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たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして。  作者: 藍藤 唯
たとえば俺が、王女のヒモからチャンピオンにジョブチェンジしたとして。
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50 フウタ は けいえいしゃ と けんか している!


 ――夜。パスタのおうち。


 あくびを1つかましたリーフィが、そうそうに退場した食堂。


 桜季特有の穏やかな気候は、夜になっても肌寒さを感じさせず。

 柔らかな茶葉の香りは、サーブされたお茶の新芽。ファーストフラッシュの上等な一品。


 焼きたてのカップケーキの優しい甘みも相まって、食後のひと時を彩っていた。


「草の汁と、火に放り込んだ小麦粉っ」

「美味しそうに説明する努力しようよ……」

「ぺろりんっ」


 どうせ味は美味しいのだから。

 そんな想いを溜め息に変えるフウタの隣で、無言でカップケーキに手を伸ばす少女の姿。


 嫌に落ち着いたというか、静かな彼女の雰囲気を一瞥したフウタに、お茶を出したメイドが背中からつつく。


「ちょいちょいちょい」

「はいはい、どしたの」

「あの麺、どうしたんです?」

「どうしたもこうしたもなー」


 ちらっ。ちらっ。

 メイドさんがわざとらしい視線を送る先。

 手元のスクロールに目を通す彼女は、2人の存在を排除して仕事に臨んでいるようだった。

 カップケーキがあるから仕方なくここに居る、といった風の彼女の雰囲気は、今まで以上に壁を感じさせる佇まい。



 ――仲間割れ、ともいうべき亀裂は昨日のこと。


 本選の濃厚さで忘れがちだが、彼女がコンラッドに追われたのはまだ昨日のことで。フウタとあからさまに距離を置いてまだ1日だ。


「めいどー……どうします、フウタ様」

「どんな鳴き声だよ」

「メイドはそんなことが聞きたいんじゃない!」

「え、俺が叱られるの?」

「真面目にやれ!」

「え、ご、ごめん……」

「仕方ないですね、フウタ様は。まったくもー。だからパスタが乾麺のままなんですよ」

「どんなだ」


 ぷりぷりと腕を組んで怒ったふりをするメイドさん。

 ただ、表情が完全にいつも通りのメイドスマイルなので何も怖くない。


「……はぁ」


 そんなやり取りが、耳には入っていたのだろう。

 煩わし気な溜め息を1つ。くだんの彼女はゆっくりと席を立った。


「おやすみ」

「あれ、もうおやすみですか妹様っ」

「……煩くて仕事にならないわ。ごちそうさま」


 普段のように鼻を鳴らしたり、苛立たし気に罵声を浴びせることもなく。

 まるきり興味をなくしたように、カップケーキの入ったバスケットとスクロールだけを手に食堂を出て行く彼女。


 扉が閉まる一瞬、静まり返る食堂。


「……んー、完全に距離置かれてますね。フウタ様、今日何やってたんです?」

「今日は闘剣と解説かな……」

「そういうことじゃねー!」

「いや、分かってる分かってる。……でも、なんだろ。闘剣と解説だからこそ……」


 頬杖をついて、自分の分のカップケーキを齧った。


 思い返すのは今日のこと。


 最初こそ、彼女は"これ以上近寄るな"という雰囲気を剥きだしにして、ひたすら実況としての妹を演じていた。

 実際、第三試合まではずっとそうだったように思う。


 ただ。

 フウタの心にも色濃く残る第四試合。

 生まれて初めて浴びた、熱烈な応援と、試合後の賞賛。


 そして。


『――さっさと行けよ、闘剣士?』


 あの言葉と共に見せた笑顔。


『良かったね、お兄ちゃん』 


 その声に籠っていた感慨。


 そして試合後に目が合った時の、どこか小馬鹿にしつつも親しみのあった表情は決して、距離を置いた者のそれとは思えなかった。


「あいつがどうしたいのか、分かんなくなる」

「……」


 距離を置くと、彼女は言った。

 これ以上近づくなと、彼女は言った。


 突き放す彼女の言動は、本心であることがありありと伝わった。

 本選に臨む時の彼女の意思表示も、分かっていた。


 なのにあんな隙を見せられては、こちらもどうして良いのか分からない。元通りにしても良いのかと思ってしまう。


 けれど結果はこうして、2人だけの食堂だ。


 顔を上げれば、にこにこと笑顔のメイドさん。

 いつも通り楽しそうで、いつも通り頼もしくて、ほんの僅かに寂し気で。


 コローナはいつも、フウタにどうしたいかと背中を押してくれる。

 ただ、自分がしたいことで近づいたからこそ、今の"妹"との歪な関係が出来上がっている。


 むしろ、彼女がどうしたいのかが、フウタには分からなかった。


 勝ちを取りに行こう。

 そう宣言した時でさえ、彼女からの答えは無視だった。

