03 ようじんぼう は ねがいでた
――『そこまで!! 優勝は――フウタ・ポモドーロ!!』
――『やっ――たああああああああああ!!』
思い出すのは、いつかのこと。
連日の熱に晒され、誰かの勝利誰かの敗北に一喜一憂出来た目まぐるしい"闘剣"の舞台。
故にこそ、思わずに居られないこともあった。
――ああ、あの大地に立ってみたい、と。
――パスタのおうち。
「闘剣士の平均寿命は30歳。それはそうよね、あんな危ないもの振り回しておいて殺したら反則なんだから。――最近はそれでも、筆頭を中心に医療技術の転用を考えているみたいだけど」
以前は裏取引に扱っていた応接室に、珍しいメンバーが揃っていた。
1人は当然、上座にふんぞり返ってカップケーキをぱくぱくしている、とてもファンには見せられない状態のパスタちゃん。面倒臭いのか靴を脱ぎ、素足でソファに座り込んでいる始末である。
「……そうですな」
そしてもう1人はウィンド・アースノート。オルバ商会の用心棒に当たり、仕える相手の居なくなった今でも商会の為に尽くしている人物である。その裏には、目の前の彼女の生存があるのだが――残念ながら、非公開情報だ。
「しかし、私は」
「あーあー、皆まで言わなくていいわよ。……あんたの実力は、あたしが一番よく知ってるわ」
「はははっ……ありがとうございます」
「……パパとベアトお姉ちゃん、仲良いよね」
珍しく、眉を下げて優しい瞳を向けるパスタ。
ウィンドもどこか申し訳なさそうに、しかし相好を崩してそれに応えた。
珍妙なものを見る目でウィンドの隣にちょこんと座っているのが、最後の1人であるルリ・アースノートその人である。
もうじき、7歳になる。
「あんたのせいでそいつに殺されかけたからね」
「かい――パスタ殿」
「別にもうこのくらい平気でしょ、このがきんちょも」
「…………そっか」
詳しいことは、分からないけれど。
それでも自らの過去――何も出来なかった頃に、出来る人に生きる全てを許されたことは、もう自覚して良いだろうと。
「あんたさえいなけりゃこんなことにはなってなかったのよ」
「……うん!」
だからと思い、真実を突き付けてやれば。
何故か嬉しそうに笑うルリ。これが分からないパスタであった。
分からないのだろう。
自分1人で這い上がってきた女にとっては当たり前のことでも、庇護され続けてきた童女にとって――厳しい環境に身を置くことは、それだけで一人前と思われたようで、誇らしいなどと。
「話戻すけど……別に、あんたの好きにすれば良いと思うわ。オルバ商会にそれで迷惑がかかることもないでしょう」
「……宜しいのですか」
「別に。殺人鬼だって参加してる祭りだし」
「それは身も蓋もありませんな……」
乾いた笑いが出るウィンドであったが、その内心は酷く暖かい。
――武闘大会に出てみたい。
今回のパスタ邸来訪の理由はそれだったのだ。
オルバ商会の用心棒として如何、という身の振りを問い合わせに来た彼にとっては、驚くほどあっさりした許可。
「まあ、活躍してくれればオルバ商会の箔になるし」
「はい。全力を尽くしましょう」
意気の籠った頷きを見せるウィンドに、パスタは口元だけを小さく緩めた。
「……ってのは建前で」
「……建前、ですか?」
「あんたもそろそろ、好きなことやってみればって話よ。これだけ余裕が出来たんだし」
「……会長」
「もう会長じゃねーっての。……小娘も、放っておいても死なないくらいにはなった。あんたの怪我も終わって、しがらみも消えた。好きで用心棒してるならいーけど……」
頬杖をついて、つまらなそうに彼女は続ける。
「いーんじゃないの。たまに我儘の1つくらい、あんたの腕なら文句はないわ」
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げるウィンドに、パスタは煩わしそうに頬の裏を舌で突いた。
正面切って礼を言われるのは、なんというか慣れないものだ。
「……パスタ殿も、少し変わられましたな」
「はっ。偉そうに何を言うのやら。"変わらない方が罪"なのよ。昨日と今日で考え方が違う方が、十年間同じこと考えてるよりずっといいわ」
「それでは、そういうことにしておきましょう」
にこにこと、柔和に微笑むウィンド。
決してパスタの信念の話をしたわけではなかった。
ただ、なんというか。
余裕というのなら、彼女にこそその"余裕"が出来て、少し柔らかくなったような気がした。
それだけの話だった。
「ちっ。年上ぶって偉そうに。……で、あんたも知ってると思うけど、今回は2人組よ。相手のアテは?」
「……いえ、それが。はは」
「ま、商会にあんたと釣り合うような腕の相手は居ないわね」
少しパスタは考える。
そういえば――仲間がいなくて随分と困っている偽兄がいたなと。別に、あいつは今回ずっと解説役でも良いのだが。
理由は3つ。
他の解説の性能がランダムすぎること。
タッグ王者は別のところに譲ってもいいのではないかと思っていること。
もう1つは割愛。
「……まあ、居るには居るけど」
「ダメ」
「……ルリ?」
