31 にかいせん だいいちしあい が おわった!
――1月前。練兵場。
「うぉりゃあああああああああ!!」
プリム・ランカスタはその日も、蒼天の下で楽しく十字鎗を振るっていた。
「ぐあー」
「うわー」
「やられたー」
「最早やる気が感じられない!!!」
相手をさせられているのは、お馴染みビル、ベン、ボブの衛兵トリオ。
彼らとて決して弱くはない。
この時の彼らは与り知らぬことだが、揃いも揃って王都の武闘大会で本戦入りする実力者だ。
しかしながらこのお化けじみた体力を持つ女相手には、3人がかりでも不利なのが現状であった。
ボブの売りの耐久力は、決してスケベ魂の昇華などではなく本人の鍛錬によるもの。だからこの中では最もプリムに食い下がれるかと思いきや、実はそうではない。
彼女の体力というのは、即ち敏捷性であり集中力。
ただ動ける時間などではなく、"闘剣"をぶっ続けで行える時間のこと。ゆえに、どんなに立ち上がっても足掻いても、一発すら入れられないで時が過ぎていく。
心も折れようというものだ。
それでも毎日のように挑みかかっている辺り、彼らの根性も大したものではあるし、本戦出場もきっとその努力が実を結んだ結果なのだろう。
プリム自身、ビルとベンの素早さは評価していた。
彼らが2人がかりになれば、大物1人は落とせるだろうと。
ではなぜプリムには通じないのかといえば、それはもうただの慣れである。彼らが何が出来て何が出来ないのか知り尽くしているプリムだからこそ、今更彼らが仕掛けてきたところでどうということはない。
ただ。
「もー無理」
練兵場の砂の上。
座り込んだビルが音を上げた。
元々3人で何とか対応していたのだ、1人欠ければそれは最早鍛錬にすらならない。
だいたい誰かがギブアップするまで続くこの鍛錬は、今日はどうやらこれで終わりのようだった。
物足りないのはプリムである。
「ぶー」
長時間の鍛錬を続けて、それでもなお元気が有り余っている様子の彼女。
つまらなそうに鎗を取り回すその姿は、普段と比べてやや憂いが見えた。
普段ならば、鍛錬が終わればお腹が空いたとはしゃいで勝手に衛兵食堂の飯を漁るこの女のことだ。珍しい振る舞いに、ビルとベンは顔を見合わせた。
「……どうしたよ」
「んー? 何がー?」
「浮かねえ顔だなと思ったんだよ。普段なら飯喰いにいくだろ」
「あはは。まあお腹は空いてるんだけど」
頬を掻いて、彼女は苦笑い。
どこかその瞳に悩みが見えた。
「……3人とも強くなったなーって思って」
「お、喧嘩売ってんのか?」
へたり込む3人に対しての発言である。
ボブがそう言うのも無理はないが、プリムは緩く首を振った。
実際、彼女の言う通りだ。3人ともこの1年弱で随分と腕を上げた。他の衛兵たちから、1つ頭抜き出るほどに。
それ自体は喜ばしいことだろう。
だが問題は、事実そこにはない。プリムの言葉の真意は、その裏側にあった。
「私、あんまり変わってないなって、さ」
「……」
再度顔を見合わせる衛兵たち。
言われてみれば確かに、最初に比べて吹き飛ばされる数は減ってきた。体力が追い付かなくなるまでは、結構食い下がることも出来る。
それを成長と呼ぶのなら確かにそうだろう。
実際、プリムも鍛錬を楽しそうにこなしていた。
けれど。裏を返せば。
食い下がることが出来たということは、成長性に差があるということ。
「いや、まあ、なんつーか。初歩も出来なかった人間がまともになるのと、腕利きがさらに上達するのじゃあ、違ってもしゃあなくねえか?」
「分かっては居るんだよ? そりゃあさ。……道場に居た頃は、門下生もいっぱい居たし」
「お前みたいなのがわらわらいる道場とか悪夢だな」
集まれ、ばんぞくの森。
「でも、私の周りはその言い訳に付き合ってはくれないんだよ」
