談であって欲しいんだけど!」
好きで絶食していたわけではないのだ。
「ちなみに、好みの食べ物とかあれば言っておけー? 頭の隅っこに置いてあげないでもないですよっ」
「え? ……その言い方だと、コローナが作ってるのか?」
「そですけど。当たり前じゃないですかー。わざわざ姫様がコローナちゃんを呼びつけた意味忘れたかー?」
「見た目を整えるまでは伏せるため、か。そっか、じゃあ話を聞いてから作ってきてくれたのか。……その、壁をよじのぼって」
「もっと手放しで褒めてくださいよーっ。頑張ったんですよーっ? なんだその、ちょっとヒイた顔はー」
「いや、風呂敷背負って壁を上ってきたメイドさんは、ちょっとインパクトが強すぎてな……」
でも、とフウタは首を振った。
「わざわざコローナが作ってくれたのか。ごめん、訂正する」
「何をですかーっ?」
「1位は今日の弁当だわ」
まごうことなき本心だった。
コローナは少し驚いたように目を丸くして、ついでちょっと頬を赤くして、それから勝ち誇ったように口角を上げた。
「ふっ」
そして一度、空っぽの弁当箱に目をやってから、嬉しそうに言った。
「作り甲斐のあるやつめー。今夜からはちゃんと、配膳台で持ってきてやることにしますよっ!」
「ああ。ありがとう」
「ちなみにフウタ様の好きな食べ物はっ?」
「食べられるものなら、なんでも好きだ」
「……作り甲斐のないやつめー」
「えっ」
「それにしても」
「んー?」
食事から少しして。
てきぱきとシャワールームの掃除を終えたコローナに、フウタはぽつりと呟くように声をかけた。
「俺は、何をしてればいいんだろう」
「ベッドに飛び込み姫様の匂いに浸るとかっ」
「変態じゃないか!」
「タンスをまさぐって姫様の下着を漁るとかっ」
「だから変態じゃないか!」
「まあ、この部屋って普段使いの部屋ではないので、ベッドに飛び込んでも姫様の匂いはしないしタンスに姫様の下着もありませんがっ」
「じゃあなんで提案したんだよ……」
「本気で飛び込んだり漁ったら言おうかなって」
「しねーよ!!」
はあ、と小さくため息を吐くフウタ。
「このまま待ってるのは全然かまわないんだけど、コローナが仕事してるのに俺だけぼーっとしてるのも心苦しくてさ」
「金縛りごっことかしてればいいんじゃないですか?」
「暇すぎる人間の極致みたいな遊びだな……楽しいの?」
「メイドは幼い頃に1度だけやったことがあって」
「あって?」
「今、あまりにも暇そうなフウタ様を見て思い出しました」
「もういっそストレートに"つまんなかった"って言ってくれていいよ……」
フウタは泣きそうな顔で肩を落とした。
「仕方ないですねー。趣味とか無いんですかっ?」
モップを掛けながら、コローナは首を傾げた。
「趣味か……」
趣味と言われて、フウタは自分の半生を思い返す。
時間があれば鍛錬ばかりをしていた。
強くなれば報われるかもしれない。今より強くなれば。強くなれば、コロッセオで歓声を浴びることだってあるかもしれない。
そう、淡い期待を胸に。ずっとずっと、繰り返してきた。
鍛錬くらいしか、思いつくものが無い。
我ながらつまらない人間だと自嘲した。
「暇さえあれば鍛錬をしていたよ」
「ふーん。じゃあすれば良いんじゃないですか? 今、すんごい暇ですよ、フウタ様」
「すんごいとか言わないでも分かってるから……。や、でも趣味ってもっと、料理だったり裁縫だったり釣りだったり、色々あるじゃん?」
「ありますねっ! 『さて、どう料理してやろうかぁ』とか、『その口を縫い付けてやるぜ!』とか、『ひゃっはー吊るし上げだー!』とか」
「コローナの周りの趣味人、凄い物騒だな……」
それぞれ、きちんと声をドスの利いたものに変えている辺り、芸が細かい少女だった。
「まあ、その中で鍛錬ってこう、無趣味な感じが凄いなと思ったんだけど……」
「思ったんだけど、なんです?」
頭にはてなを浮かべたコローナに、フウタは笑った。
「そうだよな。うん、鍛錬をしよう。させてくれ」
この少女は、先入観の無い子だった。
そんな彼女の考え方にさっき救われたばかりだ。
良いじゃないか、趣味が鍛錬であったって。
フウタにとって一番身近な時間の使い方が鍛錬なのだから、鍛錬をすればいい。
身体も長旅の飢えで衰えているのだ。しっかり戻したい。
『貴方に出来ることは、そう。わたしが、わたしの全てを話したくなるくらい、ずっと期待させてください』
恩人を失望させるようなことだけは、あってはならないのだから。
そう思い、身体を動かすべく部屋の中央に立った時。
ちょうど、扉が開いた。
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