42 ほんせん にかいせん だいよんしあい かいし!
【前回までのあらすじ】
ついに開催された第二回王都スペクタクラ武闘大会。
その演目は、武人同士によるタッグマッチ。
中々仲間に恵まれないまま、今回は参加も見送りかと思われた主人公のフウタは、路地裏で白髪の青年と出会う。
彼の名はリブラ・ロビンソン。リヒターの秘書であるミオンと同郷の暗殺者だという彼は、俗世に遺した最後の夢、"闘剣士をやりたい"という熱を叶える為フウタとタッグを組むことに。
大会は本戦二回戦に進み、プリムとミオンの『スターダスト』がライラックとアイルーンの『少女庭園』を打ち破るなどという番狂わせも起こしつつ、ついに最終戦を迎えようとしていた。
フウタとリブラの『夢叶う王都にて』の対戦相手は――王城でコローナに求婚をぶちかました盗賊、ドローザの『黒猫怪盗団』。
長らく音沙汰もなくお待たせいたしました。
直近でもう連載以外にやることがない、という状態にまで持ってきたので、時間の許す限りまた再開します。
ここまで更新を後回しにせざるを得なかった事情に関しましては諸々ございますが……ひとまず、三章を三巻で纏めるのはクソしんどかったけど、三巻発売に間に合って本当に良かった。
今回、3か月弱も空白が空いてしまったので描写が微妙に説明くさいですがご容赦を。
『勝者――!! 『チーム友情』――!!』
少女の声が反響する。
同時、歓声がこのスペクタクラを包み込んだ。
バトルフィールドの上で激しく火花を散らしていた4つの影が、息を整えるように立ち止まって。
――本戦二回戦第三試合の結果は、ついに出た。
『良い試合だったね、お兄ちゃん!』
『ああ、影刃兄弟は本当によく食い下がった』
解説席で紡がれるのもまた、落ち着きながらもどこか熱を冷ますような雰囲気が感じられる声色。
熱を焦がすような試合、手に汗握る戦いという意味では第一試合第二試合の方がその色は濃かったかもしれない。
だが少女の言うように、"良い試合"であったことは間違いが無かった。
そして、前の二試合とは異なる面白さがあった。
『小駒2つで大駒1つを取りに行く、ってお兄ちゃんは言ってたけど。実際どうだった?』
『実現するんじゃないかと思ったほどには凄かったよ。2対2の楽しさってものを今回も感じさせて貰った。個々人の強さ以上に必要なものがあるんだって、改めて分からされた気分だった』
大きく頷くフウタの横顔も、実に満足そうで。
この仕方のない"お兄ちゃん"に、少女は薄く口元を緩めると。
『楽しそうだね、お兄ちゃん!』
『ああ、そうだな。さっきの試合でも言ったけど、タッグマッチってこんなに楽しいもんだったんだな。第一回の解説が嫌だったわけじゃないが、今回の解説は俺自身も気づかされることが多い』
観客席の大衆にとっては、珍しくもあるフウタの少し昂揚した声色。
試合を終えてなお盛り上がる客席を仰ぎ見るようにして、石畳のフィールドに立つ青年は1つ息を吐いてからグラディウスを納めた。
「……やれやれだ」
視線の先には、満面の笑みを浮かべて二人の青年を賞賛する、少女と見紛う少年の姿。
続いて、観客席の中心でやいのやいのと語り合う兄妹に目をやって、首を振る。
はてさて、今回の一戦。兄の方はどう見ていたのだろうか。
対戦相手を"知る"瞳を持つ少年フラックスと、そしてリヒターのタッグ。そう鳴り物入りで入場してきたにも拘わらず、リヒターは今回あまり良いところが無かったように思う。
キャリー、とでもいうべきか。
あの少年に助けられた形は、貴族として褒められたものではないだろう。
そう、1人で今回の戦いを省みていた時だった。
「リヒターさん!」
「ん?」
呼吸を整え、空を見上げていたリヒターに掛かる声。
振り向けばそこには、タッグを組んでいる少年フラックスと共に、普段は衛兵として活躍している双子の兄弟"影刃兄弟"が並んでいて、合計三人の視線がリヒターへと向いていた。
