44 ほんせん にかいせん だいよんしあい(中)
解説兄貴として、バトルフィールドを見下ろしていた時に思ったことがある。
『案外と……あのコンビ、俺の天敵かもしれないな』
自在な属性変換。
それは、相手と同じ"得物"に見えて、全く違う動きを要求されるということ。
2on2だからこそ起こり得る、予測不能な戦いの予感。
警戒をした。対策を考えもした。
だが、そんなシンプルな話以上に。
それはそれで楽しめそうだ、と。
フウタは珍しく、対戦相手への期待を膨らませていた。
「さて、始めるか!!」
試合開始の合図と共に、踏み込んだのはドローザ・グライシンガー。
ステッキを片手に、そのマントを靡かせてフウタへと正面から突っ込んでくる。
目を見開いたフウタは、既にその瞳を金色に染め上げていて。
「準備が早ぇこった! ――だが!!」
懐に伸びた右手は、その動きが見えないほどの素早さで振るわれる。
何が放たれるのかは既に理解の範疇。フウタは冷静にその軌跡を読み取って、投擲されたカードの数々を回避し、しきれないものは打ち払った。
――その手に付けた、かぎ爪で。
ドローザは口角を上げる。
「今日の俺は、占い絶好調だ!!」
フウタがその位置に釘付けにされたことで、不利になった理由が2つある。
1つは勢いの問題だ。飛び込んでくるドローザに対し、立った状態で正面から攻撃を受けることの悪手。
そしてもう1つは、先手を譲ることでの出遅れ。
「ぐっ――」
がん、とぶつかり合うはかぎ爪とかぎ爪。
本戦一回戦でも使っていたその得物は、素手の延長線上として扱える手軽な得物。
『リーチにも乏しく、相手の攻撃を受けるにも大きな力を必要とする。控えめに言って、あまり強くはない得物ですが』
『そう、なんですか王女様?』
『ただ、シンプルに素手同様に扱える使いでの良さと、それから』
かぎ爪を構えた方の手にステッキを持ち替え、ドローザは素手となった左手をフウタに向けて伸ばす。
『格闘術を極めているのなら――ただ攻撃力を増すだけであるというメリット尽くしの得物ではありますね』
そう、ライラックが言いきるかどうかというタイミングで、フウタの肩を捉えたドローザの腕が、勢いのままにフウタを押し倒そうとする。
単純なエネルギー差だ。突っ込んできたドローザに対し、立ち止まっていたままのフウタ。
そのまま倒されノックアウトする――かに見えたが。
『まあ、かと言って』
フウタはそのドローザの腕を払うこともなく、冷静にドローザの腰を掴み上げる。
『相手が格闘術に秀でているならば、それに合わせればいいだけのこと』
ライラックの言葉通り。
見事にドローザの体術を模倣したフウタが、彼を勢いのまま後方へと投げ飛ばす。
「おっとぉ!!」
宙に浮いたドローザは驚きに目を瞠るが、次の瞬間には懐に手を伸ばした。
真っ逆さまに落ちている最中だというのに酷く冷静、投擲に振り抜く腕の反動で綺麗に宙返りと着地。
同時、着地を狩られないようにする丁寧な牽制射撃ともなれば、フウタも迂闊には近づくことが出来ない。
「はっ、いいねえ。流石はチャンピオン。そう一筋縄にはいかないか」
「これでノックアウトされたら、色んなヤツに申し訳が立たないからな」
「色んなヤツ、ねえ」
目を細めるドローザも、理解はしていた。
眼前の男がチャンピオンとされていること。額面で受け取るそれ以上に、観客席を見れば分かる。
予選を勝ち抜いてきた己への期待感よりも、圧倒的な強者への信頼。
そして何より、時折感じる闘気の混じった視線。
「一戦一戦楽しそうだねリヒターくん! イズナくんたちと当たっても、フウタくんたちと当たっても、絶対楽しいよ!」
「そうだな。僕は仕事に戻る必要があるんだが」
「対戦相手のチェックくらいした方がいいよ。リヒターくん、おばかさん?」
「お前にだけは絶対に言われたくない」
「ドローザとかいうヤツも面白そうだな。組み合わせが違えばやり合ってみたかったが」
「そうですな。あんな動きをする相手は、私もあまり見たことがありません」
「確かに、アイツの技は殺し屋のそれじゃねえ。闘剣士のでもねえ。なんつーか、上手く言えねえが……相手を倒すより、翻弄して逃げるヤツの技っつーか」
「ふむ、なるほど。私に仔細は分かりませんが……イズナ殿」
「んぁ?」
