33 ほんせん にかいせん だいにしあい かいし!
――闘技場スペクタクラ。
『でねー、お兄ちゃんったらさー。その時ぃ』
甘えた声でスペクタクラの観客の"楽しさ"を繋ぐ、健気な少女の姿が解説席にあった。目は泳ぎ、必死に話題を探している姿が何とも痛々しいが、悲しいかなそれに気づくような者はいない。
どこ行きやがったあのバカああああ!! と叫ぶ内心をぐっと押し殺して、彼女は何とか話題を探してトークを回し続けていた。
元々この時間は今日の試合の振り返りや、次の試合への期待を煽るタイミング。肝心のフウタがどこかへ行ってしまったのでは、そのどれもが出来もしない。
何とか自分の知っている知識で語っても良いのだが、それをやってしまうとこの後に控えている登場選手紹介に支障をきたす可能性もあった。
うっかり余計な選手情報を吐いて、あとからフウタに否定されたら目も当てられない事態になる。そんなリスクをとる理由はパスタには無い。
となれば、繋ぐネタは最早ぎりぎり闘剣士に関わりのある、パスタの個人的なエピソードや経営陣の小ネタ程度しかなかった。
「パスタちゃんはお兄ちゃん大好きなんだねー」
「うちの兄貴、パスタちゃんのお兄ちゃんみたいに強くも優しくもないもん」
「でもパスタちゃんみたいになりたいし……」
その結果がこれである。
パスタちゃん目当てでやってきた子供たちはご満悦。
兄のことが大好きで尊敬していて、可愛らしく慕っている。そうでいながら自分は1人で頑張っていて、お兄ちゃんに負担をかけないように努力している。時代を先取りした"素敵なお姉ちゃん"の理想像は、瞬く間に王都へと浸透していく。
お兄ちゃんを想い、1人健気に頑張る女の子に自己投影した少女たち。
もちろん、楽しんでいるのはそんな少数だけではない。
なんだかんだとやはり闘剣士に会う機会が多いパスタちゃんは、観客からは見えない彼らの日常について楽し気に言及する。
既に残る選手の殆どが優待枠で、観客たちにとってはお馴染みの面々だ。
ともなれば、これはただのファンサービス。
結果として次から出てくる闘剣士への期待を膨らませる、しっかりした繋ぎのトークにはなっていた。
妙にお兄ちゃんの話が多いのもきっと、闘剣士と会う時にお兄ちゃん同伴だからだろう。
『――遅くなった』
『遅くなったじゃないよ!! もー、どこ行ってたのー!?』
そうして何とか繋いだ場に、ようやくふらりと現れた解説役。
人々のあずかり知らないところ、テーブルの下でふとももをつねられていたりするのだが、基本的に無表情のままだ。
なお偽妹はつねる指の方が痛くなって手を払った。
今日、帰ったら家でしばこう。
さらりとそう思った。
『さて、えーっと』
パスタはそのまま一度背後を振り返る。
階段の方へと目をやれば、メイドさんが×の描かれた看板を、くるりと○に反転させた。
どうやら準備が出来たらしい。
なお、その直後に、きらきら笑顔と共に掲げられた【るっくあっとみー!】の看板については無視した。
今構っている場合ではないと判断した彼女の視界に最後、【今日の晩御飯はお前だ】とパスタを指さすと共に脅迫じみた看板が掲げられた気がしたが、見なかったことにしておこう。
『――準備も出来たみたいだし、次の対戦カードに行こう! さあ、御次はぁ?』
『最初に言った通り、俺もパスタも組み合わせを知らないからな。戻ってきた瞬間、また俺の出番で席を外す可能性もある』
実を言えばフウタは第4試合で確定しているのだが、それは観客には知らせていない事実だ。
『そっか。そだよね。あれ、そうするとさ、お兄ちゃん』
『どうした?』
何かに気付いた様子のパスタが、恐る恐るフウタを見上げて問う。
『……あの。たとえばお兄ちゃんと他のチームが戦ったとして。その間の解説役が財務卿になるとかは……』
『どうしてリヒターさん限定なのかは知らないが、まあ組み合わせ次第で解説役は変わるんじゃないか? というよりその辺りは、お前が知らなきゃ俺も知らない』
解説役で席を外すフウタより、フウタが居ない間に誰かと解説を務めることになるパスタへ連絡が行くのは自明の理。
そう言われて初めて、苦々しい表情を浮かべるパスタである。
こんな話をしている以上、パスタも誰が来るのかなんて知らないのだから。
『うぅ……ね、ねえお兄ちゃんっ』
『どうした?』
『あたし、お兄ちゃん大好きっ。ずっと一緒に居てねっ……?』
『試合以外はな』
『お兄ちゃんのばかー!!!』
潤んだ瞳で見上げても、取り付く島もない対応だった。
割と真に迫っていたというか、半ば本心だったにも拘わらずあんまりな対応にむくれるパスタだが、フウタに言わせれば「そんな媚びた笑顔に裏がないはず無いだろう」とのこと。
「ちっ。あの魔女だったら言うこと聞く癖に」
