21 フウタ は ころしや と はなしている!
『みんなー!!! 今日はスペクタクラ来てくれてありがとー!!』
『いえーい! 流石お兄ちゃん!!』
『さあお兄ちゃん!! 次の組が出てくるよ!! 予選はまだまだこれから、楽しもうね!!』
「……誰ですかい、あの子は」
――パスタのおうち。食堂。
「ほい草の汁」
「あ、どうもありがとうございます……草の汁?」
「くーさのしるー、くさのしるー」
リブラ・ロビンソンは困惑の極地にあった。
その議題ともいうべき存在は、呑気に目の前でカップケーキとレモネードなどという殺人的甘さの間食を楽しんでいる真っ最中なのだがそこはそれ。
くちの中べったべたにならないのだろうかという疑問はありつつ、彼にとっての一番の謎はまた別だ。
だというのに、ただでさえ混乱しているところに草の汁などという謎のドリンクを供出するこのメイドはいったい何なのか。
おなか、もとい頭いっぱいなリブラが額を押さえていると、フウタが生温かい目と共に頷いた。
「気持ちは分かる」
「ええ……?」
平然と「今日も草の汁美味しいね」などとメイドとやり取りを交わす男に果たして自分の気持ちが分かるのだろうか。
メイドさんもメイドさんでご満悦。
疑わしく思いつつ口を付けたティーカップに――リブラも目を瞠る。
「……え。こんなに美味しいお茶が、草の汁?」
「ああ、コローナが適当言ってるだけで、上等な茶葉を最高のメイドが淹れた完璧な紅茶です」
「もう何が何だか」
本音である。
しかしどうやら、順応していると思ったのは勘違いだったようで。
「照れるぜー! 照れちゃったからもう2つプレゼントっ」
「ティーカップは3つも4つも要らないよ……」
がしゃんがしゃんとフウタの前に並べられる紅茶入りのティーカップが追加で2つ。
紅茶はそうやってお代わりするものではない。
「味はどんな宮廷の専属"侍従"にも出せない技量だから……まあ、うん」
「さようで……。確かに、俺がこれまで生きてきた中でもこんな上等なものは飲んだことありませんが……」
味は良いのだ、味は。
雑味が一切無いというだけで既に一握りの専門家にしか不可能な領域。
香り立つお茶の淹れ方というのは茶葉と温度だけにあらず、その注ぎ方と蒸らし方でまた変化が訪れる。周囲の外気にも影響を受けるのは言うまでもない。
そうした繊細な技術の上に成り立つ完璧なお茶。
それがどうして草の汁。
「……」
「なんか用か、麺っ」
「……別に」
じっと見つめるパスタは、『あの時法国に売るんじゃなくて、高級茶菓子店でも作ってたら今頃ビッグビジネスだったのでは』などと考えてはいたが、流石に口に出すようなことはしなかった。
「……じゃあ美味しいお茶もいただいたところで。色々聞いても良いですかね」
「ん? ああ」
闘技場スペクタクラでの予選を終えて。
あの『黒猫怪盗団』を始めとした、9つのチームが予選突破を決めた。
本選のカードに関しては抽選中だが、明日には本選が始まるだろう。
ということは、だ。
フウタとリブラによるタッグチームもまた参戦するということ。その為の親交を深めるという名目でこうしてパスタ邸に招いたわけだが、さて。
彼も当然、闘技場での開会式も二日目の予選も観戦に来ていた。
そして知ったのだ。
フウタがどういう仕事をしているのかも――そして。
「……キャラ、作ってたんですか」
「げっほげほげほっ」
思いっきりむせるパスタちゃん。
「あーあーもう、レモネードでむせたら喉イガイガになるだろ」
「心配するとこソコなわけ!?」
むかー、と声を荒げて、その怒りの勢いで正面のリブラに向き直る。
紅い瞳が軽く驚きに見開いたところへと、パスタちゃんの本心が叩き込まれる。
