18 フウタ に きぞく が いどんできた!
「ルールは、一本勝負。相手が降参と言うか、寸止めで勝利。ここで貴様を害するつもりはない」
そう告げるリヒターに、フウタは軽く頷いた。
「では、始めるとしようか」
グラディウス の リヒター が しょうぶ を しかけてきた!▼
構えはシンプル。切っ先をフウタに向けたまま、体勢を低くして斬りかかる備え。
対するフウタは、彼と全く同じ構えを取った。
ぴくりとリヒターの眉が動く。
「――言葉の品はともかく、奴らの言っていたことは真実だ。貴様は、コンツェシュを使うのではなかったのか?」
「俺が何を使おうと、貴方に関係はないはずだ」
「……違いない。貴様が"相手の得意武器だから負けた"、などとすら言い訳出来ないように叩き潰せば良いだけだ」
「ああ、なら心配しないでくれ」
フウタは、グラディウスをくるりとハンドリングして呟く。
「貴方の使う得物が、俺の得意武器だ」
「――吼えたな」
リヒターの目が細まり、ついで、ぐ、と足に力を入れる。
次の瞬間、爆発的な勢いを伴って、フウタに真正面から肉薄した。
――グラディウス。
それは、決闘者の剣とも呼ばれる、武骨でシンプルな両刃の剣だ。
鍔が存在せず、ただグリップとブレイドのみで構成された剣の中の剣。
だからこそその戦いは、相手を斬りつける、相手を叩き潰すことに終始した愚直な試合となる。
搦め手は不要。ただ正面から、自らの強さを"証明"する戦い。
剣は人を表す。
この世界にはそんな言葉がある。
握る剣によって、人物像が分かるというありふれた表現だ。
だがフウタはそれを、真実だとその身で実感している。
鈍くぶつかり合う鉄と鉄。
「おおおああああ!!」
「っ――!」
真正面から突っ込んで、振り上げた剣を振り下ろす。
酷く愚直な動作に対し、フウタは同じく下ろした剣を振り上げることで応対した。
互いに両手で、相手を押し込まんとする力比べ。
その軍配はやはりというべきか、フウタに上がる。
薙ぎ払うように振り払われた剣の反動で、リヒターは跳躍と共に後退した。
「――やはりか」
言葉を漏らし、リヒターは構え直す。
「単純な力では貴様の方が上だな」
「試したにしては、全力を感じたが」
フウタの腕に残る、リヒターとのぶつかり合い。
相手との力差を測る為に剣を振るったにしては、些か以上に重かった。
全身全霊の一撃だったと言っていい。
もっとも、動き始めの身体ということで温まっていなかったこともある。
そういう意味では"全力"ではなかったかもしれないが――走り始めからスパートが掛かっているように感じた。
ただの強がりなのか、と首を傾げそうになるフウタに、リヒターの方こそ疑問符を浮かべて問いかけてきた。
「当然だ。一撃で叩き潰せればそれで仕舞いなのだから」
「それ、試すって言わないんじゃないか……?」
「手加減など、生まれてこの方、したことがない」
「あー……貴方、そういう手合いか」
相手の力量を試す。それは、強者の戦いにおいて必要不可欠な要素だ。
読み、知識、反応、全てにおいて、相手の力量を分かっていればこそ、相手の力量を信頼してこそ放つ技というものがある。
このくらい戦える相手なら、これは反応するだろう。だから本命はそのあとだ。
このくらい戦える相手なら、この剣の弱点は知っているだろう。だからその裏を突く。
このくらい戦える相手なら、この不意打ちは反応するだろう。だからこれはフェイクだ。
ライラックとフウタの初めての手合わせも、互いの力量を探る為の"挨拶"があった。
だがリヒターにはそれが無い。
「貴方は、自分に届かない人間は殺してきたのか?」
思わず問うた。
相手の力量を探る動きが無いということは、自らに到達しえない人間は、全て一撃の元に叩き伏せてきたということだ。
研鑽はない。あるのはおそらく――戦場での命のやり取りのみ。
彼はすなわち、闘剣士とは全く違う生き物だ。
「当然だ。僕に剣を向ける者は皆、家や王家に歯向かう者たちだったからな」
少し、遠い目をしたリヒター。
「安心しろ。寸止めには慣れている。捕縛も任務のうちだった」
「貴方は……ただの貴族ではないな?」
「さて。今は関係のないことだ。行くぞ」
真正面から突っ込んでくる。
横薙ぎに振るわれる一閃は、フウタの目から見ても"速い"。
火花が弾ける。
「ちっ、まだだ!」
連撃。大振りの横薙ぎから、袈裟、切り上げ、振り下ろし、逆袈裟。
その速度たるや、フウタも目を見張るほどだ。
《ランダー流決闘術:一筆》
一筆で仕上げる文字のように、絶えず連撃がフウタを襲う。
その全てをグラディウスで弾いていくフウタ。
「出たぞ、リヒター様の剣舞が!」
「あれを受けたら、もうじり貧だ!」
「戦場でアレを受けて、耐えられた者など居ない!」
――フウタは知らぬことだが。
ライラックとリヒターが戦えば、この技を繰り出されないようにライラックが立ち回り、勝利を掴むのが常だ。
単純な技量の差でライラックが上を行く。
だが、逆に言えば、この技を繰り出されてしまったら最後、ライラックをして、リヒターの前に膝を屈することになるということだ。