「むしろなんでコローナはもう少し俺に頼ってくれないんだろう」
「しね」
二重の意味でしねである。
パスタのことなど気にも留めないこの反応も、コローナに対する無理解も。
ともあれ。そんな兄妹漫才をよそに、大会は次の試合へと移行する。
石畳を照らす光が眩く輝き、対戦カードの告知を人々に予感させるその瞬間。
パスタはすぐさま切り替えて、楽し気な声をスペクタクラ全体に響かせる。
『さあお兄ちゃん! 残るチームは6チームだね!』
『そうだな。その中から2チーム。あてずっぽうでもそれなりに当たるかもしれないが、どうなるか』
『お兄ちゃんは希望とかある?』
『希望ってまた随分と雑な振りだな……』
対戦カードが石畳のフィールドに提示されるまでの短い時間を、如才なく繋ぐパスタの問い。
第二試合に期待する組み合わせ。
第一試合は大盛り上がりだった。今日の会場は相応に温まったと思って良いだろう。
フウタは実際、どのチームにも相応のポテンシャルはあると思っている。それは、個々の実力で劣る『スターダスト』が『少女庭園』を下したことからも明らかだ。
そういう意味で言えば、パスタの問いの逆――つまり、興味のないカードというものは存在しない。
どちらかと言えばどの組み合わせでも楽しめるというのがフウタの正直な感情だった。
鍛錬の軌跡がその目に見えたとて、連携の歴史は目に出来ない。即ち、予期せぬコンビネーションを魅せるような相手は、フウタにとっても楽しみなのだ。
――ここでその不意を打たれて負けるという恐怖を一切覚えないのが、この男が王者たるゆえんである。
と、言いつつ。
残ったカードをフウタが想い起せば、一瞬で並べられる。
自分たちのチームを除けば残るは5つ。
イズナ・シシエンザンとウィンド・アースノートの『荒野嵐刃』
ビルとベンの『影刃兄弟』
リヒター・L・クリンブルームとフラックスの『チーム友情』
リーフィ・リーングライドとアロウズの『剣聖狩り』
そしてドローザ・グライシンガーとアンリエッタ・シコースキーの『黒猫怪盗団』
以上だ。
見たい予想と言いつつ自分のカードを混ぜ込むわけもなし、考えられるのは10通りの組み合わせ。
ぱっとそれがフウタに計算出来たわけではないが、幾つもの組み合わせを思い浮かべて、フウタは思った。
『そうだな。『黒猫怪盗団』の試合は見たい。ただ、前回の本戦出場枠でぶつかってない組み合わせの『荒野嵐刃』対『チーム友情』なんてのもまた捨てがたい。そんなところかな?』
先ほどの試合は、初出場のミオンに加えアイルーンとプリムの因縁でも盛り上がったが、やはり一番皆が興味を示したのはプリムとライラックの力比べだろう。
トーナメントという形式で実際にはぶつからなかったからこそ、どちらの実力が上なのかは気になるところだ。
タッグマッチゆえに不確定要素も多いが、それが逆に楽しみを誘う。つまり、人によって意見が割れやすいのだ。意見が割れればそれが議論を呼び、多くの説により人々はまた予想を立てて盛り上がる。
これも1つの闘剣の醍醐味だ。
フウタはそこまで考えたわけではないが、プリムとライラックの相対に熱を上げたファンが多かったことは間違いない。
ならきっとそれは、イズナとリヒターでも同じだろう。
そう考えた結果が、先のフウタの発言だった。
『なるほどー! ありがと、お兄ちゃんっ』
そう軽く言葉を交わす一瞬で、どうやら会場側の準備は整ったらしい。
こほんと咳払いしたパスタの手元に、メイドさんからさりげなく差し入れされるスクロール。裏側に書いてある『製麺機にかけてやるぜ』の文字はスルーして、対戦カードへと目を向けた。
そして、顔をひきつらせた第一試合とは裏腹に。
「へぇ」と楽し気な笑みを浮かべて。
『ねえお兄ちゃんっ。じゃあお兄ちゃんにとっては、つまらないカードかもしれないなあ』
『なんだって?』
『じゃー読み上げるからねー!!』
あっけにとられるフウタをよそに、パスタはもう一度声を整えるように喉の調子を確かめて。
こうなってはもうダメだと、フウタも仕方なく石畳のフィールドへと目をやった。
そこに映し出されていく文字は、まさしく第二試合の対戦カード。
チーム名をもう一度頭に入れて、そのタッグの顔ぶれをもう一度思い出して、フウタは1セコンでも早く情報を仕入れんと目を凝らした。
そして。
『王都アイゼンハルト闘技場、スペクタクラ第二回武闘大会。本戦、二回戦』
響くパスタの声と同時に映し出されたチーム名に、「はっ」と気炎を吐くフウタ。
公式戦本戦二回戦。
第二試合。
『荒野嵐刃』VS『剣聖狩り』
『いじわるなことを言うヤツだ。――最高のリベンジマッチじゃないか』
思わず苦笑いするチャンピオン。
『えへへ。それでは! 第二試合を行います!!』
楽し気に笑う闘技場のアイドル。
会場に、怒号のような歓声が吹き荒れる。