「どうした、顔を揃えて」
「いやぁ、それが」
あはは、と笑うフラックスの後ろから、双子の衛兵が前へ出る。ビルとベン、そう名乗っていたことを想い出したリヒターは、試合後の昂揚を落ち着かせるように胸に手を当てて彼らを見返した。
すると。
「リヒター様、ありがとうございました!」
「やー、めっちゃ楽しかったです!」
破顔した双子が、気持ちのいい笑みを浮かべて手を差し伸べる。
リヒターは少し、驚いた。
"職業"のみに非ず、リヒターという男は性根から貴族だ。
こちらから友好を示すことこそあれど、こうして殆ど顔を合わせたことのない平民から握手を求められることがあるとは思っていなかった。
『こいつは男だ!!』
『いやいや確かに見た目服装は男の子。だが――だからどうした』
『は?』
『俺たちはこう言っている。可愛い子に慕われて羨ましいなと』
『お前らどうかしてるんじゃないか!?』
試合中こそ、彼らはふざけた口を叩いていた。
だが試合前に緊張した面持ちであったことは事実だし、この舞台がそうさせていたこともまたそう。
ましてや相手がリヒター・L・クリンブルームであれば、彼らが少し肩に力が入ってしまうのも致し方ない。
そう思っていたけれど。
「毎日怪物の相手してるって話は聞いてましたけど……"一筆"さえ使わせなければ、とも聞いてたんで」
「ワンチャンねーかなと思ってたんですけど、マジ強かったっすわ」
その言葉に、ふと思い出す。
そういえばこの二人は確か、プリムがしょっちゅう構って貰っているという衛兵だったと。
おそらく、彼女が助言でもしたのだろう。
ランダー流決闘術"一筆"。プリムにも攻略させたことがないその刃こそが脅威であると。
その認識は間違いではない。実際のところ、一筆を使わせて貰えないからこそ、プリムには連敗を重ねてしまっているのもまた事実。
だがどうにも、今日の試合運びは一筆とは無関係であった。
それだけの話だ。
ちらりとリヒターが顔を向ければ、頭1つ分低い位置に自分の相棒のきょとんとした表情があった。
試合中、"対戦相手の鍛錬の軌跡を読み取る"力を発揮した金色の瞳は、もう元の色に戻っている。
亜麻色の髪をふわりと靡かせ、少女と見紛うその顔立ちで微笑んだ。
その表情には"よく分かっていないけどとりあえず笑っておこう"程度の心理がありありと出ていて、リヒターも口角を上げる。
「僕と言うよりは、フラックスにやられた形だからな。仕方ないことだろう」
「それはもう仰る通りで」
苦笑するビルに、少し照れ臭そうなフラックス。
風火輪という得物の真価は今回はっきりと理解することが出来た。確かになるほど、フウタを追いかけてこの王都へやってきただけあるとリヒターも納得する立ち回りだった。
腕が分かっているのと、試合での動きはまた別の話。
フラックスという少年は、その身なりに反して随分と"闘技場慣れ"していることは理解出来た。
「なんか照れちゃいますね。えへへ」
付け毛してしまえば誰もが振り向く美少女になるような細身の少年が、当たり前のように衛兵たちを相手に格上の立ち回りを見せたことには、もう今更驚きはしないが。
「ってーわけで、リヒター様には是非今度リベンジさせてください!!」
「ああ、お願いします!!」
差し伸べられた手の理由。
それはきっと悔しさと――それからこの戦いそのものの充実を示すもの。
リヒターは少し口元を緩めた。
確かに今回は大した活躍も出来ず、解説席には何を言われたものか分からない。観客たちにも、自分を見ていた貴族たちにも期待外れな立ち回りをしてしまったかもしれない。
それでもどうやら、剣を交えた相手は満足気で、そしてリヒターとの再戦を望むほどには闘剣士として認めてくれていたようで。
「……そうだな」
いち闘剣士として。
そう何度も試合にエントリーするほどの暇を、自分が取れるかは分からないとは思いつつ。
