25 フウタ は けいえいしゃ と はなしている!
――歓声が吹き上がる。
『おおっとおおおお!! 下剋上!! 優待枠のボブ擁する『捧ぐ祈り』、ここで脱落だあああ!!』
『名前聞く度に腹立つな、ほんとな』
『そんなこと言ってる場合じゃないよ!! 今大会初、予選通過者が優待枠を上回ったんだ!!』
拳を握り、吼えるように実況を展開するパスタ。
その横で、彼女の指示通りゆったりとした余裕を持って解説を進めるフウタ。
大会が本戦に足を進めてなお、このポモドーロ兄妹の味はブレることがない。
観衆の声援を貫き紡がれる言葉は、試合を終えたドローザたちの関心をも買っていた。
『それは、そうだな。正直、ドローザたちの作戦勝ちと言っていいだろう』
『作戦? 実力とか、力比べとかじゃなくて?』
『もちろん『黒猫怪盗団』の実力を否定したり、優待枠を贔屓してるわけじゃない。逆だ。特にドローザは、自らの手札を伏せたまま一回戦を突破することが出来たんだ』
おお、とどよめく会場。
よもや隠した手の内までここで明かそうというのではあるまいなと、苦々しくも楽し気にハットをかぶり直すドローザ。
そんな闘技場中の注目を買って尚、この解説はどこ吹く風だ。
否、そういう風に、この妹は誘導している。
『優待枠を倒すばかりか、手の内を隠して……え、これはとんでもないダークホースの予感!!』
『予選見てきた人達にとってはむしろド本命だろうな。ははは』
その、ともすれば情けなくも聞こえる笑い。
日常生活に挟まれれば面白半分に聞き流してしまいそうなその台詞はしかし、チャンピオンが放てば意味合いが変わってくる。
だってそうだろう――次に当たるかもしれない脅威のはずだ。
ドローザの手の内が分からなければ、困るのは彼自身であるはずだ。
なのにこのいつも通りの進行はまるで――フウタにとっては、何も問題がないかのようで。
『もー! 笑いごとじゃないよ! 大丈夫なの、お兄ちゃん!?』
『大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、まあ大丈夫だが。そうだな、強いて言うなら』
その余裕が、大衆の目には強く頼もしく映り。
そしてまた、パスタにとっても目論見通りで楽しくて。
『――楽しみではあるな』
着々と、彼は王者の風格を身に付けつつあった。
――パスタのおうち。
紅季の風物詩というべきか。
日が暮れて、楽しい夕食を終えたあとは美しい星々が空に瞬く。
涼やかな虫の音色が、人々の眠りを邪魔しない程度にそっと奏でられる夜の時間は、案外と居心地が良いもので。
ふと庭へと繰り出したフウタは、ぼんやりと目で空を楽しみ、また耳でその音を楽しみながら、すこしばかりこの先の闘剣について思いを馳せていた。
一回戦は順当に突破した。
だが本命はこの先であると、フウタ自身も予測している。
リブラとのコンビに不安があるわけではないが、今日は"優待枠"の試合を数多く見て思うところがあった。
即ち、タッグマッチにおけるノウハウだ。
決してフウタは経験豊かというわけではない。むしろ初めてに近いこの試合形式。
どちらかが脱落すれば敗北と、口にすればそれだけの話ではあるものの。その戦略性はシングルマッチの比ではない。
1対1を二つ作ることにより、地力での戦闘を強要するスタイル。
コンビネーションで翻弄するスタイルに、上手く2対1を作って追い詰めるスタイル。
他にも様々――今日だけで、皆が皆さまざまな戦略を考えているのがよく分かった。
その点、フウタとリブラはただの力押しだ。
それで勝てるのだから構わないとも言える。けれど今確かに実感していることはあった。
勝利への努力。チャンピオンに勝ちたいという想い。優勝に懸けるその心。
そのどれもが、フウタを超えていくような奇妙な感覚。
不思議と苦しくはなかった。
焦りが無いわけではないが、それ以上に楽しみを覚えている自分が居ることを、彼は自覚していた。