「……」
周り。
そう聞いて誰のことを差しているのか、理解が及ばない彼らではない。
彼女が優待枠として招待された第一回武闘大会の結果を見れば一目瞭然だ。
初戦で敗れたアイルーン・B・スマイルズはもちろんのこと、一回戦でチャンピオンと"最高の試合"を作り上げたイズナ・シシエンザン。そして王国最強ことライラック・M・ファンギーニに加えて、プリムはリーフィ・リーングライドのことも高く評価している。
そして何より、チャンピオン。
上を見るだけでこれだけ居る。
下から他にどんな選手が勝ち上がってくるだろう。
そう考えるとなるほど、イズナがかつて抱いていた不安というのが、少しだけ理解出来る気がしたプリムであった。
「なんだろな。じゃあ、理論とか?」
「理論かー」
あまり得意ではないし、十字槍術の総本山たる常山では、彼女は匙を投げられている。
しかしそれは見放されたのではなく、感覚で理論もどうとでも出来るからであると、細かく彼女は知らない。
ともあれ。
苦手なものでも手を出してみるべきかと思い悩むプリムに、ふとベンが口を挟んだ。
「ってかさ」
「んー?」
「そんなに気になるならアドバイス貰ってこいよ。お前だって別に、教えて貰っちゃダメってことはないだろ」
「教えて貰うって、誰にさ」
「んなもん、お前以上にお前の武術を知ってるヤツなんか1人しか居ねえだろ」
「……あ゛」
言われてみれば、というヤツだった。
自分で鍛錬を積んでどうにかすることしか頭になかったプリムにとって、誰かから伝授される発想などない。
ましてや自分が常山十字槍術の免許皆伝を貰っていればこそ、あとは自分で探すしかないと思っていたのだ。
だが、同じレベルかそれ以上の実力を持つ人間は、確かに居た。
「それとも何か。あいつ、"俺が最強のままでいるために誰にも何も施さねえぜ"みたいなヤツだったっけか」
「……むしろ、逆かな」
どちらかといえば、誰か俺と対等に戦ってくれ、というベクトルだった気がしなくもない。
そして、噂をすれば何とやら。
その男はヒモであり暇人だ。
ふらっと練兵場に現れることも決して不思議ではない。
「あれ、どうしたんだみんなして。鍛錬終わった?」
「ちょうど良かったぜフウタさんよぉ」
「そうだそうだ、さっさと吐いて貰おうか」
「ガラ悪いな!?」
へたり込んだままというのが、いまいち恰好がつかないが。
小さく吹き出したプリムが、目を白黒させるフウタに向けて問いかけた。
「あのさ、ちょっと聞いてもいいかな」
――私の十字鎗に足りないものを。
――闘技場スペクタクラ。
ばきん、と嫌な音を立てたのは何だったか。
それを誰もが認知した時には既に、上空を舞う得物の姿。
あっ、と驚く人々の声が合わさって、それこそ歓声のように「わっ」とスペクタクラ中がどよめいた。
『ああああああ!!』
『――なるほど』
パスタちゃんもこれには大慌て。
しかし隣に座る青年は冷静に状況を見据えて顎を撫でた。
折れるような得物はこの場にふたつしか存在しない。
そのうち1つは、ライラック・M・ファンギーニのコンツェシュ。細身であるからこそ折れやすいその剣身は、しかしライラックの丁寧かつ慎重な技巧によってその弱点をカバーしている。
そしてもう1つの得物はプリム・ランカスタの持つ十字鎗だ。
刃の部分こそ少ないが、逆にそれは柄の部分に多く負荷がかかるということ。
そして――今この場に、武器破壊の技巧を持ち合わせた者は1人しか居なかった。
《宮廷我流剣術:雪》
『――ライラック様、ここに来て前回の技を自己流に仕上げてきていたのか』
『なるほど!! お兄ちゃんのコンツェシュを折ったあの蹴り!?』
『ああ、だが宮廷剣術とはまた違う――』
宙を舞ったのは、十字鎗だった。
