36 あらなみ
――闘技場スペクタクラ。
『おおっと、すっごい連携かと思いきや、ウィンドがアロウズを強襲!! そのまま1対1に持ち込んだー!!』
速い展開に解説席も大忙し。
同時に回る彼女の口に、観客席もヒートアップする一方だ。
第一試合とはまた違った形で白熱する、技と力のぶつかり合い。
その攻防の行く末に、手に汗握りながら少女は叫ぶ。
『これでウィンドとアロウズもだけど、イズナとリーフィが正面からぶつかることに!! どうするお兄ちゃん!!』
『どうするも何も、見守ることしか出来ないが』
『そうだけども!!』
パスタちゃんの可愛らしいツッコミをよそに、フウタはしかしその瞳を金色に染め上げる。
じっくりと見据える先では、先ほどまでの攻防から一転。背中合わせで互いを庇い合うリーフィとアロウズを、両サイドから攻めたてようとする荒野嵐刃の2人という構図が出来上がっていた。
背中合わせとはいっても、ぴったりとくっついているわけではない。剣聖狩り同士の間には、人が3人分くらいの空白が空いている。
一歩で詰まることを考えれば、あってないようなものだが。それでもきっとあれは、互いが互いの邪魔をしない最短距離なのだろう。
この短期間で、随分と熟した連携だとフウタは感心したように手を押さえた。
当然だが、彼の"模倣"とその"軌跡"を視る業に、連携の情報は得られない。
正確には、連携する相手の情報は分からない。
見据えられるのは見つめた個人の軌跡であって、その対象がどんな人物と組んで戦っていたかまでは分からないのだ。
だから、ここから先は推測をするしかない。
『アロウズとリーフィが頻繁に魔獣狩りを行っていたことは、俺もよく知ってる。アイコンタクトすら必要とせず、ああした絶妙な距離で互いを邪魔しないよう立ち回っているのは、きっとその積み重ねの賜物なんだろうな』
『えーっと……じゃあここからは』
『動くぞ』
『えっ』
そうフウタが呟いたと同時のことだった。
睨み合っていたイズナとリーフィの方に動きがあったのは。
「動かねえなら行くぜ?」
にや、と口角を上げたイズナが、その巨大な槌斧を構えて正面から突貫する。ぴくりと反応したリーフィ、これに合わせて枝垂桜の構え。
長刀を目線に合わせ、イズナを正面から待ち受ける。
『元々リーフィもイズナも自分から攻めるタイプの武人じゃない。どちらかと言えば受けからのカウンターを持ち味にしている方だろう。となれば、イズナの方から動くのは分かっていた』
『どうして?』
『リーフィに勝ち筋があるとすればカウンターだけ。対してイズナは、別に攻められないわけではない』
『わお』
『もちろん防御からのカウンターの方が得意ではあるだろうが……じゃあ攻めたら負けるのかと言われればそうでもないのがアイツの強さだ。凄く単純なことを言えば、"パワーは実力"なんだよ』
『なにそれ』
『単純な膂力というのは、それだけで実力差を埋めるパーツになるし、地力をカバーする補佐になるし、それでいて』
ぶん、と振られた槌斧をリーフィは長刀で何とかしのぐ。
まともにぶつけられたら折れて終いだ。
そうと分かっているからこそ、リーフィは集中を限界まで高めて瞳を開く。
『――相手との"差"としてぶつける、強烈な武器そのものだ』
『な、なるほど。じゃあリーフィは相当不利……?』
『正直に言って、不利だ』
得意な守りというフィールドにあって。
相手はわざわざリーフィの得意とする場に飛び込んできてくれているにも拘わらず。
状況を不利と、外でもない"解説兄貴"が断じたことで、観客席もにわかにざわめく。
埋められない実力差。
これが、【天下八閃】。
冷静に考えればその通りだ。"王国最強"ライラック・M・ファンギーニが、アイルーン・B・スマイルズやプリム・ランカスタと同等に渡り合っていたのだ。
それはつまり、王国最強が天下八閃と同程度という現実。
ましてやイズナでさえ伍之太刀を名乗っている現状。
上位者の実力とはいかほどのものなのか。
想像も出来ない領域の話だった。
けれど。
『――ま、有利不利で決まってたら闘剣にはならないんだが』
そう、こともなげに告げる男こそ。
彼らの頂点に立っていた王者であることは間違いない。
少なくとも、彼の言うことに間違いがないのなら。
リーフィ・リーングライドとイズナ・シシエンザンでは圧倒的不利であることは揺るがなくとも――その勝機は決して、逃したわけではないらしい。
期待に胸を焦がす、剣聖狩りを応援する観客たちの声が響き渡る。
『相当厳しい戦いに持ち込まれるはずだ。だがきっと剣聖狩りはそれを織り込み済みで戦っている。つまるところ』
『リーフィがイズナを押さえている間に、アロウズとウィンドの方で動きがあれば』
『そういうことだ』
それこそが剣聖狩りの狙いだろう。頷くフウタに、パスタは声を上げる。
『さあ、じゃあウィンドがアロウズ相手にどこまで戦えるか、そこが見ものだね!!』
『うん……うん?』
言い回しに首を傾げるフウタ。
だがすぐに察した。
ベアトリクス・M・オルバは確かにウィンド・アースノートの実力を知っている。けれどそれは、このスペクタクラの外での話。
いかにイズナが相棒と称しているとしても、スペクタクラでの知名度はアロウズの方が上であるが故の、この言い回し。