「――フウタ様っ!」
心配そうな声が、広場に響く。
だが。
「――なるほど、最初から全力であれるのは、貴方のスタミナがあってのことか」
「これだけの連撃を受けて、口を開く余裕があるか!」
一目見れば、リヒターが振り回す剣に反応して全てをいなしているように見えるフウタ。
だが、実際は違う。
《模倣:リヒター・L・クリンブルーム=ランダー流決闘術:一筆》
この技の全てを、フウタは知っていた。
次にどこから剣を振るうのか、それを全て知っている。
これは最高効率で剣を振るい続ける技だ。
知らずにぶつかられたら溜まったものではないだろう。
それに、幾つもの分岐点がある。生半可な知識だけで挑めば、起点をずらされて殺される。
だが、その全てを知り、その全てに反応し、その全てを読んでしまえば何も怖くはない。
「くっ、おおおお!!」
「鋭く、真っ直ぐ。速く、多く。シンプルだからこそ、最後は腕が物を言う。――なるほど、"貴方らしい"技だ」
リヒターのグラディウスは、真っ直ぐだった。
愚直に、数々をこなしてきた。そこに応用も機転もなく、しかし盤石な基礎があったのだろう。
剣を振るい続ける体力と、相手の剣を打ち払う力。
それだけで、どんな相手にも真正面から打ち勝ってきた。
だが、だからこそ。
フウタが負ける理由が一つもない。
ありとあらゆる基礎だけで、全てが彼を上回る。
「まだだ! まだ、終わらぬ!」
リヒターの剣が振り下ろされる。フウタが弾く。
リヒターの剣が切り上げられる。フウタが弾く。
リヒターの剣が突き出される。フウタが弾く。
その頃になって、段々と周囲の様相も変わってきた。
「リヒター様……?」
「おい、なんでまだ終わらないんだ」
「――あの男、何故顔色一つ変えていない?」
力量が遠く及ばない者たちには、理解が出来ない剣の領域。
彼らにとっては、リヒターとは強さの象徴であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。
リヒターがどれだけ強いのか。何故強いのか。どう強いのか。
それが、全く理解出来ていないのだから。
だから、リヒターと切り結んでいるということは、無条件にフウタの格を押し上げてしまうことになる。
即ち、恐怖の対象だ。
「なぜ……"無職"如きが……」
しかしそれも、"なぜ"で終わる。理解には及ばない。
そして、"なぜ"で終わってしまうからこそ、自分に都合のいい理屈をつける愚かな人間が生まれる。
「リヒター様! いくら殿下の客人とはいえ、手加減は無用!」
「そ、その通り! 戯れるのも、どうかそのあたりで!」
深層では恐れているからこそ、自分たちの言葉に矛盾が生まれる。
本当に戯れているなら、肴にでもして楽しめば良いと言うのに。
「これならどうだ!」
突きからの薙ぎ。リヒターの剣が振るわれる度、鈍い鉄の音が響く。
「ならこうだ!」
「――リヒターさん、もう良いだろ?」
フウタは、振るわれる剣と、その先で瞳をぎらつかせるリヒターに思わず問いかけた。
リヒターの腕は理解出来た。十分に一線級。ライラックには及ばないだろうが、この国で有数の剣士であることは分かっていた。
だからこそ、フウタの力量を見誤るとも思えなかった。
何より、今までの剣技が"証明"していた。
なら、リヒターなら分かると思った。
だが。
「いいや、まだだ!! 僕が負けを認めるまで、負けではない! 勝利条件を忘れたか!!」
「――勝利条件って」
確かに、勝利条件は定めた。
降参するか、寸止め。
だが目的は力量を測ることではなかったか。
首を傾げるフウタだが――リヒターはさらに吼えた。
「そうだ! だからまだまだ付き合って貰うぞ!! お前に勝つ!!」
――いつの間にか、呼び名が"貴様"から"お前"になっていたり。
リヒターの表情が獰猛な虎のような笑顔になっていたり。
「は、ははっ……!! まだまだァ!!」
フウタを打ち倒さんとして剣を振るう彼に気圧されて、フウタは一度瞑目した。
《模倣:リヒター・L・クリンブルーム=ランダー流決闘術:一筆》
「ならこちらから行くぞ、リヒターさん」
「はは、掛かってこい!」
リヒターの攻撃を大きく弾いたその一瞬を縫って、フウタが攻勢に出た。
使うのは、リヒターと全く同じ技。
ランダー流決闘術:一筆。
「ぐ、おおおおお!!」
「――そこだ」
何度も何度も押し寄せる波のような攻撃に、リヒターを上回る膂力。
リヒター自身が今まで強みにしていた、単純な力量。
それを全て、真正面からぶつけられるこの技は、返されると脆かった。
まして、リヒターは初めてこんな長期戦に挑んだのだ。
体力の消耗著しく、グリップの感触が掻き消える。
かん、と軽い音がして。
リヒターは、ようやく目が醒めた気がした。
地面に転がる自らの剣。
向けられたグラディウス。
「――終わってしまったのか」
「ああ。俺の勝ちってことで、いいよな?」
名残り惜しく思ってしまった自分に、驚いた。
NEXT→12/31 17:00





