23 ほんせん かいし!
『将来の、夢?』
なんてことのない、日常の一幕だった。
少年とも呼べない程度の、5歳6歳の子供たち。
木枝を振り回して遊ぶのが最近のトレンドで、大人に言わせればそれは"闘剣"と呼ぶものらしい。
そんな知識から始まった"闘剣"ごっこ。
彼は決して子供たちの集まりの中で突き抜けて強かったわけではない。
けれど、子供の可能性は無限大だ。
扇の要が如く、未来は広く広く広がっている。
『じゃあ、闘剣士になってみたいですね』
『はっ。お前になれるなら俺でもなれるわ』
『そうだそうだ、僕だってできらあ!』
彼の呟きに反応して、子供たちが口々に言う。
この集いの中で、彼は年下の部類であったから、そうして上からぎゃーぎゃーと張り合われることもよくあった。
別にそれは嫌ではなかった。
楽しく遊ぶ、いつもの集まり。
喧嘩もするし、揉めることもある。
けれどそうやってぶつかり合えば、互いに認めることもある。
と、その輪の中心に居た女の子が1人、笑って言った。
『じゃあみんな闘剣士になれば?』
それだ、とばかりに皆が同意した。
『そうだよな、俺が一番で、お前が二番な』
『はー!? お前には負けねえし!』
やいのやいのと盛り上がる子供達。
夕日がもうすぐ沈む。
『本当に、みんな闘剣士になれると思ってます?』
一歩引いたところで、彼はその女の子にそう問うた。
彼女は少し考えてから、あっけらかんと言い放つ。
『言うだけならタダじゃない?』
きっと、彼女は皆の願いが叶うとは思っていなかった。
ただ、彼らが喜び勇んで頑張るのが、眩しくて楽しかっただけ。
ガキ大将、というわけではなかったけれど、少しだけ年上の彼女はいつもそうやって皆をとりなして、盛り上げてくれた。
でも彼女自身はいつもどこか達観していて、それが少し寂しかったことも覚えている。
『じゃあ、俺が闘剣士になりますよ。本当に』
『……え? あんたが?』
『そう、俺が』
『……』
『……』
宣言するように、正面から彼女を見つめてそう言った。
しばらくの間を置いて、彼女は我慢しきれなくなったように吹き出した。
『ぷふっ』
『わ、笑った?!』
『あはは。分かった分かった、頑張ってね』
『絶対本気で応援してませんね!』
『さーて、どうでしょうねー』
けらけらと、楽しそうに笑う。
馬鹿にされたと思って振りかぶった小枝はあっさりと避けられて。
『その喧嘩っ早さは良いけど。力はまだまだね』
『ぐぅ……!』
でも、と彼女は続けた。
『……なれる気がするわ、あんたなら』
――その数日後。
彼女はこの村から居なくなった。
容姿も優れていた彼女は、とある貴族に売られていった。珍しくもない、普通の話。
その時は悲嘆にくれ、絶望もした。
けれど、それからしばらくしてほっとしたのだ。
爆ぜたような赤。
1年後。村は、彼を残して根絶やしにされた。
楽団に入る、少し前の話である。
――闘技場スペクタクラ。
「……」
通用口から、一歩踏み出せば試合舞台。
光が差し込むその場所に、リブラ・ロビンソンは立ち尽くしていた。
「大丈夫か?」
「……いやぁ、どうでしょう」
「どうでしょうってそりゃまた」
本当に気が抜けたようだったからと、心配して後ろから声をかけたのだ。
その返事が「どうでしょう」とあっては、困惑するのも無理のない話。
フウタが困ったように頭を掻くと、リブラは言う。
「――昔のことを想い出してたんですよ。闘剣士になりたいって、そう言った頃のことを」
「……」
「子供の戯言で、なんなら村の子供みんなが同じ夢を持っていた。でも……それを叶えられるのは、俺だけなんです」
ぐ、と拳を握りしめた。
俺だけ。その言葉にどんな想いがあるのか、フウタは知らない。
だがリブラのその表情を見れば、自ずと分かることもある。
きっともう、その"みんな"と会うことはできないのだろうと。
「この大会が終わったら、実家に戻るのか」
「ええ、そのつもりです。何もかんも失った自分に、帰る場所を与えてくれた相手なんでね……流石に、恩の1つも返さねえと」
「そうか、分かった」
よし、と意気込んで、フウタはリブラの一歩前へ踏み出す。
「俺に出来ることは、多くないけど。でもまあ、分かった。優勝して、喝采を浴びよう。一緒に」
