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たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして。  作者: 藍藤 唯
たとえば俺が、欲しかったはずの生きたい理由を見失っていたとして。
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29 にかいせん だいいちしあい は おわらない!


 ――大会より遡ること10日ほど。



「今回は秘策があります」

「秘策……ですか?」


 楽しげにコンツェシュを抱きかかえた少女は、普段の聡明ぶりとは無縁の無邪気な笑みを浮かべて、正面の青年と語り合っていた。


 時刻は昼過ぎ。

 執務の合間を縫って行う"手合わせ"も、大会前はこれで最後。


 王女ライラック・M・ファンギーニの仕事は多岐に渡り、その殆どにおいて彼女は苛烈であり厳格だ。

 王女を知る少数には怖れられ続けているその辣腕は、こうして剣を振るうなどという娯楽に向ける時間は本来無い。


 それでもこうして手合わせを欠かさずに居られるのは、ひとえに"武闘大会"という言い訳あってこそ。


 美しいという言葉がよく似合うこの第一王女が時折見せるその年相応の笑みは、銀世界のような髪に隠れた幼顔が少しばかり強調される数少ない可愛らしい瞬間で。


「ええ。ですから、次こそ貴方を倒します」


 事実として、彼女の胸の内ではフウタへの対策が入念に練られていた。今度こそ勝つというのもまた、決して不可能だとは思っていない。


 自信に溢れたその一言は真っ直ぐで、フウタの眦が僅かに下がる。


 前回大会でも相応に追い詰められた。

 あれだけ会場が沸いたのも、激闘であったからこそ。


 "次は勝つ"