「――あたしだって好きでやってんじゃないわよ!!!」
「それはまた……」
「興行収入の為にこちとらひいこら戦ってんのよ労働者みたいにね!! あたしは一介の"経営者"だってのに表立って金稼いで、そのための最適解を踏んでるだけよ、悪い!?」
「い、いえめっそうもない」
「ならよし!!」
ふん、と鼻を鳴らすパスタちゃんである。
そんな彼女に、頬を掻くリブラ。
「……ただ」
「ただ、なによ」
「いや、その。まあ観客席で普通に観戦してたんですがね。流石に俺も戸惑ったわけですよ。食堂ん時とキャラが違いすぎるって」
「……まあ、戸惑う権利はあるけど」
「したらね、近くに居た子どもたちが言うんですよ。『パスタちゃん知らないの?』って」
「待って嫌な予感してきた」
「そらもう、女の子たちにとっての憧れで。あんな風になってみたいって口々に。男の子にとっても、ほら。貴族の子ぉらにとっては素敵な女の子を横に置くのがステータスってのは分かってるみたいで――」
「やめろォ!!」
「――じゃあやめますが。纏めると、とても居たたまれない気持ちになりましたんで」
「う、うぐぐぐ……」
やり場のないこの怒り。
リブラが悪いわけではない。かといって子供達が悪いわけでもない。そうした子供たちに夢を与えるのが、興行収入の大きな一歩であり、彼らは最も先の長い顧客である。
「……フウタ」
「お前が悪いわけじゃない」
「……そうよね。うん、そうなのよ」
最善を尽くしているだけ。
そう言い聞かせて、パスタは前を向く。
リブラの困惑も分かるが、そんなことにかかずらっている暇はないのだ。
「で、よ。あんたを呼んだのは、そんな話をするためじゃないわ」
「まあそうでしょう。持ち掛けたの俺ですし」
「やかましい」
「そんな理不尽な……」
救いを求める視線をフウタに向ければ、彼は彼で悲しそうな目で首を振った。
どうやら、今の彼女はそっとしておいてほしいということらしい。
優秀な妹を持つことは、決して良いことばかりではないのだと。そんな無駄な達観を抱いたリブラであった。
「まーまー、元気出せよっ。ほいピザ」
「紅茶のおともに!?」
トマトソースのかかった、いわゆるマリナーラ。
どうして急にピザが出てきたのかと言えば、答えは簡単で。
「まーほらあれですよ。メイドったら今、ピザの練習中なのです」
「それで家のあちこちに発酵中の生地が……」
事の起こりは、メイドさんが初めての食堂リュートにやってきたこと。
窯でしっかりと焼いたピザの美味しい作り方について、あれこれ技術を盗んできたのが始まり。
しかしこのメイドさん、別に天才でも何でもない。
料理が上手いのは、それまで試行錯誤をひたすら繰り返してきたが故のこと。
もっとも美味しい生地を作る為、今はひたすらに練習中。おかげで最近、朝昼晩全部ピザが出てくる始末である。
「ついにおやつにまで浸食してきたか……」
「まあ別に、バリエーション多いから飽きはしないけど」
「けど?」
「このアホメイドにしては美味しくない」
「そのハードル、地味にめちゃくちゃ高いんだよな……」
などと適当な会話に興じるポモドーロ兄妹である。
家の食糧庫や、暗がり、そして逆にバルコニーなどなど、家中に発酵途中の生地があることについては、もはやノーコメントである。
一日も早く美味しいピザを完成させるため、メイドさんには試行錯誤を頑張っていただきたいものだ。
デフォルメされたメイドさんがぺろりんしている無駄にうまい絵のついた【触らないでねっ】という看板が、その生地の近くに勝手に建てられている件についても一切コメントを避けている。
自分の家だというのに、完全にメイドさんのピザ実験場にされているなどと。
今までのパスタなら、もう少し文句の1つでも出そうなものだが、それもまた変化だろうか。
