20 フウタ は かいせつ している!
「お」
声が零れる。
「お……」
言葉が漏れる。
「お…………」
困惑の色は現実に追い付いて――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
叫びにも似たどよめきが渦を巻き、スペクタクラを蹂躙する。
「なんだ!?」
「何が起きたんだ!?」
「いやわっかんねえ!!」
「――審判は!?」
石畳の上。
立っているのは、僅か3人。
石畳の随分端の方に、呼吸を整えて佇む少女。
シルクハットを目深にかぶり直した青年。
そして、相も変わらず中心に立っている審判が、何事も無かったように手を上げた。
「勝者1組。『黒猫怪盗団』!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
その宣言はまさしく、彼らが"戦い"勝利したということを証明する代物。
一体全体何が起きたのか。
それぞれがそれぞれ、困惑を胸に石畳を注視する。
だが、何も分からない。
分からないからこそ、一瞬で終わってしまったことに徐々に理解が追い付いて、浮き上がるのは疑問と、困惑。
「い、イズナは派手だったから分かったけどよ」
「本当にちゃんと戦ったのか……?」
「妙なもん使ったんじゃないだろうな」
「おい、他の選手は無事なのか!!」
口々に状況への疑念疑問を口にする観客たち。
いずれこういうことが起きると思っていたと、ライラックはそっと手元のティーカップを傾けた。
だが、静観の姿勢を崩すことはない。
呑気に試合を見守りながら、この先を待つ。
だって。
『ねね、お兄ちゃんお兄ちゃん』
響く声に、驚くほど素直にスペクタクラが静まり返る。
なんだ、と顔を上げる"勝者"にも、もうこの声は聞こえるようになっていて。
『――何がどうなったの!?』
『そうだな』
そう。
とある兄妹が、ただ楽しく観戦していたかのように。
素朴な疑問はしかし、この場全ての観客たちの代弁だ。
そして、誰も応えられないからこそのこの渦巻く混沌は裏を返せば、応えられさえすればあっさりと引く潮の如く。
『これはいわゆるチームプレーってヤツだな』
『チーム……あ、じゃあ黒猫怪盗団の2人が何かやったの!?』
『そうだ。えーっと……どこから話せばいい?』
暗に、どこまで見えていたのかとの問いに。
パスタちゃんは満面の笑みで答える。
『全部!!』
『分かった。じゃあまず、得物だな。あのオレンジ色の髪の女の子――アンリエッタか。彼女が飛びのいた瞬間、シルクハットのドローザは手に持ってた杖じゃなく、懐に手をやった』
『うん、そうだね』
観客の脳内で再度再生されるあの光景。
その次の瞬間、彼がその腕を払うと同時に、勢いよく回りに居た人間が倒れていったのだ。
『――"カード"だ』
『え、カードってあの……占いとかの?』
『そうだ。占いかどうかは知らないが――あー、いや。たぶん占いだろうな』
占い気にしてたし。
という不要な記憶はさておき。
「……へぇ」
まさか初見で、あんな距離から見抜かれるかと口角を上げるドローザ。彼の余裕とは裏腹に、アンリエッタの方は流石に驚愕を隠せないらしい。
目を剥いて見つめる先。
解説席と銘打たれた場所で、青年がこともなげに言葉を綴っている。
まるで定食屋で今日のランチでも注文するかのように、気を張ることもなくあっさりと暴かれていく自分たちの手の内。
『馬鹿騒ぎ(サーカス)とはよく言ったものだな。周囲にカードをまき散らし、それで相手を昏倒させる』
『ま、待って待って待ってよお兄ちゃん!』
『ん、どうした?』
『ブーメランじゃないんだからさ! 投げたカードが――どこにもないよ!! どういうこと!?』
『ああ、それがアンリエッタが飛びのいた理由だ』
『ふぇ?』
す、と見定めるように見つめる先の石畳。
ドローザと目が合う一瞬を置いて、フウタは続ける。
『おそらく、巻き込まれないようにという風を装って、いわゆる"分からん殺し"をするのが彼らの常道なんだろう。何をされたか分からない。種が分からなきゃ勝てない。でもその隙を与えない。相手から手の内を隠すのは、何もひた隠しにするだけが全てじゃない』
『ブラフってこと!?』
『相変わらず鋭い9歳児だなー』
『えへへー』
よくよく見ればの話だが。
アンリエッタが飛びのいた地点と、今現在居る地点は微妙にずれている。
その事実に気付いた玄人たちはしかし、まだ『なるほど……?』とひとまず聞く姿勢を続けるだけ。謎は残り過ぎている。
『――アンリエッタは飛びのくと同時、石畳の周りをぐるっと一周したんだよ。足の速さは流石……いや、まあそうだな。それはいいや』
流石は盗賊、というのは余談だろう。
『投げられたカードは今、全部彼女の手の内だ』
『えー……そんなことある?』
『予想もしないことだからこそ意味がある。まあそれにこれは……魔導の知識が無ければ解き明かせない謎だ』
『ま、魔導? お兄ちゃん詳しかったっけ』
『俺だって詳しくない。ただ、見りゃ分かる』
それはフウタにだけ許された、鍛錬の軌跡を追う瞳。
『普通カードぶつけられたらノックアウトされるより切り刻まれるだろ』
『え、あ、うん。そりゃそうだね。いや、カード投げて切れるっていうのも怖すぎるんだけど』
『おそらくそれは――アンリエッタの魔導によるものだ』
『魔導……』
『魔導を使っての単純な魔導攻撃は、闘剣では禁止されている。ただ、魔導を使った付与は可能だ』