彼らが"貴族"としてではなく、闘剣士としてのリヒターを求めてくれていることが新鮮で、そして少し嬉しかった。
"貴族"と平民の垣根を取り払うようなことを、するつもりはないけれど。
存外、友人となるには悪くない。
今ようやく解説席から重い腰を上げているだろう男の顔がほんの僅かに浮かびつつ。
リヒターは、差し伸べられた手を取った。
「また、いつなりとも挑んでくるがいい」
「ええ、そりゃもう!」
「是非相手してください!」
本戦二回戦第三試合は、こうして幕を閉じたのだった。
『それじゃあ、本戦二回戦最終戦……始めよっか、お兄ちゃん』
少女の呟きは軽い。
頬杖をつき、ぱたぱたと足を揺らしながら。
石畳のバトルフィールドを、優し気な瞳で見つめていた。
隣には、もう"お兄ちゃん"の姿は無い。
既にフィールドを前に待機をしていることだろう。
ついに始まるは、王都スペクタクラ第二回武闘大会。
本戦二回戦――最終戦。
『黒猫怪盗団』VS『夢叶う王都にて』
ざわざわと、会場に喧騒。
第三試合を終えてまもなくは、その余韻に浸っていた観客たちも察している。
次に出てくるのが王者であり、そしてまたしても相手は"予選最強"であるということ。
それは前回大会の、
フウタ・ポモドーロVSイズナ・シシエンザンを彷彿とさせる組み合わせであり、何より。
――今日の祭りは、この試合でお仕舞いになるというほかでもない証左であった。
第一試合から、第三試合まであっという間だった。
であればきっと、この第四試合も。
熱を楽しむ武闘大会のプログラムは、しかし容赦なく幕引きへと突き進む。
だからこそ盛り上がるとも言うし、寂しいことには違いないとも言える。
武闘大会という催しが持つ、独特の魅力。
『――さあ、みんな!! 始まるよ!! 本日最後のプログラム!!』
本日最後のプログラム。
それはいつかコロッセオで、最も観客の少なかったイベント。
そして今や――名残惜しくも誰しもが求める正真正銘のファイナルで。
『またあたし1人ぼっちになっちゃったから、きっとみんなも分かってると思うけど! そう――チャンピオンの試合だよ!!』
わっ、と歓声が沸いた。
ついに始まるのだと熱を上げた。
吹き上がる白い煙は、片方の入場門から。
息を吸い込んだ少女の語りが、熱と歓声に負けずこの会場に響き渡る。
彼女の言葉を乗せるように紡がれるメロディは、明るくて暗くて、そしてスタイリッシュな猫のよう。
――『HATS&CATS』――
勢いの良いトランペットに、弦楽器が追走する愉快で痛快なテンポのメロディラインは、聞く者たちの心を跳ね上げるように楽しくさせる。
暗い路地を楽しく逃げる。追いかける衛兵をからかって。
そんな音色は本当に、怪盗が人生を楽しんでいるかのようで。
王都スペクタクラに突如現れた謎の流星"黒猫怪盗団"。
その不思議さに楽しさを足したような、そんな音楽。
『――優待枠。それが強者の証明だとするならば、予選通過枠とは何なのか。きっとそれもまた、強者の証明なのかもしれません』
響く少女の声も、心なしか弾んでいて。
『群雄割拠の中を突破してきたその事実。強者に挑む為のチケットを手に入れた一握り。そして何より――前回大会での"予選通過組"のことを思えば、きっと軽んじることなんて出来ないでしょう』
吹き上がった白煙に合わせ、ブーツの足音がこつ、と響く。
薔薇の花弁が舞い上がり、わっと歓声が上がった。
『"第一回大会ベストバウト"との呼び声高いイズナ・シシエンザン。第一回大会準優勝者のアイルーン・B・スマイルズ。そして先ほども影刃兄弟という衛兵が、予選を突破し凄まじい活躍を見せたばかり!!』
「目立ちたがりなんだから」という相方のぼやき。
「目立つのは得意分野なんだ」と笑う彼は跳躍し、フィールドの中央に高く高く飛び上がった。
ゆるやかな着地に至るまでは観客の注視を一身に買い、そしてハットとステッキを片手に優雅に一礼。