「……良いんですかい? こう言っちゃなんですが、俺のことはあまり」
「確かに信用するのは不安もあったけどさ。闘技場見てそんな顔されちゃあな」
「……」
彼の言っていたことが、全て本心なのだろうと。
フウタももう疑うことはない。
コローナがあそこで割って入らなかったら、どうなっていたか分からない関係ではあるけれど。
今紡いだ縁はここにある。
なら。
「行こう」
「はい」
一歩、踏み出す。
光を浴び、喝采を浴び、声援響く空の下。
『――本選、第一試合!! まさかまさかの第一試合から"チャンピオン"が登場です!!』
『前回の第一回武闘大会ではすさまじい活躍を見せた彼が、新たな仲間を得て堂々の参戦。チャンピオンと戦いたい、そう願う猛者たちの前に姿を現します!!』
どん、と爆ぜるは火柱。
立ち込める白い煙の中から、フウタとリブラの2人が姿を現す。
同時に響き渡るは――1つの曲だ。
――『七海に響け、王者凱旋』――
ミラベル・G・グリンゴット作曲の、入場テーマ曲。
フウタという個に、そしてこのタッグに与えられたその曲は、この先根強く観客の頭に残るであろう雄大さを押し出した曲。
無骨さを、敢えて押し出し堂々とした雰囲気に寄せたそのテーマは、確かにフウタの曲として周囲に認知されていく。
「じゃあ、まあ」
リブラが構え、フウタもそれにならう。
対戦相手となった予選突破者の2人は、その雰囲気にのまれないようにと無理やり口角を吊り上げて得物を向ける。
さあ、始めよう。
本選第一回戦。一発目から、王者による蹂躙が始まった。
『さあお兄ちゃん!! ねえお兄ちゃん!! 始まったよ本戦が!! まずは一勝、おめでとー!』
『ああ。悪くない相手だった』
『さっすがー』
第一試合が終わると、すぐさまフウタは解説に駆り出された。
絶対に必ず真っ直ぐ来い、などと二重に命令されてしまっては仕方がない。
この"経営者"には何か企んでいることがあるのだろうと、こうしてひょっこりやってきて解説席に腰かけた。
そして一言二言交わして、彼女の意図はすぐに分かる。
『でも前回のチャンピオンだったとしてさ。お兄ちゃん、タッグマッチになって、どうしてリブラを選んだの?』
『選んだ理由、か』
何も、時間ぎりぎりになってどうのという話がしたいのではないだろう。
そのくらいの分別は、いかにフウタと言えどもつくようになってきていた。
『――そうだな』
響く、フウタの声。
第二試合までは、楽しい兄妹のトークが繋ぐ。
いましがたチャンピオンとしての底力を見せつけたばかりともあって、その注目度は普段よりもさらに高い。
だからこそこの偽妹はその場を狙ったのだ。
リブラ・ロビンソンという相方の存在、その紹介。
「……」
試合が終わるや否や、妹の呼び出しに駆けていってしまったフウタを見送ったリブラは、観客席へと足を踏み入れ、その放送を聞いていた。
『色々理由はあったけど、今はこう思える』
顔を上げたリブラに向けて響く、フウタの声。
『優勝したいって思った時に、俺はいつも独りじゃない。誰かと一緒に勝ちたいって思うんだ。そう考えた時に』
僅かに、パスタちゃんのガワが崩れそうになる。
けれど彼女は首を振り、フウタの言葉を待った。
独りだった時は、勝利に味などしなかった。
でも今は違う。
『――リブラ・ロビンソンって男は、カッコ良くて心強い。そしてそれ以上に――何が何でも優勝したいって心で来てるんだ』
『そう、なの?』
『ああ。両親の為に、故郷に帰る。その土産に優勝旗をもっていくなんて……俺には真似できない』
『へー! そうなんだ! じゃあ頑張って貰わないとね!』
にこにこと楽し気に告げるパスタ。
そんな2人の言葉に、呆けていたリブラは。
「……」
「あ、ねえねえ! さっき凄かったね!」
ふと、彼に気付いたらしい観客たちに注目されて、口々に賞賛を受ける。
「頑張れよ!」
「あの糸、もっかい出して!」
「次も期待してるからな!」
思わず、口角が緩んだ。
「……え、ええ。頑張りますよ」
その時初めて。
――ああ、みんな。ようやくだ。
リブラ・ロビンソンは闘剣士になったのだ。
――本戦が、始まった。
いよいよ更新ペース落ちるかも。