『――確かに、アロウズは相当な実力者だ。第一回大会の最終予選を見て、彼を"予選落ち"の一言で済ませるヤツは居ないだろう』
『そうだね!』
観客席に座る者たちも想い出す、予選最後の死闘。
バトルロイヤル最終局面、たった2人に絞られた本戦への切符を巡る戦いは、まさしく激闘と称するに値するものだった。
予選から足繁くスペクタクラに通っていた生粋の闘剣ファンの中には、個々の闘剣士の好みはさておくにせよ、本戦に勝ち進んだ者たちの戦いを差し置いてベストバウトに指定する人間もいるくらいだ。
近しい実力の者同士の戦い。
それは時に、頂点を決める死闘よりも胸を滾らせる。
リーフィ・リーングライドは確かに、本戦一回戦で姿を消した闘剣士だ。だがその技量を誰も過小評価しないのは、その一歩手前にあった対アロウズ戦があってのこと。
予選を最後まで勝ち抜いた、リーフィとアロウズ。剣聖狩りは、観客の中でも強い支持を受けるコンビであるがゆえに。
敢えてアロウズとウィンドの実力について、触れておかなければならない。
『――ウィンド・アースノートは……強いぞ』
そう、フウタが口にしたかしないかという刹那だった。
《我流乱打》
「ぐ、おおおおおおお!!」
ウィンド・アースノートはその泰然自若とした構えから、次々に鉄鐗での連撃を放ってくる。
重く鈍い鉄の棒。単純な膂力で鈍器として振り回すだけで驚異的な力を発揮するその得物を、2本握っての取り回し。
前試合でプリムが魅せたように、得物が2本というのはそれだけですさまじい効力を発揮する。
よく、二刀流は一刀流には勝てないという話があるが、それは決して正確ではない。
二刀では一刀よりも力が分散してしまうからこそ、二刀の方が劣ると言われているだけだ。
では、単純に一刀よりも力強い二刀ならば。
それはただの、上位互換である。
「くっ……ああああああああああああ!!」
しかしアロウズとて負けてはいない。
ウィンド・アースノートの我流乱打が、完全なる暴風だとするならば。
アロウズという二刀剣士の技はその暴風域を突き進む冒険船だ。
自らの身体を守るようにいなし続ける二刀の冴え。
それはある種リーフィ・リーングライドの剣によく似ている。
『枝垂桜の凄まじさについては説明した通りだが、アロウズの二刀もまた、防御と言う意味では大きな力を発揮する。防御というより、生存か。ところで人間が魔獣と持久走して勝てると思うか?』
『どんな質問!? え……イメージだけで言ったら、無理じゃないかなあ』
『ああ無理だ。アロウズの二刀流は、リーフィの桜花一刀流とは似ていながら全く異なる剣だ。そもそも道場剣術ではないということはさておくとしても、リーフィは護りを象徴するならアロウズのそれは生存だ』
『どう違うの? それ、さっきの質問と関係あるの?』
『あるさ。誰かを護るためにしのぎ切るリーフィの剣と違って、アロウズの剣は自分が生き残る為にある。アロウズを卑下してるんじゃない。これはつまり――アロウズの剣は、活路を見出す為の防御だって話だ』
「そこだァあああああああああ!!」
魔獣と持久走をしたら、人間が勝てる道理はない。
だから、防御を固めたところでジリ貧になってしまう。
だが魔獣との戦いは文字通り命を懸けた死闘だ。一撃でも貰ってしまえば致命傷に直結する。
だからこそ、相手の"力"に付き合わず、丁寧にいなし続けて――ほんの僅かな隙を狩る。
それが魔獣ハンターの戦い方だ。
闘剣の場に身を移したとて同じこと。
鉄鐗は重い。そして決して、ウィンド・アースノートは速くない。
もちろんそれは、速度を重視した闘剣士に比べて、という話でしかないが――目で追えるなら、反応出来る。
「シャングリラストームシャークに比べたら、まだ追えるぜ!!」
「――」
右の振り下ろし、左の薙ぎ払い。
薙ぎ払いの途中に降り降ろした鉄鐗を引き戻す。
その一瞬の隙に差し込むように、アロウズが放った刺突。
僅かに目を見開く、ウィンド。
『そういやパスタは知ってるか?』
『ほぇ? 何の話?』
ふと、気の抜けたような呟きがスペクタクラに響いた。
『闘剣士が現役で戦える寿命というか、平均的な引退の年齢』
『えっ。ううん、そういうのは調べてないや。何歳なの?』
急に飛んできた質問。しかし、決して意味のない話ではない。
ウィンド・アースノートを見つめる視線は逸れないまま。フウタの呟きはきっと彼に関係があるのだと、パスタは言葉を待つ。
――何せパスタ自身は勿論その"寿命"を知っているのだ。
観客に聞かせるために聞き直せば、フウタはこともなげに言葉を紡ぐ。
『30って言われてる。けど実際はもう少し低い。27か8か。なんでだか分かるか?』
『やっぱり反応が鈍くなっちゃったりするのかな。事故も起こりやすくなるとか』
『そうだな。全体的に、試合についていけなくなるんだ。そうやって辞めていった闘剣士を、俺は多く知ってる』
『……じゃあ』
パスタちゃんは知らずとも、ベアトリクス・M・オルバは知っている。ウィンドが、その"寿命"の平均からひと回りは歳が上であるということを。
そして、それを承知でこの闘剣の舞台に打って出たことも。
第一回大会の時は怪我もあった。
けれどそれ以上に、諦めていた。
スペクタクラを、闘剣をあまり詳しく知らなかったこともある。
自分のような老骨が出張る場所ではないと、ただ静かに悟っていた。
けれど。
――勝者、フウタ・ポモドーロ!!
