おめめぐるぐるリヒターさん
「えい……ぎょう、けん?」
リヒター・L・クリンブルームの口から漏れた言葉は――否、もはや鳴き声ともいうべきそれを前にして、赤髪の少女はつまらなそうにカップケーキを咀嚼していた。
クリンブルーム邸の執務室。
アポイントメントを取った目の前の女は、未だに王都最大の商会である"オルバ商会"の裏のトップを張っている"経営者"だ。
「……はは、なんだそれは。カップケーキの店の名か?」
額に手を当て、魘されたように呻くリヒターに、呆れたように彼女は首を振る。
「かわいそうに」
「かわいそうに!?」
どんな言い草だ、と彼は目の前の女から――その隣に座っている青年へと目を向けた。
「お、おいフウタ、どういうことだ」
「や、すまん忘れてた」
「忘れてたァ!?」
そんな馬鹿な、と顎が地面に落ちる勢いで驚愕するリヒター。
彼の背後で、今日もリヒター様は可愛いなあと、秘書がにこにこ見守っていた。
彼らの間にあるテーブルには、一枚のスクロール。
そこには、優勝賞金である5000万ガルドの請求書と記載されていた。
「フウタの"闘剣"で得られる収入――つまりフウタの営業権は全てオルバ商会に帰属する。それは最初から王女様との間で取り決めてあったことよ」
「ば、馬鹿な……」
懐からパスタが取り出した一枚の"契約"書類。
舐めるような勢いでその書類に目を走らせるリヒターは、全てを読み終わって鳴いた。
「めぅ?」
「財務卿はもうダメね」
「リヒターさん、闘剣の時はカッコ良かったんだが」
「そう? 酷いもんだったけど」
「そこまで言う!?」
フウタにとっての"闘剣の時のリヒター"は、リーフィやアイルーンを相手取っている時であり。
パスタにとっての"闘剣の時のリヒター"は、数セコンに一度「これは凄いぞ」とわめくだけのガラクタであったからして。
致し方の無いすれ違いではあった。
「……フウタが、優勝、すれば、国庫は、あんたーい……」
「財務卿なんでここまでぶっ壊れてんの?」
「や、どうも5000万ガルド捻出出来なかったらしい」
「他のヤツが優勝してたらどうするつもりだったわけ?」
「さあ……?」
ライラックかフウタが優勝してくれれば賞金なんて有名無実。
そんな風に思っていたが故の、まさかの不意打ちであった。
「ていうか、スペクタクラなんてもん作っておいて今更5000万ぽっち支払えないって、あんたの財務管理どうなってんのよ」
「5000万ぽっち!? ぽっちと言ったか貴様!!」
「うるさ……。魔導師に幾ら積んだか知らないけど、スペクタクラ作る金に比べたらはした金も良いところでしょうが」
「そのはした金の為にお前はここに来てるんだろうがッ……!」
「得られるお金は回収する。当然のことでしょ」
国の金を叩いて、あちこちから借金をして立てたスペクタクラ。
変な借りを作るわけにも行かず、その捻出には酷く骨を折ったリヒターである。
「なあパスタ。少し待ってあげても良いんじゃないか?」
「単純な算数よフウタ。スペクタクラのチケット1枚1000ガルド。毎日50000人マックスで獲れたわけでないにせよ、最終日や初日は1日で幾ら入ってると思う? もちろん、チケット代だけで」
「そりゃ5000万……ん?」
8日間に渡る、闘剣の祭典。第一回武闘大会。
最終的には目の前の彼女の手腕で、連日殆ど満員になるまで盛り上げた。
そうなると、単純な計算で4億の収入があるということになる。
グッズ販売を含めずに、だ。
ちらりとフウタがリヒターを見やる。
「ま、待て待て待て待て! おま、本気でそう思ってるのか!?」
「いや、事実じゃないのか?」
「事実だが!! それでもまだこの事業は大赤字だ!!」
それもまた真実であった。
このスペクタクラ建設に掛かった費用、それに伴う魔導師を含めた多額の人件費に宣伝広告料。どれもこれもが金食い虫だ。
なんなら最後の広告宣伝費の金食い虫は、目の前で今はカップケーキ食い虫をやっている。
「それにだ!」
「まだあんのか」
「あるよ!? ――この先の闘剣は、武闘大会のようにはいかない。それぞれの"闘剣士"にはファイトマネーを支払わなければならんのだ」
「そ、そうか……」
なら4億の収入があっても確かにきつい。
頷くフウタの太ももをつねるパスタ。
「その"闘剣士"が試合をやる度にスペクタクラが埋まること考えたら連日黒字に向かっていくのよ。なにこんな簡単なことに騙されてるの」
「え、あ」
その度にチケットが売れることを失念していたフウタである。
「リヒターさん、俺を騙しても良いことないぞ?」
「案外騙してるわけでもないんだぞ、これが」
頭を抱えるリヒターは、秘書から受け取った紅茶を傾けて一息。
見据える先には、パスタ。
「武闘大会は綺麗に幕を閉じた。当然だな、この先の予定もいまいち決まってないんだから」
「一応現時点で出来る程度の予告はしておいたし、宣伝用のスクロールは至るところに張っておいたけど」
「だがアレでは弱い。"闘剣"を一度見て満足した、という層も多いだろう。この先、50000人が埋まることはそうないと見ている」
「……」
そう言われると、パスタも納得できる節はあった。
リヒターの懸念は間違っているとは言えない。