 その言葉が心に響いたのは、不思議な気持ちだった。

 その言葉が信じられたのは、不思議な感覚だった。


 引き締まりながらも、弧を描く口元。

 満足気なライラックに対して、フウタも頷く。


「それは、楽しみですね」

「……です、か」


 万感の想いを込めた、"楽しみ"。

 フウタに敗北は許されない、だがそう言ってくれる彼女の存在がありがたい。複雑な心境のもとで吐露されたフウタの言葉に、ライラックは目を細めた。


 いつかのこと。

 ライラックはフウタに告げたのだ。


 期待させてくださいと。あの日、出会った時から。


 あれから1年。フウタは確かに、ライラックの期待に応えてくれている。

 十分すぎるほどに。


 星々の下の誓い。


 そして、花火の夜の想い。


 目を閉じれば鮮明に思い出せる数々の記憶は、口には出さないが確かな宝物だ。


 けれど、だからこそ分かることもある。



 今のフウタはきっと、ライラックに期待しているのだと。



 これまでの人生で、果たして期待をその肩に乗せて闘ったことがどれだけあっただろうか。

 フウタには口で言いながら、実感は無かった。


 けれど、とライラックは思う。


 なるほど。命を救われて己を恩人と呼び、御前試合の場に立った彼が背負っていた"期待"は。


 こんなに重いものだったのか、と。














 ――闘技場スペクタクラ。


 地鳴りのような歓声が響き渡る。


 十字鎗の合間を縫ってするりと現れる、変幻自在の踊る短剣。


 その厄介さに視線を鋭くしながらも、ライラックの思考は酷く落ち着いていた。


「想像以上に、やる気でしたね」


 弾きあげられたコンツェシュを、握力でどうにか手の中に維持したまま。

 跳び下がると同時に見据える先には、プリムの後方にて佇む執事服の少女の姿。


「ええ。私自身、驚いていますが……」


 その言葉は本心のようだった。

 いつも崩れない微笑みと、そして落ち着いた観察眼。武人としての実力というより、暗殺者としての適性が高い――元楽団(オルケストラ)の殺し屋、ミオン。


 ライラックの調べた限りの情報と、それからアイルーンとの交戦記録。

 今回は自分に土をつけたアイルーンへの宣戦布告かとも思っていたが、どうやらそうではないらしい。


 周囲を見渡し、どこか不思議そうな顔をする彼女の瞳には、はっきりと観客たちの姿が映っている。


「どうやら、ただアイルーンに借りを返したいだけではないらしい」


 闘技場スペクタクラの熱。

 審判として入ったことはあったけれど、こうして熱戦の渦中に放り込まれればなるほど、気分も昂揚するわけだ。

 プリムがあれほどまでに闘剣に執着すること、そしてあの日折れてしまったこと。その両方が分かる気がして、ミオンは笑った。


「少しばかり、楽しいみたいです」

「自分のことを、他人事のように言うのですね」

「――あら。殿下にも経験があるのでは?」


 す、とライラックの瞳が細まる。


 それはきっと、冷たい王城での日々を揶揄しているのだとすぐに分かった。


「安い挑発ですが。敵に回して良い人間をはき違えたなら、相応の報いが必要ですね」

「それ挑発に乗ってませんの?」


 呆れたように、ライラックに並び立つのは"金"。


 一瞬、視線を交錯させて。アイルーンはさらりと髪を払い、プリムの十字鎗を正面から拳で迎撃する。


「ライラック王女、今日は随分と沸点が低いようですわね」

「……ええ、まあ。自覚はしていませんでしたが、どうやら今日は冷静ではないみたいです」

「理由は分かっていますの?」


 この間も、プリムの攻撃とミオンの連携は決して止んでいるわけではなかった。


 だというのにこうして呑気に言葉を交わしていられるのは、個々の実力の高さ故か。


 一瞬合ったその目に、ライラックは肯定の言葉を返す。

 見つめ直してみれば、今日の自分は少し歯車がズレていた。


「――はい」

「まあ、それなら勝手に調整してくださいまし」

「そうですね」


 がん、とプリムの十字鎗を蹴り上げるアイルーン。

 合わせてアイルーンの方へ飛んできた短剣を、ライラックは冷静に突き返す。


「うーわー。余裕だね。こいつら」

「そういう貴方も楽しそうですよ、プリム」

「えへへ。まあね!」


 そう。

 ライラックとアイルーンもこうして呑気に会話を続けていたが、本当におかしいのは目の前に立つこの十字鎗を持った蛮族だ。


 言ってしまえばミオンは中衛。彼女の技には苦戦することもあるが、もしも先ほどの逆――アイルーンとライラックでミオンを狙うようなことがあれば、おそらくすぐに決着はつく。


 そうさせまいとしている、2人の前に立ちふさがっている者こそが常山十字の輝夜姫だ。


 以前も脅威だとは思っていたが、なるほどこれは厄介だ。

 あまりテンションの上がっていないアイルーンと、少しから回っていたライラックでは少しばかり不利な状況。


 いっそのこと背後からアイルーンぶん殴って血でも流させた方が早いのではないか、などと要らぬ思考が頭をよぎる。


 とはいえ。


 プリムの天真爛漫な笑顔は、本当にこの"闘剣"を楽しんでいることを感じさせた。


 見据えた先で身構える彼女は、いつでも《導星(ほししるべ)》を繰り出せるように様子を窺っている。

 あれで足止めされて、ミオンでフィニッシュ。

 おそらくはそれが最初から考えている戦法なのだろう。


 そのくらいは当たりが付いた。そしてそれなりに厄介だ。

 分かっていても対処が難しい。種が割れているからといって攻略できるほど彼女らの技量は安くはない。


 そう思うと自然と、ライラックの頬も緩んだ。

 