ちょうど柄の半分から先、十字鎗の刃の部分を含む上半分がくるくると回転し空へ飛んだ。
それはそれは鮮やかな連携だった。
《常山十字:導星》
その脅威は確かにすさまじいものがある。2人がかりで攻略しにかかって、ようやく崩せるかどうか。プリムという武人1人にかかりきりになるリスクを考えれば決して喜べる選択ではない。
だがアイルーンとライラックは敢えてその道を選んだ。
何故か。
そんなもの、崩せる自信があったからに決まっている。
「――確かに素晴らしい防御技なのでしょう。ですがそれは、得物があればの話」
冷静なライラックの瞳。
振り下ろされた十字鎗の刃を、敢えてコンツェシュで受け止めたライラックは、膠着状態になるのも厭わずにそこで踏ん張った。
その瞬間に割り込んできたアイルーンの踵落としが、見事に十字鎗の柄へと炸裂する。
その瞬間、合わせるようにライラックは自らも足を振り上げ、プリムの手に近い部分の柄を蹴り上げたのだ。
くの字になるよう衝撃を与えられた十字鎗――ましてや折り手が格闘術にて王国最高を誇るアイルーン・B・スマイルズということもあって、あえなくぽっきりと折られることとなる。
決して十字鎗は硬い武器ではない。むしろその柄のしなやかさ、柔らかさこそが武器になる代物だ。
であればこそ――いつかも。
イズナ・シシエンザンとの戦いで、拳に粉砕されたのだ。
――ああ、それもよく覚えている。
『プリムの鎗に足りないもの? 十字槍術としては完璧なんじゃないか? まあ強いて言うなら殺しの技って話だけど……それは闘剣じゃない、ってお前なら言うだろ?』
『……うん。それは、甘えだと私は思う』
『なら、そうだな。十字鎗は確かに、どんな武器にもなる最高の武器だと謳っているが、俺はまだ完璧じゃないと思ってる』
『なんだとー? 突けば鎗、振るわば剣、引けば鎌、振り下ろせば槌、殴れば棒で石突は拳……だよ? 他になんかある? 髪引っ張るとか?』
『なんでそんな急にダーティなんだ。浮くだろその並びじゃ。そうじゃなくてな』
確かに、あの時相談して良かったと、プリムは口角を緩めた。
イズナに粉砕されたことを想えば、この先何度でも武器を折られることはあるだろう。長柄の弱点としてどうしても付きまとう問題だ。
「――プリムさん!!」
「――行きますよ」
「――終わりですわ」
鎗を折られ、体勢が崩れたところに飛び込んでくるアイルーンとライラック。
彼女らの攻勢は鋭く、それは戦闘嗅覚が優れていることの証。
好機と睨んだ時に攻めてこそ、強者は強者足り得るがゆえに。
手には、石突が付いた"短い鎗"。
落ちてくるのは、十字刃の付いた"短い鎗"。
「っ!」
先に異変に気が付いたのはライラックだった。
流石に自らの危機察知能力を常に磨いてきただけはある。
思わず踏み止まったライラックは叫ぶ。
「待ちなさい、アイルーン!!!」
「っ!?」
何を、と思うがもう拳は放たれた後だ。
それをプリムは、手に握ったままの折れた鎗で受ける。
当然のことだろう、それしか対抗策は無いのだから。
そう来ることもアイルーンは読んでいた。だからそこまで警戒はしていなかった。――だが。アイルーンもすぐに察する。
何故彼女は、左手だけで受けたのか。
「……貴女っ!」
まさか格闘術か、と疑うも、プリムの右手は開かれたまま。
ならば答えは1つしかない。
落ちてくる、十字鎗。
『二刀流の強さだけは、再現出来てないな』
『――二刀流。……確かにそれはそうだね! 十字鎗一本でこれだけ強いんだもん! 二本あれば最強じゃん!! なんで気付かなかったんだろう!!』
『えっ、あの、おい?』
『ありがとフウタくん!! これからは、2本の鎗を使うことにするよ!!』
『おーい……』