たとえば、イズナが元々行おうとしていた、モチすけによる身体強化。
たとえば、ミオンやリブラが使う魔導糸。
そして何より、フウタ自身が使う瞳。
魔導を補助に使うことは、スペクタクラでは許されている。
つまり。
『属性変化。あのカードの持つ斬属性を、おそらく剛属性に変貌させたんだ』
『属性……ってことは、切れ味っていうエネルギーをそのまま鈍器としての重さに変換した?』
『正解だ』
斬。突。剛。
武器の持つ属性は大きくこの3つに分類される。
そのエネルギーの変化を、アンリエッタはカードに付与した。
『もともとコロッセオでは、癒師の負担を減らす為に全ての武器の属性を剛に変更するっていう案もあったんだが……それは一旦置いて』
『う、うん。じゃあつまり、今回の『黒猫怪盗団』は……』
パスタが、フウタから聞いた情報を纏めに掛かる。
まず、ドローザの手の内には大量のカードがあった。
それらにはアンリエッタが剛属性の魔導を付与していた。
アンリエッタが飛びのいた瞬間、ドローザはカードを抜き放ち、全ての敵をノックアウト。
鈍器の如く相手にぶつかっても突き抜けたそのカードは、周囲を駆け巡るアンリエッタが全て回収し、『何が起きたのか分からない』状態を演出した。
彼らの持つ得物。
彼らの持つ魔導。
彼らの持つ技量。
その全てをふんだんに使った、初見で分かるはずのない攻撃。
「……おいおい。俺たちこれで予選全部突破するつもりだったんだが?」
「兄貴のカードはともかく、どうしてあたしの魔導まで……?」
苦笑いするドローザと、未知の存在に不気味さを感じるアンリエッタをよそに。
解説兄貴ことフウタ・ポモドーロは、彼らの持つ"伏せられたカード"を全て、手品師か何かのようにすらすらと当てていく。
『薙ぎ払いかとも思ったんだけどな。ミオンさんが無事だった。だから分かったってのもある』
油断なく魔導糸を展開していたミオンだが、どうやらそれは必要なかったらしい。
人知れず得物の展開をやめていた彼女が、呼ばれた言葉に反応して手を振る。相変わらず悠長なのか油断ならないのか分からない人だと、フウタは内心で苦笑した。
「えっと……つまり。あいつらの得物はカード」
「で、全員にあの一瞬で命中させて」
「あの嬢ちゃんが全部回収したってことか」
「……すげえな!?」
遅れて、ようやく反応が出来るようになった観客たち。
一部魔導の解説に付いて来られない者もいるが、幸いというべきか近くに居た者たちがあれこれと話をしている。
これは、武器の属性についての理解が無ければ難しい話だろう。
参った参った、とばかりに笑って観客に手を振るドローザ。
試合に勝って勝負に負けた。そんな風に思っているだろう彼にも、惜しみない声援が送られる。
だって仕方がない。"解説兄貴"に分からないことなどないと、観客たちは当たり前のように思っているのだから。
「これは随分面倒なチャンピオン様だ」
とはいえ、負けるつもりはないと、未だドローザは余裕の表情。その彼の笑みを見据え、フウタも軽く片眉を上げた。
『でこれはおまけの情報だが。練度が劣るとはいえ、アンリエッタもドローザに出来ることはだいたい出来ると見ていいだろう。次に当たる面々は、アンリエッタを狙おうって作戦だけで挑めば返り討ちに遭うな』
『うわー、お兄ちゃんお兄ちゃん』
『ん?』
ちょいちょいと袖を引かれて振り向けば、絶賛妹中のパスタちゃん。
『全貌明かしちゃっていいの!?』
『ん? ああ。全貌、全貌ねえ』
目を輝かせるパスタが、どうしてこんなにも上機嫌なのかフウタには分からなかった。
ただ、彼は正直に正面から当たるだけ。
だから。
『まあほら。客が楽しめてこそなんだろ。闘剣ってのは』
解説席でのキャラ付け通り、投げやりな口調。
しかしながらその言葉は、闘剣を楽しみにやってきた観客たちに突き刺さる。
どんなよく分からないことが起こっても、その全てに"理解"を与えてくれる存在がここに居る。
その頼もしさはそのまま、闘剣の楽しさへと直結した。
板についてきた彼の解説兄貴としての動きに、満足気に頷く妹兼プロデューサー。
彼女から視線を逸らし、フウタは石畳の上から自分を見据える二対の目を見据えて笑う。
『それにまあ。全貌ってわけじゃねえよ。あいつらはまだまだ、面白いものを見せてくれるはずさ』
彼らの今回のサーカスは、これで幕引き。
だが観客を沸かし驚かすその奇術と実力は、まだまだこれから。
「案外と」
目を細め、フウタは呟く。
ゆっくりと魔導器から手を離し、観客には聞こえないように。
「……あのコンビ、俺の天敵かもしれないな」
自在な属性変換。
それは、相手と同じ"得物"に見えて、全く違う動きを要求されるということ。
2on2だからこそ起こり得る、予測不能な戦いの予感。
それはそれで楽しめそうだ、と。
フウタは珍しく、対戦相手への期待を膨らませていた。
『さあお兄ちゃん!! 次の組が出てくるよ!! 予選はまだまだこれから、楽しもうね!!』
『ああ』
解説兄貴の安定した解説。
適切な評価に、それを彩るパスタちゃんのリード。
前回とは全く違う熱気の籠った"予選"は、そうして数日間にわたり王都を沸かせた。
そして。フウタの予測通り。
否、フウタの予測を実現してやろうとばかりに。
気合を入れた『黒猫怪盗団』は、予選を圧倒的な成績でもって突破した。
――本選。優待枠たちの登場が、近い。