実際問題、本来は武闘大会の最後にでも、次の大会なり何なりの予告をしておくべきだったのだ。
だがスペクタクラの使用については国王の管轄であり、あくまでライラックはこの大会の主催者であったことがあだとなった。
だらだらと次に何に使用するか検討している時間があれば、片端から予定を埋める方が賢いというのに。
「ちなみに"貴族"どもはスペクタクラを使っての講演会を予定しているぞ」
「50000人が埋まった過去だけを見て、自分たちでも同じことができると思う典型ね。物欲極めて、ついに自己顕示欲でも芽生えたのかしら」
「まあ、否定はするまいよ」
「んなくだらない行事にスペクタクラ使われて、自分たちの時は客が入らないって喚かれても知ったこっちゃないんだけど……その辺、あんたしっかり手綱握ってるんでしょうね?」
「どうだろうな……僕も貴族派は纏められても、王室派はちょっと」
「王女様にでも言っておくかしらね」
「そうしてくれ」
額に手を当て、ゆるゆると首を振るリヒター。
と、そこでフウタは1つ気付いたことがあった。
「スペクタクラを"闘剣"以外に使う案もあるのか」
「"闘剣"で売り出した以上、別のことを半端にやっても客は来ないわよ」
「じゃあ絶対"闘剣"をやるべき、なのか?」
「絶対ではないけど……なに、あんた闘剣やりたくないの?」
「やりたくないってわけじゃないが……」
「何か言いたげね」
「まあ、それはそうだ。コロッセオの経験談ってほどでもないけど」
そう呟くと、パスタとリヒターの注目が集まる。
妙なプレッシャーは、しかして"経営者"ないしは財務卿であるが故。
「どう考えても闘剣士の数が少ないからさ。連日開催するのは無理がないかなって」
「一応、王女様があちこちから有望株を引き抜こうとしているみたいではあるけれど」
そう言ってパスタが思い返すのは、リーフィ関係の根回しだ。
結局なんだかんだで同居を続けているあの刀使いの少女は、家事の一つも出来ない穀潰しではあるものの――今はそれは良い。
「コロッセオで試合するノーマルリーグの参加者だけで100人超えてたんだ。流石に比べ物にならないよ」
「……確かにあたしも、1日1試合の為に人を呼ぶのは少しきついものがあるとは思ってたところよ。決勝だったから何とかなったけど」
となると。
"闘剣"に紐づいた、客を飽きさせない何かが欲しい。
「はあ……もういっそのこと王女様にお得意の媚びでも売らせればいいんじゃないの? 客呼んで、あの魔導器使って拡声して、大好きな詩でも読ませるなり歌でも作らせて歌わせるなりすりゃ良いじゃん」
「……」
「……」
闘剣に紐づく。
それは何も闘剣そのものでなくとも良い。
一番人気と言っても過言ではない王女殿下が、闘剣であれだけの存在感を示したのだ。ならば、やり口は解説兄貴と同様だ。皆さんご存知の彼女が今日は可愛い女の子! とでも吹聴すれば幾らでもチケットは売れるだろう。
――もっともその場合、王女としての尊厳は悲惨なことになるが。
そんなこと、この場で彼女が考慮するはずもない。
だが悪態混じりに王女をあげつらったというのに、隣の青年からのお叱りの言葉は無かった。
珍しいこともあるものだなと顔を上げ――首を傾げる。
「なによ、じろじろ見て。文句でもあんの?」
「いや……」
口元に手を当てて思案するフウタ。
空気がおかしいことに気付き、リヒターを見やれば。
「殿下にそのようなことをさせるわけにはいかないが……」
と言いつつ前向きな声色。
「だからなによ、気持ち悪い」
ふんす、と腰に手を当てて2人を睨むパスタ。
そんな彼女にリヒターは告げる。
「パスタ。仮に……仮にだぞ。歌って踊るだけで大金が手に入るというのに、それを拒むような輩をどう考える?」
「大金?」
「それこそ一日5000万ガルドだとしてだ」
「はっ。愚かな話ね。どんなヘッタクソな踊りだったとして、それを羞恥する心があったとして、その額とは天秤にかけるまでもないでしょ」
何を当たり前のことを、と手を払うような仕草に、リヒターはなるほどと1つ頷いた。
なんなんだこいつ、と半眼で見据えるパスタだが、今度は横から声。
「パスタ、これも仮の話なんだが。ライラック様にそうさせようとしたのは、闘技場で人気があるからだよな」
「そうよ。闘剣に紐づけて人を釣る以上、そこが最低条件ね。案外イズナなんかも女性客にウケそうなものだけど」
「ところでもう1人、ライラック様に引けを取らないくらい人気のヤツが、"闘剣士"以外に居ると思うんだが」
「スペクタクラなのに? そんなヤツが居たら、そいつに全部任せても良いんじゃない?」
「そうか」
にっこりと微笑むフウタ。
うむうむと頷くリヒター。
なんだってんだ、と眉をひそめたパスタは、この部屋に居る最後の1人へ助けを求めるように視線を投げた。
彼女は、子供サイズのフリッフリな水色の衣装を手にニコニコ微笑んでいた。少なくとも、彼女が着られるサイズではない。というかどこから出した。
――と、そこで少し考える。
歌って踊るだけで5000万ガルドが稼げるかもしれない、闘技場で人気の"闘剣士"ではない人間。十中八九女だとして。
あの、見せびらかすような派手な子供サイズの衣装。
導き出される答えは――
「……あたしか!?!?!?!?!?!?!?!?!?」