「……負けたいわけじゃないんだけど」
それでも、いつかパスタに言われた言葉が去来する。
本当に人気の闘剣士は、負けるものだと。
勝ち続けることは決して正解ではないと。
そう彼女は言っていたし、その言葉に衝撃を受けもした。
自分の努力はいったい何だったのだろうと、途方に暮れたのも事実だ。
もちろんその後の彼女のプロデュースによって、実力も人気も、本当の勝利を勝ち取れたのだから、その苦々しさは払しょくされたわけではあるが。
ただ、そう。
だからこそ。
自分の強さを脅かすものが、コロッセオ時代に比べてはるかに楽しみなのもまた事実なのだ。
「――まだ負けて貰っちゃ困るわよ」
「起きてたのか」
「寝るのはあんたより遅い方が多いっての」
ざ、と芝を踏みしめる音。
屋敷の方から進む足音は軽く、そして歩幅が狭い。
誰のものかなど、声を掛けられる前から分かっていた。
「虫がやかましいわね」
「そうか? 聞き心地が良いし……ぐるっと周りから音がする当たり、夜の闘技場みたいな感覚するけど」
「センス無いわね。あとなんかやらしい」
「なんでだよ!」
けらけらと笑う彼女と隣り合う。
夜の庭で2人。いつ以来だろうかなんて、思い返すまでもない。
『――あんたの重荷になんか、絶対になってやらない』
綺麗な花を知った日。
ちらりと隣に目をやれば、こちらを見上げるように青の双眸がフウタを捉える。
「なに?」
「いや、別に。あー、明日から"優待枠"同士もぶつかるな」
「……ま、そうね。驚くほど順当な結果でつまらなかったケド、普通はこんなものよね」
「そうぽんぽんとアイルーンみたいなのが出てきてたまるか」
予選通過者で生き残ったのは、ドローザたちと、なんとビルとベン。
それ自体は確かに意外性があるものの、あれだけ多く用意した予選通過者枠は一瞬で優待枠に敗れたと言える。
だからこそアイルーンを引き合いに出したのだが――そこでふとフウタは小骨が喉につっかえたように口ごもった。
どうしたのかとパスタが視線を向ければ、緩く彼は首を振って。
「いや……知り合いが居たもんだからさ」
「ああ、フラックスだっけ」
「そうだ。まさかとは思ったんだけど」
「随分身なりが良かったわね」
「まあ、金がないことはないんじゃないか?」
「そう?」
財務卿と組んでいたこともある。
フウタがライラックから多くを買い与えられたように、リヒターから便宜を図って貰った可能性を考えていたパスタだが。
フウタからすれば、別段不思議な話でもないようで。
「元から結構しっかりしてた感じだったし。俺は殆ど話したことないけど」
「……ま、そうね。しっかりしてない闘剣士が多すぎたのは事実ね」
「それは否定できない」
プリムに、イズナに、アイルーン。
「でも身なりが良いで言えばアイルーンもそうじゃないか?」
「あの服が自作なことくらいは見れば分かるのよ。フラックスのは、結構良い生地使ってる」
「普通に銀行で金下ろしたんじゃないか?」
「………………」
探るような目つきが、フウタに突き刺さる。
どうかしたかと首を傾げれば、彼女は緩く首を振った。
「いえ、別に。ちょっと気になることがあっただけ」
「言えよ」
「必要になったらね」
軽くあしらうような発言に、フウタはやれやれと肩を落とすと。
もとよりするつもりだった話に、軌道を戻した。
「俺は特にフラックスとは接点が無かったんだけどさ」
「うん」
「元から、微妙に避けられては居たんだ。話したこともないんだけど、話しかけようともされなかったというか」
「……それで?」
「スペクタクラでもそれは変わらなかった。だから多分、彼がこの街に来た目的は俺じゃないんじゃないかとは思うんだけどさ」
「…………判定が微妙なところだけど、まあその可能性もあるわね。口にしてみれば結構自意識過剰にも聞こえるし」