『よーし、それじゃあさっそくっ! ……。……。……重い』
あの日は、断念した。とりあえずは今のままにして、後で考えようと思った。
確かに二刀流の強さは再現出来ていないまま。
十字鎗が最強で最高の武器だと言うのなら、確かにフウタの言う通り"二刀流"の強さもどこかで再現出来ればいいなとも思っていた。
だが常山十字槍術云百年の歴史の中で伝わった"至高"の鎗を、プリム1人でどうこう改良など簡単にできたものではなかった。
もしかしたら、プリムやフウタに思いついたのだから、他に考えた人間もいたのかもしれない。
だが結果として十字鎗の良さを殺すことになってしまっていた。
鎗一本だから出来ていた取り回しが、出来なくなっていた。
だからお蔵入りしていた。
けれど。
「短い鎗2つ、か。なんでだろう。凄くしっくりくるね」
「そんな――付け焼刃で!!」
くるりと片手で取り回し。1本の時と同じくらいの重さでどうにか出来る。
石突を利用して跳躍したりといった芸当は出来なくなったが、地に足付けて防御に振るならこちらの方が良いかもしれない。
アイルーンの言う通り、これは付け焼刃の技術だ。
右手に短鎗、左手に短鎗。
正確には左手は、石突しかついていないから鎗というにはお粗末だが――咄嗟の鎗としては問題ない。
「まずい――」
「させませんよ!!」
何かを察したライラックが前へ出ようとする一瞬を、ミオンの牽制射撃が妨害した。
アイルーンは付け焼刃と断定した。実際その通り、プリムは二鎗の鍛錬などろくに積んでいない。
だからライラックも、何故自分がこうも焦っていたのか分からない。
ただ悪寒がした。
それだけだ。常山十字槍術については丁寧に調べ上げた。武器破壊が確実に有利を取れると思って動いたのだ。実際、導星を破る手段として一番の最適解はこれだった。そのはずだ。
だから問題は――鎗を折られたことに全く動じていないプリムの存在ただ1つ。
『――普通に考えておかしいと思わないか?』
『え、なんのこと?』
『20歳にも満たない女の子が、常山十字槍術なんていう天下の鎗術を"免許皆伝"で修めていることだよ』
『あ、今更それ!? 気になってはいたけど……変に流派に喧嘩売りたくもないし……』
『別にそんな危うい話じゃないさ。ただ――彼女は十字鎗の特性を誰よりも早く感覚で理解した。つまり、どんな武器でも自在に扱うことの出来る天才だったってこと』
『十字槍は、全てを網羅した完璧な武器……って言ってたよね、お兄ちゃん』
『ああ。だから何が言いたいかって言うとだ。別に彼女は、"十字鎗の天才"じゃないって話だ』
どんな得物も扱えるからこそ、その時その時に応じた引き出しが持てる"十字鎗"を好んだ。
逆に言ってしまえばそれだけの話なのだ。
ならば、彼女の"付け焼刃"に。
いったいどれほどの隙があろう?
《常山十字"我流":撃滅一閃》
しゃがみ込むような低い姿勢。
そこから放たれる、片手だからこその最速の一撃。身体ごと飛び込むようなその速さは、天下八閃最速の女が"たった今"さらに磨いた一撃だ。
「なっ……!!」
「――短い鎗、2本。なんだか、今ならもっと高みに行ける気がするや」
目の前に、彼女の顔。
喉元に突き付けられた刃。咄嗟に放とうとした蹴りは、左手の鎗に押さえつけられて動かない。
「……こ、れは」
一瞬のことだった。
故に、ライラックもミオンに"一瞬"を作られてしまった。
レフェリーが手を上げる。
爆発的な歓声と怒号がスペクタクラに満ちる。
優勝候補の脱落と、そして。
勝者誕生の瞬間だった。
――勝者、『スターダスト』
一番ヤバい時期は切り抜けたので、また元に戻るかと思いつつ……もしかしたらこの先は土日休みになるかも。今週、というか明日明後日は多分更新します。