「まあピザは好きに食べて貰うとして」
「ええ……紅茶と一緒にですか……?」
こほん、と咳払いしたパスタはリブラのぼやきを無視して進める。
「とりあえず、親交を深めましょうっていうのが趣旨よ」
「すでに異文化交流が凄まじいんですが」
「あんたの経歴とか、色々聞いてみたいのよ」
「無視ですかい」
がっくりと肩を落とすリブラであった。
「まあほら、少なくとも場末で出されるピザよりは既に美味しいから」
「いやそういう問題じゃなくてですね。……フウタさん、あんたも常識的に見えてちょっとおかしいな???」
「こいつは単に、このアホメイドにだだ甘なだけよ」
あほめいど!? と驚愕して、金の二房を逆立てているメイドさんは完全にスルーされた。
誰も否定は出来ないらしい。
「えーっと、それで。経歴っつっても何から始めればいいやら」
「話したくないこと、話せないことを無理に掘り出すつもりはないわ。どうして今のあんたがあるのか、みたいなことが聞きたいのよ」
「……そうですねぇ」
味だけは美味しい紅茶をひと口。
少し考えこむようにその赤い目を閉じた彼は、思考を纏めたようにゆっくりと口を開く。
「まあ、殺し屋稼業を始めたのは――ちょっとした事故みたいなもんでした」
「事故?」
「ええ。まあ。殺し屋になりたい! って突っ込んだわけじゃねーんですよ。ある種、そうだな。"生きる"為には、殺し屋になるしかなかった」
「脅されたとか?」
「いやいや、違ぇんで。単に……まあ。許せねえ奴らをぶっ殺すことだけが、生きたい理由だったって話で」
殺しへの熱が少しでも弱ければ、生きる理由も見いだせず死んでいたかもしれない。
そういう風に、リブラは告げた。
「生きたい、理由……」
ぽつりと呟くメイドさんに、リブラは振り向く。
「ああいや、そう暗くならんでください。ともかく、俺は楽団に拾われた。殺し屋集団、依頼があれば誰でもぶっ殺す。悪評ばかりの場所じゃありましたがね、別に居心地が悪いわけじゃなかった」
「……そういや、楽団はヤバいって話ばかり聞くけど、内情とかって聞いてもいいのか?」
「ええまあ、話せることだけなら。俺たちみたいな実働部隊と、あとは裏方バックアップを任せてるちょっとした裏組織。それで構成されてるってのは……まあ、ちょっと調べりゃ分かることで」
特に陰もなく、のんびりと語るその口調には、決して負の感情があるようには見られない。
「"暗殺者"なんて"職業"がある以上、そりゃもう殺し屋なんてのは当然生業として存在するわけで。結局んところ、俺たちも殺し相談所みたいなもんでした。ただ、異様にその成功率が高いだけ。それがまあ、怖れられる理由になったっちゃ、なったかな」
だからまあ、と彼は言う。
「目的のために、楽団に入った。でも、そのうち色々情が湧いたりもして。仲間意識っつーんですかね。まあまあ、事情を抱えてるヤツが多くって。お前の敵は、俺も一緒にぶっ殺してやろう。だから俺ん時も頼むぜ、みたいな。そんな塩梅だったんですわ」
「なるほどね。……少し、分かる気がするわ」
そっと目を伏せるパスタ。
地獄のような場所で芽生える仲間意識。
形は違えど、徒党を組むことを強いられたパスタにとっては、分からない話ではなかった。違ったのは、パスタに力がなくて、リブラにはあったということだけ。
「ただ、そう。色んな出会いもあった。殺しの依頼を受けるのは、何も抗争ばかりじゃない。許せねえヤツをぶっ殺す為に、泣きながら金を積んで懇願してくるような依頼人も多い。そういう人たちってのは、決まって真っ当に生きてる人でね。……そっちに絆されたことも、一度や二度じゃない。家族に、部下に、友達にならないか……って誘われて、そのまま足抜けしたヤツも結構いたんですわ」