仕方がないから候補を上げようかと考えたパスタをとどめたのは、ウィンドではなくその横で足をぱたつかせていたルリであった。
ソファに座ると、ぎりぎり足が床に届いていない。そこだけは勝った、とほっとするパスタはさておき。
「フウ兄でしょ、ベアトお姉ちゃん」
「そうだけど」
「フウ兄だけは絶対ダメ。ダメですパパ」
「お、おお……それは、何故だい」
珍しく飛び出した厳しいご意見に、パスタは目を閉じた。
ルリに否定されたからといって、パスタに逆上する理由は1つもない。
静かに彼女の言葉を待つ。感情的なものが出てくるなら止めるが――。
「ハイリスクローリターンだからだよ」
「……ルリ?」
この時点で、パスタは彼女に何かを言うことはやめた。
特に反論をする意味も見当たらなかったからだ。
「フウ兄は前回の優勝者だよ。そこにくっついて優勝したって、フウ兄の陰に隠れるだけ。何かの間違いで負けたら、パパのせいじゃなくてもパパが叩かれる。だから絶対ダメ」
「……ルリ。私はただ」
ウィンドの言いたいことも、パスタには分かった。
そんな打算的な観点から試合に出たいと考えているわけではないと。
そして、聞き方によってはフウタを悪く言っているようにも思えるその口調。
ただ、それを是としたのはほかならぬパスタであった。
「ルリの言っていることは正しいわ。あいつと組んでもうま味は少ないわよ」
「しかし」
「ウィンド。……別に、ルリは"経営者"のままごとがやりたくてこんなことを言ってるんじゃないわ」
カップケーキをむしゃむしゃやりながら、彼女はこともなげにそう告げた。
ウィンドとて、別にそこまで悪し様に思っていたわけではない。ただ確かに、彼女の提案にはパスタ――否、ベアトリクスの系譜があるように思えたのも事実。
「経営が何の為にあるのか。それは事業の為よ。この場合は」
「……私の為、ですな。分かっております」
「大丈夫だよ、パパ」
「うん?」
「ルリ、ちゃんと良い相手の候補はリストアップしてあります」
ルリ・アースノート。
もうじき7歳。
この一年で、随分と成長したように思えたウィンドであった。
「……あんたそのリストどうやって作ったの」
「前回の大会? の本選出場者を中心に、今回エントリーする人達の中で強い人募った。最低でもボブって人以上の前評判を持つ人だけをばーって」
「ふーん。それを受け付けが開示してくれたと」
「ベアトお姉ちゃん言ってたよ?」
きょとん、と首を傾げて。
無垢な笑顔が顔を出す。
「子供の方が警戒されないって」
「………………」
パスタは、何も言わなかった。
この6歳児はもうきっと。
いつか、パンを貰えずに泣いていた6歳のガキよりもずっと賢いと。
「ふっ……まあ別に、好きになさい。エントリーまでは時間があるわ」
「うん! パパ、こっちこっち」
「お、おお、行くのかい?」
「そーだよ、時は金なのです!」
今日のルリは終始上機嫌だった。ベアトお姉ちゃんがベアトお姉ちゃんであったことが一番の要因でありこそすれ、自分で考えたことをこうして実行に移させて貰えるのは、本当に嬉しいことだ。
既にその"職業"の片鱗を見せる彼女を、目を細めて見送ったパスタは最後にウィンドに声をかける。
「ウィンド」
扉から出ていくその間際、振り返った彼に向けて。
「せいぜい頑張りなさい」
闘剣士の平均寿命は30歳。
ウィンドがあと何度出場できるかは分からないが――きっとその数は多くない。だからこそ、この歳になってようやくできるようになった我儘くらいは。
小馬鹿にしたようにも見える、その緩んだ笑みに。
ウィンドも頷いて、その場をあとにした。
「めいどぉー!」
とんとん、と部屋の扉をノックするルリ。
もはやごめんくださいすらもこの言語である。
「なあ、ルリ。候補筆頭だという人は、ここに居るのかい?」
「そだよー?」
「ふむ」
あまり綺麗とは言えないマンションだった。
顎を撫でたウィンドが、内廊下で待つことしばらく。
がちゃ、と開いた扉の先に居たのは――。
「――ふむ。何度か見たことのあるロリですね」
ウィンドは息を飲んだ。
まさか、この童女が相方だなどととんだ勘違いを起こすほどではないにせよ。彼女が居るということはつまり、この部屋は。
「あれ、おまけだけ?」
「マスターでしたら――」
彼女が半開きの扉から、振り返ろうとしたその瞬間。
ひょい、と持ち上げられるようにして、天井近くにまで軽々と。
肩に乗せられ、顔を出したのは。
「よぉ嬢ちゃん――それに、あんたは」
「久しいですな」
「……ああ。あん時は悪いことしたな」
バツが悪そうに頭を掻くその赤髪の男に――インターセプトするように割り込む高らかなロリの声。
「申し訳ないと思っているなら話をきけー!」
「な、なにぃ!?」
子供に言質を取られるとは思わずおののく男に対し、ルリは続けて言い放つ。
「パパと組むがいい、イズナ・シシエンザン!!!」
「――」
その一言に、一瞬呆けた男――イズナは。
上から下まで、ウィンドを見据えて。
凶悪な笑みを見せ付け、頷いた。
「へえ、ご機嫌な相棒じゃねえか」
イズナ&ウィンド『荒野嵐刃』――参戦。





