04 フウタ は おうじょう に むかっている!
「まさか、王女様だったとは……」
「王都に来て間もないならば、知らなくとも無理はありません」
意気揚々。そんな言葉がよく似合う笑顔と共に、彼女――ライラックはフウタの隣を歩いていた。
フードを改めて被り直し、路地裏を進んでいくと、共用墓地に出る。
一角に生える柳の下が、王城と王都を結ぶ隠し通路の一つなのだとか。
そんなことを部外者に教えていいのかと問えば、彼女は微笑むだけ。
この程度の秘密であれば話しても問題ない、という、なかなかに恐ろしい笑顔だった。
この分だと、フウタに話せないようなことも山ほどありそうだ。
藪をつついて蛇を出す必要は全く無い。
この話は止めにして、別の話を振ろうと考える。
「第一王女さまがこんな出歩いていて良いんですか?」
「ダメですね。ましてや貴方に非合法の依頼を出していたなどと知れたら、ふふっ」
「……」
これも不味い話題だった。
段々分かってきたことではあるが、このライラック王女はかなりの曲者であった。
可憐な容姿、麗しい美貌。
王女として素晴らしい素養を持っているのは分かる。
が、中々にアグレッシブでアクティブで、そして頭が回る。
フウタを罠に嵌めようと彼女が思おうものなら、翌日にはギロチン台に乗せられていそうな感じがしていた。
「そも、"職業"が"教師"でもない相手とわたしが刃を交えた時点で、どんな処罰が待っているか分かりませんから。如何に"職業"が"闘剣士"であろうとです。なので、わたしと剣を交えたことは内緒ですよ?」
口元に人差し指を持ってきて、小さくウィンク。
それだけでも絵になる少女だ。
彼女は共用墓地の大樹の下にやってくるなり、木の表面に偽装した板を取り外すと、洞の中へと入っていった。
そして手だけが伸びてきて、こいこいとばかりに手招きする。
「いきますよ」
「は、はい」
洞の中はそのまま地下に降りる梯子になっており、ライラックはぴょんと飛び降りる。
フウタが続いて降りると、彼女は立てかけてあった松明を手に取り、慣れた様子で歩き始めた。
真っ暗で、そして狭い通路だった。
松明の明かりに照らされた先は真っ直ぐに暗闇が広がっている他、幾つもの曲がり角や階段があった。
それを、さくさくと曲がったり下りたり上ったりして進んでいく。
道中、彼女は思案するように口元に指を当てた。
「――貴方が強い闘剣士であることの証明が急務ですか」
「証明、ですか」
「身なりを整え、わたしの食客だと紹介したとして。"無職"である以上、『どうして貴方が強いことを知っていたのか』という話になります」
「どこかで見た、とか」
「それは良い案ですが……わたしが単独で動いていることを悟られるのも嫌なのです」
「なるほど」
つまり、王女だけが知っている"凄腕の闘剣士"では弱い。
そうなると、とフウタは少し考えた。
闘剣士のチャンピオンであったことを言えばいいのではないかと。
だが、それはつまり八百長したようなチャンピオンを招致したということになる。
八百長だけを伏せても、いずれ露見するだろう。
――提案だけ、してみるべきだろうか。
そんなことをぐるぐるとフウタが考えていると、ライラックは軽く手を打つ。
「まあ、いいでしょう」
「王女様?」
「すぐに貴方の強さを証明する機会を作ります。それまでは、賓客としてお過ごしください」
何かを企んでいるような、そんな眉根の寄り方だった。
フウタに対して悪意はないのだろうが、若干の空恐ろしさを感じる。
あまり、波風を立てるのは得意ではないフウタは、ふと気づいた。
別に、自分の腕を知っているのは王女だけでもいいのではと。
「――逆に、証明しなくても良いというのは?」
「無いですね」
即答だった。
「単純に、ただの食客として置きすぎると外側への風聞が悪いのと……あと、貴方との鍛錬をこそこそ隠れてやらなければならないのは、面倒です」
「そ、そうですか」
では、どうしたものだろうか。
何か彼女に協力できることはあるだろうか。
思案するフウタをその蒼の瞳で一瞥して、ライラックはくすりと微笑む。
「大丈夫です。貴方はゆるりとおくつろぎください。条件に変更はありません。わたしの方で、全部やっておきますから」
わたしの方で全部やっておく。
字面から感じる怖さは何だろうか。