「……確かに、貴女たちとの戦いは楽しいですね」

「そーぉ?」


 それは先ほどの、満天と雨のぶつかり合いでも思ったことだ。


「――前回の武闘大会、フウタとの試合しか記憶に残りませんでしたし」

「あー……」


 別に忘れ去ったわけではないが、闘剣の想い出にはなっていない。なんせ相手はあのボブである。


 その耐久性には目を瞠るものがあったかもしれない。しかし闘剣の醍醐味とも言える、技術の比べ合いはそこには無かった。

 正直に言えば、アイルーンとプリムの試合を羨ましく思ったものだ。結果はどうあれ。


「ですが」


 ただ、そう。


「ここでの楽しみ以上に、わたしは先に進みたい」

「……」


 プリムの口角が僅かに上がる。

 アイルーンも片眉を上げ、ミオンも表情を引き締めた。


 ライラックの闘気が、膨れ上がる。


「だから、本気で行きます。遠慮しません」


 ――いつか、チャンピオンになってみたい。


 その願いは決して、今日明日で終わるようなものだとは思っていないけれど。


 だからといって、今日明日に積み上げたものをぶつけない理由にはならない。挑戦しない理由にはならない。もしかしたら今回に越えられるかもしれない。


 そう思って毎回ぶつかってようやく、あの高みに辿り着けると本能的に分かっている。


 それに。



『俺の曲ですか。……そうですね。今どこに居ようと、俺がチャンピオンをやれているということが届くような……そんな曲が良いです』



 あの人が、自分ではない誰かを見据えたままでは、我慢がならない。





「ですから、勝つ為に力を尽くします」





 雪の瞳に灯る焔。


 その"勝ちたい"という意志が、正面からスターダストへとぶつけられる。


 ミオンは息を飲み、そして強気に笑ってみせた。


「踏み台としか見ていないなんて。足元をすくわれますよ?」


 凄まじい闘気は、アイルーンと正面切ってぶつかった時かそれ以上。

 なるほど"王国最強"の名は伊達ではない――。



「良い気迫ですわね。それならまあ、わたくしもちゃんとやりましょうか」

「ちゃんとやるつもりもなかったと?」

「ええまあ。タッグマッチと言えば聞こえは良いですけれど……どちらかを倒せば終わりだなんて、死合にならないではありませんの」

「どのみちなりませんよ。諦めなさい」

「……まあ、良いですわ。わたくしも――借りを返す相手なら、居る」


 アイルーン・B・スマイルズの視線の先。

 そして、ライラック・M・ファンギーニの見据える先。


 十字鎗を構えた少女が1人、くるくるとその得物を弄ぶ。


「えへへ」


 その正面からの2人の気迫を受けて、笑う。

 それはもう楽しそうに、放課後にグラウンドを駆けまわる、貴族の子供のように。


「王女様に、アイルーン。2人とも本気かぁ。……いいねぇ」


 ああ、十分に楽しい。

 でも。


「勝ちたい、先に進みたい。――その気持ちは受け取った。じゃあかかってきなよ。でも――それじゃ私は絶対に止まらない」


 す、と正面きって切っ先が向けられる。


 常山十字の輝夜姫は、口元に薄く弧を描く。


「殺しはないけど――殺す気で行くから、死なないでね」


 ああ、なんとなくそんな気はしていた。

 ライラックは目の前の少女の闘気に、少なからず"納得"を覚える。


 1年前と同じようで、違う。

 否、前回の武闘大会とも違う。


 彼女を脅威と感じていた最大の理由は。


「――なるほど。何かしましたね、アイルーン」

「された、という方が正しいですわ。まあでも。ライラック王女が本気で、プリムが殺しに来る気なら」


 ぺろり、舌なめずりを1つ。





「あ゛はっ……」






「――楽しめるではありませんの」


 先ほどまでは軽くじゃれる程度だった、プリムとアイルーンが正面切って相対する。

 そして次の瞬間、アイルーンの姿が掻き消えた。


 ばきん、と響く鉄の音。

 その放たれたアイルーンの蹴りが、十字鎗の刃で受け止められていた。戈が鋏のように足を止め、ほんの僅かにずれていれば足甲に守られていない部分を削ぎ落されていた。


 その、死線の感覚が心地いい。


「ふう、危ない危ない。足切り落とすところだったよ」

「……殺す気と言いながら、何故そんなに温いことを」


 言うのかと、目を向けたその先で。

 プリムの、瞳孔が開いた、狂ったように楽しそうな笑みがアイルーンを穿つ。


だから(・・・)気を付けてね(・・・・・・)

「あ、あはは!! そう来なくては!!」


 相手の強さに対する"信頼"。

 それがプリムの技の冴えを一段階さらに引き上げている。


 常山十字槍術は、元々殺しの技だ。

 その天才が、王都という場でさらにその腕に磨きをかけた。


 自制は必要ない。相手の技量を信ずるならば。


「――さて、やりあいましょうか」


 静かにライラックが視線を向ける先に、状況を冷静に推し量るミオンの姿がある。

 アイルーンとプリムがぶつかった時も、酷く落ち着いた様子であったミオン。おそらく彼女は、プリムの思考を既に理解している。


「流石は、《楽団》で唯一、部隊を率いていただけありますね」

「人には挑発するんですね、殿下」

「さて。わたしはただ、お手並み拝見と言っただけですが」

「そうですか――では」


 ミオンは決して、実力が高いわけではない。


 だが、彼女は"指揮官"だ。

 目の前にプリムという駒がある以上、彼女の本領は発揮される。


「殿下が練ってきた作戦と、私たち。どちらが強いか、試しましょうか」

「――練ってきた作戦?」

「とぼけなくても構いませんよ。アイルーンなどというじゃじゃ馬を抱えた殿下が、手ぶらでここに来るはずがない。ましてや先ほどの強い勝利への意志。――貴女ほどの人なら、全ての対戦相手への戦略を、既に立てているはずです」