「孤独者の集まりでもあったのよね。そういうこともあるか」
「はい。んでまあ……俺の目的は終わったんです。だから、そう。最後に夢ぇ叶えて、俺も足抜け。それだけの話ですよ」
締めくくりに、肩を竦めておどけてみせて。
そんなリブラの言葉に反応したのは、フウタでもパスタでもなかった。
「……夢って、どうして見つかったんですか?」
ぽつりと問う、少女の言葉。
振り向いたリブラはあっけらかんと告げる。
「どうしてってなぁ、難しい話です。俺だって、でかいきっかけがあったわけじゃない。物心ついたときには剣を振り回して、周りの子供たちと一緒に闘剣ごっこしてて」
でも、そうだなあ、とリブラは思い返すようにぼやく。
「……思えばその時、どれだけなりたかったかはいまいち覚えてません」
「え、そうなんですか」
「はい。なんていうのかな。子供の頃は無邪気に、闘剣士になりたいって言ってた。それでまあ、色々あって、殺し屋になって。んで、足抜けしてく連中を見てて……自分のこれまでを色々思い出して。……そうして、ふと気付いたんですよ。ああ、そういや俺、昔闘剣士になりたいって思ってたなって」
子供の頃からの夢。
それは間違いのない話だ。
けれど子供の頃にどれだけ本気だったかといえば、難しい。
記憶が摩耗していることもある。そもそも闘剣を観に行ったことがあったわけでもない。
だからもしかしたら、ただのその場の思い付き、胸に一瞬抱えた情動に過ぎなかったのかもしれない。
『"闘剣"がしたかったんでしょ? 憧れだったんでしょ?』
『ああ、それは本心です。本当に、そこに嘘はない』
ああいう言い方をしたのは、子供の頃からどれだけの熱が続いているのか、いまいちわからなかったから。
でも。
「そう思ったらね。なんか、ダメでした。色んなとこ巡って、闘剣の話題もちらほら聞いてた。そうして大人になった頭で想像力を働かせると、またぐっと闘剣ってものが魅力的に見えた。突き抜ける青空に、己の実力1つでのし上がった試合舞台。勝利に沸く歓声。そのどれも、俺は想像でしか知らないけど」
ぐ、と拳を握って言う。
「でも、それを実現出来たら……そうだな。俺は自分の人生に悔いはないって思えたんです」
「……なんか、その言い方だと死にそうですよっ?」
その問いは、あっけらかんとしていながらも。
どこか不安というか、心配そうな声色で。
だからリブラは首を振った。
「死ぬっていうか。なんだろう、"自分の人生"と、俺の人生ってまたちょっと違うと思うんですよ」
「……めいどー?」
「俺が、俺の為に生きるのは、もう十分。だから残りの俺の人生は、あの……両親。そう、両親に使おうって。そういう話です」
「…………誰かの為に、使う」
「そういうことです」
頷くリブラ。
何かを考えこむようなコローナに、フウタは首を傾げて。
「コローナ……?」
「ん? んーん。どしたのフウタ様」
「いや、なんか思うところがありそうだったから」
「だいじょーぶ。……ねえ、リブラさん」
にこ、と笑う彼女は、リブラに向き直って問いかける。
「――両親のために使う人生……楽しそう?」
「え? うーん、どうでしょうね」
その問いは、リブラとしても予想だにしなかったらしい。
けれど、少し考えて。
ああ、なるほど、と1人頷いた。
「――そうか。そうですね。なんで俺が、これだけ夢見てた闘剣を1回で終わらせていいと思ってたのか忘れていました」
――たとえば俺が、欲しかったはずの生きたい理由を見失っていたとして。
「俺に生きたい理由を与えてくれた人の為に、俺の人生を使うことは、多分」
「――これ以上ない幸せだと、思うんですよ」
そう、優しく微笑んだ。





