王城散歩"闘剣士"
――王城城下、外壁沿い。
フウタ・ポモドーロは珍しく、1人で街中を歩いていた。
今日も爽やかな快晴で、日中はメイドさんと一緒に楽しく遊んでいた。こうして日が傾きかけて、仕事のある彼女と別れて1人。
メインストリートを突っ切って、わざわざ外壁沿いにまでやってきたのには、大した理由があったわけではない。
たまに、道を真っ直ぐ終点まで行ってみたくなるような衝動的なもの。暇だからこそできる道楽で、そして帰りは飽きて馬車で帰るまでがワンセットだ。
夕飯時には帰らなければ、件のメイドさんの笑顔を曇らせることになってしまう。
そんなことは当然本意ではない。
だからのんびりと歩いてやってきた日暮れのこの場所は、そろそろ立ち去ろうと決めていた。
「――一度来てみたかったんだよな」
知人の衛兵であるベンがたまたま今日、この外壁の警備を担当していたのがきっかけだった。
ダメでもともと、と頼んでみれば案外簡単に通された。
彼は笑いながら言った。衛兵はライラックの管轄で、だからこそフウタの頼み事だったらきっと文句は言われないと。
それは随分とライラックのことを甘くみているのではないかとか、そんな自由権限までは持たされていないとか、そうしたことを言ってみてもベンはただ笑うばかり。
意外と昇進を求めるなら殿下に直接言うより、フウタづての方が良いかもしれないなどとのたまうので、流石にそこは軽く怒っておいた。
幾らベンがフウタと近しい衛兵であろうと、ライラックがそんなことで彼の査定を甘くするはずがない、と。
……実はベンの言の方が正解に近いということをフウタは知らないが、今は語るべきではないだろう。
身内贔屓というよりは、少しでも信頼に足る者、利用しやすい者で固めたいと考える殿下の心理について、フウタはまだまだ勉強が必要だった。
ともあれ。
フウタがベンに頼んだのは、王都をぐるりと取り囲む高い壁の上を歩かせてくれ、というものだ。
日暮れ、黄昏、逢魔が時。
土地によって様々な言い方がある斜陽の時間を、フウタの故郷では素直に夕暮れと称していた。
螺旋階段を延々と登る。その時間も距離も、フウタにとっては苦ではない。
現在、導力を使ったエレベーターのテストをしているようだが――確かに便利ではありそうだと思いつつ、事故の方が怖く感じるのは黎明期が故の考えだ。
フウタの感性は言ってしまえば普通のもの。
きっと実用性が証明されれば、何の抵抗もなくエレベーターにも乗り込むことだろう。
そうして登ること、王城の階段で言うところの7,8階ほどの高さ。
随分と登ったところでようやく、壁の上にある空中回廊へ繋がる扉が現れた。
押し開けば高所特有の強い風。
肌で感じて思わず腕で顔を庇って目を閉じる。
しかし、瞼越しに伝わる強い"赤"に気付いて顔を上げて。
「おお」
感動に思わず口角を緩ませる。
地平線に沈みかけの赤がはっきりと、丘陵の先によく見えた。
「……王都って、意外と小さいんだな」
壁の内と、壁の外。
空中回廊の幅は、だいたい20メレトといったところだろうか。
外側のへりに近づいて見る王都郊外は、しっかりと整備された道が幾つも丘陵地帯に沿って走っている。時折行き来する馬車がまるで玩具のようだ。
田畑に入り混じって建つ大小の建築物は、いずれも人々の住まいだろう。
王都郊外は不思議な場所だ。
魔獣から寄り添って身を守るために作られる村や集落とは違い、衛兵をはじめとした兵士たちが王都から見回りに出るため、ぽつんと家を建てていても怖くない。
だから、他では見られない社会が形成されている。
そして街壁の内側へと目を向ければ、こちらは所せましと建物が立ち並ぶ大都会だ。
目を凝らして平地を見つけたと思えば練兵場。
人の居ないところを探せば、広々とした自然公園。
人の手が入っていないところなどどこにもない。
日暮れ前の今が一番の書入れ時とばかりに、メインストリートは人だらけだ。
顔を上げれば、壁と同じか、ひょっとしたらそれ以上の高さがありそうな王城。
不思議と、高い建物は近くにあるように見える。
メインストリートを歩いてきた時間を想えば、決してそんなことはないはずなのに。
「……」
そして。
その王城から東へと視線を走らせて行けば、もう1つの大きな建築物に気がつく。高さという点では、壁や王城とは比べ物にはならないけれど。
「――でけえよなあ」
と。フウタよりも先に、彼の言葉を代弁するような声。
振り向けばそこに、二つの影が立っていた。
「よう」
「や!」
「……珍しい組み合わせだな」
驚いたように、フウタが呟く。
彼が眺めていた内側の石柵に、並び立つように両隣。
「俺ぁ別に用があったわけじゃねえんだがな。たまたま上にお前が居るのを見かけてよ」