これから始まるのは闘剣ではなく、何かのショータイムのような。そんな、普段の闘剣とは全く違う期待感を思わせる――ハットの青年ドローザ。
黒猫怪盗団のリーダーにして――コローナに一目ぼれをしたという男。
『さあ、この王都に来て――その鋭い爪痕を残せ!! 『黒猫怪盗団』!!!』
一際盛大な歓声に、手を振り応えるドローザと。
その相方として佇む少女アンリエッタは、ばらばらばらばらと手元のカードを弄んだ。
どのみち露見している得物だというなら、いっそのこと見せびらかしてみせよう。
「さて、楽しみだ」
向日葵の君――コローナの隣に立つ男は、闘剣が得意だと言っていた。
その得意のほどは、なんとこの大規模な大会で誰もが認めるチャンピオン。
最高だ、最高だと口角を上げる。
なにせ。
「俺は闘剣では、一回しか負けたことがない」
「それ、意外とダサい語り口だよね兄貴」
「なんてこと言うんだ!!」
ひどい、とばかりに目を瞠り、そして彼はハットを目深に被り直す。
歓声が響く。響く、響く。
その聞こえる声の量は――あの日、一度負けた時と大差がない。
「もちろん、向日葵の君の目を奪う。それが第一目標に変わりは無い。だが」
口角を緩めて、帽子越しに見据える先は対戦相手の入場門。
「アイツとお前と。どっちが上なのか……是非とも確かめさせてくれよ」
静かに、音楽が引いていく。
そして。
代わりに、爆ぜるような打楽器と、唸るような弦楽器が響き渡った。
それはまるで、黄金――そして理想郷を思わせるような、力強く胸躍る曲。
思わずドローザも顔を上げるほどの、胸を高鳴らせる高揚感。
『――じゃあ』
『お披露目だね、お兄ちゃん』
――『ナラビタツモノナシ』――
思わず観客皆が手を打ち、速いテンポのリズムに合わせて合いの手を入れるその戦場を鼓舞するかのような――それでいて王者の風格を漂わせるようなそんな曲。
吹き上がる白煙の中から一歩を踏み出すのは、揃って長身の青年二人。
黒髪に黒い瞳。身長がすらりと高い以外は、取り立てて目立つところの無い青年はしかし、鋭い瞳と無表情が"敵なし"を想像させる強者の風格。
もう一方は緊張をほぐすように笑いながら、少し癖のある白髪をくしゃくしゃと掻いて隣を歩む。
曲者のにおいを感じさせ、緩い雰囲気を敢えて生み出す彼は隣の青年とは対照的だ。
タッグチームというものが引き立つ理由があるならば。
1人1人の輝きよりも、きっとその相性によるもので。
それは『影刃兄弟』が証明してくれたばかり。
その二人の登場に、観客が怒声の如き歓声を浴びせたのがその証拠だ。
『来たぞ。来たな。色んな声が、王者の帰りを待っていたと熱を上げる。王者として――そして新たな戦士として。王者フウタ・ポモドーロは、新たにリブラ・ロビンソンという謎の朋友を従え登場です!!』
石畳に踏み入れる足。並んだ二人の歩み。
そこに決して特筆すべきものはない。目立つ動きは一切ない。
だが、それでも。
『――リブラ・ロビンソンってどんな人? お兄ちゃんに聞いたよ、そりゃもちろん。そしたらね』
白髪の青年は、思わずその言葉に顔を上げた。
何を言われるのか分からなかった。
ただ――闘技場の闘剣士になってみたい。その願いの一端にあった、"実況による名乗り上げ"が自分にもされているのだと、その沸き立つ感情に少し胸を昂揚させていただけで。
だからこそ。
『――俺が夢を叶える為に、一番必要な相棒だ。……だってさ!』
その言葉に、少し目を見開いた。
「俺も、なってみたいんだ。闘剣士に」
「あんた、チャンピオンでしょうに」
苦笑しながらも、その胸の熱は抑えられない。喉元に熱くこみ上げる何かを――試合の終わりにまでとっておこうと決意して。
『夢叶う王都にて。最高の闘剣士としての夢を叶える為、今二人は再発進!! さあ行こう、この王都で最大の願いをぶつけるために!! ――『夢叶う王都にて!!!』』
さあ。
二回戦最終戦だ。





