01 フウタ は りょうり を はじめた!
第二章開始です。
またお付き合いくださいませ。
『――"契約"をしましょう』
『――生きたい理由も、死にたい理由もないのでしょう』
『――ならその力、わたしの為に振るって下さい』
『――まずは1年。更新するかは貴女の自由』
『――ここで無為に命を散らすくらいなら、わたしの役に立ちなさい』
『役に立てば、なんか変わります?』
『――さぁ? そんなもの、わたしに分かるはずがないでしょう』
『――わたしはただ、放っておけば腐り落ちる果実を拾いにきただけです』
『――否と言うならこの場で果てろ。応と言うなら、まあ、"可能性"は残りますか』
『ぷっ。あははっ。可能性、可能性! そんなもの――この10と余年、どこにもありませんでしたよっ?』
『そんなものに縋れと、貴女は言う感じですかねっ?』
『――は? 自ら摸索しない者に道を拓いてやる道理がどこにありますか。見苦しいですね。これだけの過酷を受けていながら、貴女はただ救いを待っていると?』
『どうでもいいだけですよ。死にたいの?』
『――わたしは、生きたい』
『……』
『――わたしが生きるために、貴女の力は有用です。これは、わたしが貴女を利用する一方的な提案です。貴女のメリットなど、考えていません。だって』
『――求めるものが本当に無いのなら、利を提案する意味なんて無いでしょう?』
『あはは』
『いいですよ』
『しばらく、使われてあげるっ』
――使用人用厨房。
「ぐす、ひぐっ……うう」
しゃくり上げながら、腕で顔を覆って俯いていたコローナが、鼻水をずびーっとやって顔を上げた。
「フウタよ……!」
「は、はい。コローナ先生」
呼び方は強制されていた。
「もう、お前に教えることは、何もない!!」
「え、もう終わり!?」
「免許皆伝、おめでとう! 辛い修行をよく耐えた……!!」
「皮むきされた野菜を切ってただけなんだけど!?」
目の前には、ぐつぐつと煮込まれるシチュー。
スパイスも下拵えもてきぱきとこなした彼女は、幾つかの野菜を切っていただけのフウタにそう告げた。
「まーほら、あれですよフウタ様」
先ほどまでの耐えるような泣き顔はどこかに消えて。
けろっとしたいつも通りの緩い表情で彼女は言う。
「スパイスの分量は味見して自分で覚えるしかないですしー? 野菜切るサイズさえ憶えちゃえば、あとは繰り返せばうまくなりますよっ」
「そんなに大事なのか、サイズ」
「そですねー。火加減とかよりよほど大事。それだけは一定に出来るようにしておけばーと思ったんですけどっ」
コローナはフウタの手と、握られた包丁を見て言う。
「刃の扱いに関してはやっぱり流石ですね、フウタ様っ」
「なる、ほど。だから免許皆伝なのか……」
「そゆことっ! あとは慣れろー?」
わっせわっせとポンプで水を送るコローナと、立場を変わる。
彼女も慣れてはいるのだろうが、目の前で力仕事をするコローナをじっと見ている理由は無かった。
洗い物に移ったコローナは、ふと首を傾げる。
「で、なんでまた急に料理っ? 聞いてなかったけどっ」
「ああ、いや。前に言ってたじゃん、お礼は"もの"が良いって」
「ふむー」
いつもの、気の抜けた鳴き声。
思案顔のコローナは、洗い終わったまな板をぽいっと壁に掛けてからフウタに目をやった。
「メイドになんか御礼?」
「そうだね。本当に色々お世話になってるし」
「なるほどなるほどっ。じゃあ、あれですねっ」
にこっと微笑んで、彼女は続ける。
「10日後に、フウタ様の手料理が楽しめると良いですねっ」
「……10日後? なんでまた」
「へいへーい、フウタ様フウタ様フウタ様ーっ、免許皆伝とはいえ、1日にしてならずだぜー?」
「なるほど……分かった、10日間で修練を積むか!」
フウタは、基本的に暇だった。
「おー、良い気合ですねフウタ様っ! どんどんうまくなれー?」
「よし……コローナ先生の教えを、活かす!」
「その意気だー!」
拳を突き上げ笑顔のコローナに、フウタも力強く頷く。
奔放に楽しそうな彼女とは裏腹に、フウタはまるで使命を果たさんとする勇者のような面持ちであったがそこはそれ。
「まずは鍛錬だ。えーっと……野菜はこれとこれと、これだな」
「それ、使う食材と似てるけど、切ったら臭い上に煮たら溶けるからやめとけー?」
「こんなところに罠が……!!」
ばかな……!! と険しい表情でフウタはその野菜を睨んだ。
だがこんなところで踏みとどまっていては、10日後にコローナを喜ばせることなど出来ない。
鍛錬を積むのだ。無才に許されているのは努力のみ。
そう胸に刻んで、フウタは真剣に食材を見繕い始める。
コローナは、悪戦苦闘するフウタの背中を、珍しくも大人しく見つめていた。
「コローナ! 皮むきも結構うまく出来そうだ! 見てくれ!」
「……」
「コローナ?」
「お? おー、先生を付けろー? なんだーなんだーなんだなんだー?」
「……いや、皮むきが上手く行ったなと思ってさ」
ててて、とフウタの隣にやってきたコローナは、蛇のように剥かれた皮を摘まみ上げると。
「ふむー。お前の考える一番の薄剥きをすると良いですねっ。この道も究めるまでが厳しいぞっ?」
ぴ、とピースサイン。
そんな彼女を見下ろして、フウタは一度目を瞬かせると。
「……体調悪いのか?」
「全然。まったく。ちっとも」
「コローナが上の空なんて、そうそうないんだし。もしアレだったらライラック様に話をして――」
「別に大丈夫ですよっ。ほんとほんとっ、メイド超元気っ! それにほら、姫様に話をしたところで、とうとうあのメイドも利用価値がなくなりましたか、ぺっ、とか言うに決まってるじゃないですかーっ」
「ライラック様を何だと思ってるんだお前!?」
「寝物語のラスボス?」
「ドラゴンか何かか」
「ちっちっちっ。もっとなんか、ドラゴン倒したあとに出てくる、ドラゴン騙してけしかけた人間パターンのやつですよっ」
「凄い悪い奴じゃないか!」
「ぺろりんっ」
いつも通りの、お転婆な彼女の表情。
フウタは小さくため息をついて、続ける。
「もしなんかあったら言ってくれよ。コローナが倒れたりしたら、もう、俺はどうしていいか分からない」
「ふっ、所詮は武人ですらないメイド……ざこめ」
「言わねえよ!!!」
「ままま、メイドが倒れるようなことはありませーんよっ。メイドの魔導術を忘れたかー?」
「あれって、自分のことも戻せるのか?」
「子供時代のメイド見たい?」
「え、いや、それは……ちょっと」
「すっけべー!」
「なんでだよ!!!!」
けらけらとコローナは笑って、踵を返す。
「メイド、ちょっと姫様に呼ばれてるんで戻りますねっ。晩御飯食べたいものありますっ?」
「コローナが作ってくれるものなら、何でも」
「作り甲斐のないやつめー」
やれやれ、と手を皿のようにして、金の二房をふりふり揺らし。コローナは外へ出ていった。
「……やっぱちょっと変だよな」
少し考えて、フウタは目の前の調理台と相対する。
「あとでライラック様に話をしよう。――まずは!!」
日頃の御礼のためにも、この料理を頑張ろう!
そう、いそいそと火加減を調整しにかかるフウタだった。
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