とはいえ、フウタに何かが出来るわけでもない。
自分が関わっていることを、全部お任せする心苦しさはあるが、ここは甘えるほか無かった。
「宜しくお願いします」
「ええ」
鼻歌交じりに、彼女は上機嫌さを隠そうともせず地下道を闊歩する。
「……そういえば」
はたと思い出したように、ライラックは顔を上げた。
隣り合う二人はそこそこの身長差だ。自然と、上目遣いになる。
「今のうちにお聞きしたいのですが。わたしの剣を全部受けきったのはともかく……最後のは偶然ですか?」
「最後、というと」
「わたしの得意技なんですよ。あの刺突」
「ああ……」
ライラックが指した"最後"とは、きっと《宮廷我流剣術:雷霆》のことだろう。
確かに彼女からしてみれば、偶然にも同じ技を使われたに等しい。
だが違う。
「あー、えっと。信じられないかもしれないんですが」
軽く頭を掻いた。
「俺は、向き合った相手の戦い方は全部分かるんです」
「……」
ただ、少女は目を丸くするのみだった。
フウタは続ける。
「どういう技を使えるのかとか、そのためにはどういう動きが必要かとか。で、再現できるので……コロッセオでも、相手と同じ武器で戦ってました」
彼女も、ずるいと言うだろうか。
この戦い方だけが、魑魅魍魎の跳梁跋扈するコロッセオで、フウタが唯一渡り合えた方法だった。
結果として無敗のチャンピオンにまで到達したその実力は、しかしペテンだパクりだと唾を吐かれた。
「では、最後も。わたしが放ってもいない技を模倣したと?」
「そういうことになります」
「なるほど……」
思案するように、口元を人差し指でなぞるライラック。
フウタは、知れず生唾を飲み込んだ。
卑怯だ、要らない。などと言われてしまえば、結局放逐される。
それが嫌だ、というわけではない。もう慣れた。
ただ、一度は認めてくれた人に突き落とされるのは、辛かった。
考え事をするライラックの真剣な表情は、鋭い。
フウタを賞賛していた時の天真爛漫な顔とは打って変わって、まるで熟練の為政者のようだ。
そんな風格のある彼女が熟考すればするほど、フウタの緊張は高まった。
が、思考の終わりは唐突に訪れた。
「――え、最強では?」
鋭利な表情はどこへやら。
きょとんと目を瞬かせて、ライラックはフウタに目をやった。
「……信じてくれるんですか?」
「ここでわたしに嘘を吐くリスクを考えたら、真実一択です。そんなとぼけた返答が聞きたいのではありません」
「あ、はい」
「貴方はそんな力を持っていながら、闘剣士として放逐されたと?」
「……そう、なります」
ライラックは至極、胡乱なものを見るような瞳でフウタを見つめる。
「経営者は人間でしたか?」
「人であることすら疑われるんですか!?」
「……控えめに言って理解が出来ません。少し頭をひねれば、貴方の強さを利用して幾らでもコロッセオを盛り上げることくらい……」
ぶつぶつと、ライラックは首を傾げて呟く。
「俺が、凄く弱かったとかは考えないんですか?」
「あり得ません。コロッセオで弱者であったなら、"無職"の貴方が腕に自信を持つことなど不可能なはずです」
「それは、おっしゃる通りで……」
それに、と彼女は続けた。
「貴方は強かった。剣の腕に、たゆまぬ鍛錬の跡が見られた。どんなに模倣の力があったとて、自らの力量が追い付いていなければ、ああ上手くわたしの技を真似することなど出来ません」
「――っ」
「剣を交えたわたしの言葉です。胸を張り、己を誇りなさいフウタ。コロッセオが貴方をどう思おうと、わたしは貴方の研鑽に敬意を表しています」
最後に、ふわりと微笑んで。
ライラックは、「もうじき王城です」と背を向け歩き出した。
一瞬、フウタは動けなかった。
否定されなかったこと、ずるいとも卑怯とも言われなかったこと。
そしてなにより。
生まれて初めて、人に努力を認めて貰えたことが。
心から、嬉しかった。
「……フウタ?」
「す、すみません、ぼうっとして」
足を止めていたことを訝しがられたらしい。振り向いたライラックが首を傾げる。
「満足な食事も取れていないとのことでしたね。城に着いたら手配しましょう」
何やら勘違いされたが、流石に恥ずかしくて訂正は出来なかった。
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