「貴方やはり解説向いているのでは?」
「――フウタ先輩。負けないでくださいね」
純度の高い闘気と、背にかかる視線。
不愉快だとまでは思わない。信頼とはかくあるべきもの。フウタが倒されると、誰一人考えていないこの状況。
それはきっと、自分以外に目の前の男を倒せるはずがないという、己の腕への信頼でもあるが故。
だが、不愉快でないのと、火がつかないのとはまるで別だ。
色んなヤツに申し訳が立たないとは、なるほど。
よく言ったものだ。
「そりゃ、簡単には倒れてくれねえか。ましてや、背負ったもん全部ぶちまけるような仰向けじゃあ猶更だな?」
「言い回しがキザったらしいなあ……」
半ば呆れたようにぼやいて、しかしフウタは油断なく拳を握り込む。その手には相変わらずのかぎ爪。
それを見やって、ドローザは問うた。
「俺が使っていたのを見て、模倣しようと思ったのかい?」
「ああ、まあ。お前がこれの練度が高いことは分かっている。ステッキもカードも悪くはないが――」
「が?」
そう。
ドローザの得物は、決して1つではない。
にも拘わらずカードやステッキを手に取れなかった理由は簡単だ。
「――アンリエッタの属性変換。アレは凄く厄介だ」
「ははぁん。分かってんじゃねーの」
にやり、口角を歪めるドローザ。
『――じゃあかぎ爪だけを持ってきた理由って』
『予選の解説でフウタが言っていた通りです。得物を使った物理攻撃には、三種類の属性があるとされています。即ち、斬、突、剛の三分類。アンリエッタにはそれを自在に操る力がある』
『そうだって、お兄ちゃんは言ってましたけど』
外面としては王女様に敬語のパスタちゃんが、ライラックの意図を図りかねてそう問うた。
彼女は頷き、淡々と言葉を紡ぐ。
『フウタには、魔導の素養はありません。カードの属性変換に対応する術がない。たとえばカードの投げ合いになれば、フウタの剛属性のカードが、ドローザの斬属性のカードに切り刻まれて終わり、ということにもなりかねない』
『そ、っか。お兄ちゃんの武器の属性も変えられるんだ!』
『その辺りをケアしての、かぎ爪でしょうね。魔導糸でもよかったとは思うのですが……』
『あれ、魔導糸だって魔導の素養が必要なんじゃ?』
『いえ。あれは魔力さえあれば動かせます。もちろんフウタは魔導の鍛錬はしていませんが――』
『が?』
小首を傾げるパスタに、ライラックは言葉を続けた。
『本人が、魔導糸は使えると言っていたものですから』
「ま、魔導糸は使えねえわな」
そう口にしたのは、観客席から試合を見下ろす男――イズナ・シシエンザン。
隣には今回の相方であるウィンド・アースノートが立っている。
少し視線を下に下げれば、モチすけとルリが揃ってぽけーっと試合を見ていたりするのだがそこはそれ。
腕を組むイズナに、ウィンドは問いかけた。
「と言いますと?」
「別に難しいことじゃあねえよ。"リブラが視界に入っていない"可能性があるからだ」
「……なるほど、そうですか。対戦相手なら視界から外すことはないが」
「相方からは目を放すこともあるのが2on2だ。幾らあいつが魔導糸を使えるっつったって、それは模倣が前提の話。リブラってヤツが居ない所で、ドローザほどの腕のヤツを相手に出来るほど上手くはねぇ」
理解したようにううむと唸るウィンドの隣で、イズナは笑う。
「まあでも、姫様が悩むってこたぁ……アレだな」
視線の先には、今真っ向から対峙しているドローザとフウタ。
そして、リブラとアンリエッタ。
1on1が二つなら簡単だが、アンリエッタが上手く2on2を維持している状態。
「――ひょっとしたら、フウタなら。リブラを視界に入れ続けたままでも戦えるっていう信頼があったかもしれねえ」
「それはまた無茶苦茶な」
「"そうじゃなきゃ倒すのが楽だ"と思って戦う俺と違って――あのお姫様がどんな状況でもフウタに勝つって茨の道を進んでるなら……負けらんねえなあ」
からからと高笑い。
そして同時に、ぽんと手ごろな位置にあったモチすけの頭に手を乗せて、ふと気づく。
「どうしたよ、モチすけ」
「……いえ」
ぽけーっと見つめていた視線の先。
モチすけは少しだけ、気になった。
自分と全く同じ髪色と、赤い瞳を宿した青年の姿に。
不思議と強い既視感を覚えたから。