「むしろ自意識欠落気味だったのに、プリムやらイズナやらのせいで逆に過剰になっちゃったよ」
「いやあんた自身のせいでしょ」
「それ言っちゃう?」
そうなんだけどさ、と参ったように呟くフウタ。
イズナたちの目的がフウタであったからこそ、過剰気味にもなる自意識。とはいえ、それは巡り巡ってフウタの行いに起因するものだから、彼らを責めるわけにもいかない。
とはいえ、論点はそこではない。
「……プリムから聞いてたんだけど。こうしてみるとやっぱり思うところはあるんだ」
「思うところ?」
「……コロッセオ、今どうなってんのかなって」
想いを馳せるように、目を細めて空を見つめる。
『……私を含めて、チャンピオンへの挑戦権を持っていたメジャークラス――【天下八閃】は1人を除いて全員がコロッセオを辞めた』
『7人も!?』
『そうだ。今、コロッセオの興行収入は致命的な打撃を受けているよ』
輝く夜の姫の言葉が、ふと甦る。
嘘をついていると思ったわけではないが、現実味があったわけでもない。
ただこうしてまざまざと見せつけられると、思うところが無いこともない。
「1人でコロッセオを支えてるヤツが……いるはずなんだ」
「なるほどね。捨てた場所にも、意外と未練があるわけ?」
「捨てたんじゃなくて、追い出されただけだからな。未練というか……郷愁、かな?」
未練があるかと言われれば、フウタは首を振る。
後悔は山ほど積み上がっているけれど、戻りたいとは思わない。
フウタにとってのコロッセオとは、そういう場所だ。
「――たまに思ったりするんだよ」
「何がよ」
「お前があの場所経営してたら、どうなってたかなーって」
「…………へぇ。残酷なこと言ってくれるじゃない」
「残酷?」
「別に、こっちの話」
まさか本当に経営していたり、経営しようとしていたわけでもあるまいとパスタを見れば、彼女はどこか遠い目をして、星を睨んでいた。
「……まあでも、そうね」
「ん?」
「少なくとも、スペクタクラなんて無かったんじゃない?」
「……そっか。それもそうだな。じゃあ、無くていいや」
「勝手なヤツ」
ふん、と鼻を鳴らす彼女。
もしもパスタが――ベアトリクス・M・オルバがフウタの居た時代のコロッセオの経営者だったなら。
ここまで紡いできた軌跡は全て存在しなかっただろう。
それこそ、フウタが追放されるところから――フウタが不人気の王者であるところから。
だからもしもだ。
そしてベアトリクス・M・オルバは、もしもの話に興味がない。興味を、持ちたくない。
「ま、その分も盛り上げるのがあんたに今出来ること。……そうね、いつかやれば良いんじゃない?」
「何を?」
「コロッセオが落ち目ならチャンスよ。伝統と格式あるコロッセオと肩を並べられるとしたら、そういうタイミングだもの」
「……肩を、並べる?」
「交流戦でも何でもすればいいじゃない。違う?」
思わず息を飲むフウタに、パスタは不敵に笑う。
「それはそれで金になりそうな話だし。最後に名実ともにスペクタクラがナンバーワン、って堂々言える証拠にもなるし。それにまあ……あんたもすっきりすんじゃないの?」
「パスタ、お前」
「ま、そんな未来のことを考えても――あんたに負けられちゃ困るってことよ」
ひらひらと手を振って、彼女は夜空に背を向ける。
仕事もまだ溜まっているのだ。
これ以上休み時間をとるわけにはいかないと、そんな雰囲気を出して足を進める彼女の背に、フウタは告げる。
「ありがとな」
「別にィ? しょーもない感傷で試合をふいにされたら困るわけだしぃ?」
「はいはい。そうかもしれねえな」
嘲るような彼女の笑みに、フウタは笑って返す。
虚を突かれたようなパスタと、二人向き合ってしばらく。
どちらからともなく吹き出して、彼女は笑いながら手を払った。
「あんたもさっさと寝なさい。明日に障るわ」
「ああ……おやすみ」
「おやすみ」
その当たり前の挨拶が、なんだかこそばゆかった。