あの熱に、歳甲斐もなく浮かされてしまった。
知れず、鉄鐗を握る手に力がこもった。
そして、忠を向ける"元会長"は笑って言った。
――せいぜい頑張りなさい。
己の欲を、常に押し殺して生きてきた。
そろそろ、我儘を言っても良い頃だ。
《我流乱打》
「う、ぉおおおおおおおおお!?」
隙を見せた、そう確信した。
だから差し込んだ。
その右手の剣は今、鉄鐗に挟まれ無惨に砕けた。
「――っちくしょう、完全に決まったと思ったぜ」
「はっはっは。まだまだ若いですな」
からからと笑うウィンドに、アロウズも口角を上げる。
背中から引き抜くは、予備の剣。
魔獣ハンターたるもの、備えというものは常に忘れない。
武器が砕けたからと言って負けてやるほど潔ければ、とっくの昔に死んでいる。
「ブラフ――でもねえはずだ、どうなってんだ」
「準決勝のフウタ殿を想い出せばよろしい」
「……なるほど?」
アロウズとて、第一回大会のフウタの試合はしっかりと見ていた。
ライラックを相手に折れたコンツェシュで相対した彼の戦法。
折られてからずっと、彼女の剣を折り返す為に力を偽装して戦っていた。
「荒野嵐刃、とんでもねえ嵐だぜ」
「はっはっは。嵐とは確かに。イズナ殿も自らを嵐と評して、この名前を付けたものです」
だが――アロウズは知らない。
ウィンド・アースノートが参考にしたフウタの戦い。
それが元をたどればどこにルーツを持っているのか。
闘剣の旗が――闘技場にはためく。
「確かに嵐は乗り越えてしまいましたな。だが」
ぶん、と振るわれる鉄鐗。
――たとえばその体が衰えを見せ始めていたとして。
それでも挑んだこの闘剣。もはや力でねじ伏せることは叶わずとも、その"技"でもって、数多の対人戦経験から捻りだす偽装技巧がウィンド・アースノートにはある。
愛する誰かの為にと培った実力。
好きに生きて良いと微笑んだ上司。
「この荒波、乗り切れるものなら乗り切ってみせろ」
「――ははっ」
先ほどまでの戦いは、本気であっても全力ではなかった。
だからこそ隙を図り損ねた。
なるほどこれは酷い荒波だと、アロウズは改めて双剣を構える。
『――粗削りというか、付け焼刃ではあるが。自分の歳を理解しているからこそ、あの鉄鐗という真正面から叩きつけるような武器で居て、正面から戦わない。その幻惑は――ははっ、なるほど荒波を思わせる』
『……お兄ちゃん、楽しそうだね』
『そりゃな。――やれるもんならやってみろ、ウィンドさん』
その技が使いこなせるのは、フウタ・ポモドーロの知る限りただ1人。
だが不思議と。今すぐでなくとも、ウィンド・アースノートならば――その荒れ狂うような技の冴えで、暴風どころか荒波になってしまいそうな、そんな気がしていた。
『俄然、荒野嵐刃が有利って感じなの?』
『ああ、それは間違いないな』
リーフィとイズナでも。
アロウズとウィンドでも。個々の実力で言えば、勝負はついたようなものだ。
それをひた隠しには、しない。
けれどそれは、フウタが"解説"を理解出来ていないからではない。
『だがそもそも、剣聖狩りなんて名前を付けたんだ。格下、不利、劣勢上等。そうだろ?』
『そうだね、お兄ちゃん!!』
解説の何たるかが分かってきたじゃないかと、素直に口角を緩めるパスタ。
そんな盛り上がる解説席と観客席をよそに。
劣勢を覆さんとする剣聖狩りと、それを真正面から受け止める荒野嵐刃の戦いは、最終局面へと向かおうとしていた。