「……なるほど?」


 果たして、それは事実であった。

 よく見ているものだと感心もする。

 ミオンという秘書が常に自分を観察していたことは知っていた。何せ、リヒターにとっても最大の敵であろうから。


 だから、これは挑戦だ。


「つまりあれですか?」


 つまらなそうに、足元に転がった小石を蹴る。

 アイルーンが先ほど地面を割った名残りだろうと判断して――しかしそんな余計な思考は、すぐに隅へと追いやって。


「わたしが立てた作戦を、貴女は土壇場で崩せると?」

「良いことを教えてあげましょう、殿下」


 "指揮官"は強気に笑う。

 そして、


開演(ファンファーレ)



 放った糸が、激突しているアイルーンとプリムの方へと迸る。

 そして。


「くっ」

「そこお!!!」


 一瞬の隙を作りだしたミオンの短剣に虚を突かれ、プリムが独楽の如く回転しながら叩きつけてきた十字鎗をもろに受けた。


 吹き飛ぶ彼女に目を瞠るライラックに、ミオンは告げる。


「現場には現場のやり方があるんですよ。そして」

「……なるほど。実力が拮抗しているのなら、介入も最低限で済むと。そうすれば、プリムが一瞬でわたしたち2人を薙ぎ払う」

「そこで正解を言うのは、貴女のように現場よりも上でものを言う人間だけですよ」

「です、か」


 ならば、とライラックは告げる。


「わたしは教えてあげましょう」


 どん、と鈍い音がして、ミオンが思わずライラックから視線を移す。その先には、地面にたたきつけられたところから反動で立ち上がり、プリムを潰さんと狂喜的な笑みを浮かべて突っ走るアイルーンの姿。


「わたしたちの作戦は最初から1つ」


 コンツェシュを構え、ミオンから身体を逸らす。

 まるで眼中に無いとでも言うように、剣を振りかぶるその先に。


 拳を握りしめたアイルーンが、ちょうどプリムに相対して。



 ライラックは言い放った。



「2人がかりでプリムを落とすことだ!!」



 アイルーンが跳躍する。ライラックが刺突を真っ直ぐ放ってくる。


 その光景が、あんまりに楽しくて。



 プリムは、笑った。





《常山十字:導星(ほししるべ)





 対人において圧倒的な防御性能を誇る、常山十字最高の技に。


 高火力の闘剣士2人が、真っ向から打ち破らんとぶつかり合う――!

【祝・本日第二巻発売!!】

 ライラックほどではありませんが、忙しい合間を縫ってこうしてWEBの更新を続けていられるのは、ひとえに書籍をご購入してくださっている皆さまあってのことです。


 趣味を続けるにも言い訳が必要な世知辛い世の中ではありますが、現実とはそんなものです。

 売れてくれなければ、その言い訳も使えなくなるもので。

挿絵(By みてみん)

 とはいえ幸せなことにこの作品は重版にも漕ぎつけることが出来、2巻も本日発売いたしました。

 収録されているのは第二章&more。コローナの最初の物語。

 今回も霜降さまのイラストが大変すばらしいことを含め、書籍としての体裁に合わせて色々頑張りました。

 また帯裏にはまた皆さまの感想コメントが載っていたり、特典もまた描き下ろさせていただいたり。


 そんなわけですのでこの700円ちょいの品、是非ともご購入いただければ幸いです。感想欄を挟んで下に特設サイトのリンクもありますので、是非御覧くださいね!


 また、まだ告知できませんがちょっとしたキャンペーンのご用意もございます。

 書籍をご購入していただいた上で、もう少々お待ちくださいー!

 初速が結構大事なので、買うのは買っちゃっていただけると嬉しいです! 寒くなってきたけどね!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >『俺の曲ですか。……そうですね。今どこに居ようと、俺がチャンピオンをやれているということが届くような……そんな曲が良いです』 >あの人が、自分ではない誰かを見据えたままでは、我慢がならな…
[良い点] 二巻も最高だぜ! 特にモッピーがボロ雑巾みたいな扱いだから最高だぜ!
[一言] 楽しいなぁ……ああ、楽しい!
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