「目ぇ良すぎないか?」
はっはっは、と高笑いするのは、イズナ・シシエンザン。
「私はちょうど、ボブくんをぼこぼこにしたところだったんだ。そしたら、ベンくんと会って。キミが登って行ったっていうから、イズナくんと一緒に」
「衛兵の鍛錬にしれっと混ざってるんだもんな」
隣で微笑む、プリム・ランカスタ。
フウタの言う通り、珍しい組み合わせだった。
「ここ来んのは初めてか?」
「ああ」
「そっか。まあ、王城も同じくらいでけえしな。お前にとっちゃ、そう珍しい景色でもないのかもしれねえが」
「じゃあ、常連なのか?」
「常連ってほどじゃねえけどよ」
ぽん、と柵の上に手を載せて。
イズナは緩く口角を上げて、街中へと目をやる。
「たまに来るんだ。王都ってでけえなあ、ってさ。元々旅は好きだったからよ、街で一番高いところには一度は来るんだわ」
「馬鹿は高いところに上るっていうよね!!」
「お前も馬鹿だっつってるようなもんだぜ、それ」
「あっ」
覚えた知識を楽し気にひけらかしてブーメランがガン刺さりしたプリムはさておき。
「王都は……良い街だよなァ」
「……そうだな」
どこか、感慨の籠った呟きに思えた。
フウタがちらりと彼を見れば、相変わらず穏やかな表情で。
「私もここめっちゃ好きだよ!」
「……ああ、俺もそう思う」
にこにこと笑顔のプリムも、イズナとは反対方向から顔を覗かせて笑う。
二人とも――否、フウタも含めて三人とも。
この街に来て、傷つくことも嫌なこともあった。
けれど、それ以上にこの街に救われた記憶は、確かにある。
そしてそれが、人生で最も尊いものであったと、そう思える。
「……コロッセオのあった街で」
イズナの言葉は、嫌にフウタの耳に響いた。
「俺ぁ、一番高いところには届かなかった」
「……」
ぐ、と欄干にかけたままの拳を握るイズナ。
「なのに今度はどうも、その一番高いところがコロッセオよりも高く感じるんだ。なんでだろうな」
「あはは。なんかそれ、分かるや」
届かなかった場所よりも高く感じる。それはひとたび聞けば絶望的な状況にも思えるのに。
どうしてか、二人は笑っていた。
そして。言われてみればフウタも、コロッセオよりずっと――見晴らしのいい景色に感じているのだ。この、一番高い場所を。
「……そうだな。良い景色だ」
「言いやがる」
「ま、それでこそ、引きずり降ろし甲斐があるってもんだよ」
闘気を剥き出しにした笑み。
三人が眺める先にある建築物は、同じ。
「ま、何が言いたいかってーとだ」
イズナは欄干から、フウタの隣から離れて踵を返した。
「今度は負けねえってこった。第二回、楽しみだな」
「私も楽しみにしてるよ。二人ともぶっ潰してやる!」
「おうおう。物騒なやつだ」
何をしに来たのかと言えば、きっと宣戦布告なのだろう。
プリムもイズナも笑って告げる。
第二回武闘大会はもうまもなく。
闘剣士たちの聖地とされたコロッセオよりも、きっと彼らはこの王都のスペクタクラの王座にこそ"価値"を感じている。
それはきっと、"聖地"になるに必要な素養なのだろう。
伝統というのは1つの武器だ。
聖地と呼ばれる場所、誰もが目指す場所――栄誉ある王座とは、求める者が居て初めて成立する。
誰もがこの地の王座という肩書に価値を感じて初めて成立する。
その土壌を作り上げたのは、フウタ1人の力では決してないけれど。
「――みんなが、楽しみにしてるよ」
そう言ってフウタの前から、イズナ同様に立ち去るプリムの言葉が身に沁みた。
「……ありがとう」
彼らが去っていくのを見届けて、フウタは1つ呟いた。
そして、もう一度その高いところから、一番好きな街を眺める。
あれから一年。
この地に闘技場を作ることを、彼女が決めてから一年。
スペクタクラは今、きっと大きな"なにか"になろうとしている。
それをフウタが言語化することはできないが、きっとどこぞの"経営者"なら答えてくれるはずだ。
かつてとは違う。
フウタの周りには、人が居る。
きっと、だからこそ出来たこと。
今、王座には自分が居る。景色が良くて――張り合いがある。
「第二回、楽しみだな」
だから、闘剣を楽しみにしている自分に驚くことはない。
「さて、そろそろ相方考えないとな。……薄々気づいてるよ、誰も俺と組んでくれなさそうなのは」
苦笑いも、嬉しさから。
こんなにも、人が向かってくることが、挑んでくることが嬉しいだなんて知らなかった。
刀が二つ合わさった旗が、夕焼けの中にはためいている。
フウタは、目を細めて呟いた。
「八つ目の海は――世界一美しいものにしておくよ」
期待させてくれるヤツが、こんなに嬉しいものだと。
教えてくれた相手が――いつか戻ってくることを願って。