 何も響いていない、ということはないと思いたい。


 仕事だけの関係になろうと本当に願っているのなら、それは嫌だ、で我儘を押し通すつもりでいたけれど。


 彼女が時たま見せる言動や行動が、フウタを迷わせた。


「……違うよ、フウタ様」

「コローナ?」


 ゆるゆると、金の二房が揺れる。

 困ったように眉を下げ、彼女は告げた。


「パスタはね」


 切ないくらいに、優しい笑顔。


「どうしたいのかじゃないんだ。もう、どうしようもないんだ」


 告げられた言葉に、フウタは間抜けな声を上げるしかなかった。

 どうしようもない。


 それは、つまりどういうことなのか。


「突き放したいし、元の仕事の関係に戻りたい。でも無理なんだよ。もう、無理なんだ」


 奇しくもフウタが、もうパスタの敵になれないことと同じように。


「パスタ、フウタ様のこと好きだもん」

「すっ……!?」

「恋愛とかではないです!!!!!!!!!!!!」

「あ、はい」


 ばん、とテーブルに衝撃。

 流石に無いなとフウタも納得。


「……だから、どうしようもないの。でも、突き放しておかなきゃいけないって、思っちゃってる」

「……それはさ。やっぱり、ライラック様絡みなのかな」

「一番大きいのは、多分そう。でも……」


 目を閉じ、コローナが思い返すのは己の過去。


 誰も彼もが、みんな自分を排除しようとして敵意を剥きだしにしていた過去。


 コローナはその時、自らの感情を捨て去ることで己を守ったけれど。

 きっと、似たような過去を持つ彼女は全てを敵に回すことで足掻いたのだ。


 隣に誰かが居ることに、きっと彼女も慣れていない。


「……分かったよ、コローナ」


 立ち上がったフウタに、コローナは顔を上げた。


「行くの?」

「ああ」


 こういう時。本当にこの人は。

 そう、困ったように眦を下げて、コローナは笑う。


 自分本位の我儘が、一番カッコいいと、ふと思ってしまう。


 きっと彼は、パスタの感情の半分も分かっていない。

 けれどそれでいいのだ。分かろうとして分かるなら、人間なんて簡単だ。


 見上げたコローナに言い放つ、フウタの一言。


「俺はまだ、おやすみっつってないからな」

 

 ほら、やっぱり自分勝手。












 







「……部屋にも書斎にも居ないから、探した」

「いい迷惑ね」


 ようやくフウタが見つけた彼女は、フウタに背を向けて立っていた。


 優しい香りの充満する部屋で1人、こちらを振り返ることもなく一言で切り捨てる姿勢は今までと同じ。


 けれど。


「ありがとう」


 フウタの一言目は、それだった。


 おやすみを言っていないから、ここに来た。

 けれど、まだそれを言うには早い。

 だって何も終わっていない。

 まだ今日を終わらせてはいけない。


 今日は、人生で最高の日だったから。

 人生で最高のまま、終わらせなければいけない。


 そんな身勝手だ。


 だがその身勝手こそが、今まで。

 同情や思いやりではどうしようもない人たちの心に触れてきた。


「……礼は要らないって、言ったはずだけど」

「悪い。そうだったな。でも無理だ。お前のビジネスと俺のこれじゃ、つり合いが取れてない」

「……」


 返す言葉は無言。


 面倒な奴だ、とフウタは息を吐いた。


 決してバカにしているわけでも、嘲っているわけでもない。

 フウタにとって面倒なわけではない。


 彼女が今何を考えているかくらいは、フウタにも分かった。

 つり合いが取れているかどうか。それは一考の余地があると思ってしまったのだろう。

 自分のビジネスは確かにオルバ商会にとって大きな貢献になるだろう。

 だがフウタが受けた恩の重さを、既に彼女は知ってしまっているから。


 だから、つり合いが取れていないことは、認めてしまう。

 "経営者"として、真摯であるが故に。


 だから、面倒なのだ。


「俺は、色んな人に色んな恩を受けてきた。中でも大きいものが3つある」

「……3つ?」


 そこで初めて、反応があった。


 彼女の想定ではきっと、2つだったから。


 一歩、前に出る。


「1つは、俺の人生を救ってくれた。もう死にたいと思った淵から救い上げ、俺の価値を認めてくれた」


 もう一歩、前に出る。


「1つは、俺の心を救ってくれた。笑うことも泣くことも忘れていた俺に、人並みの日常ってやつをくれたんだ」


 部屋の中央にまでやってきて、フウタは立ち止まった。


「……」


 相変わらず振り向くことのない彼女の小さな背中。

 その背にどれだけのものを背負っているのか、既にフウタは知ってしまっている。


「1つは。俺の夢を叶えてくれた。1人でずっと足掻いていた、届かなかった夢に。届かせてくれるって言って……今日、叶えてくれた」

「っ……」


 ――伝えていなかった。否、伝わっていなかった。


 恩に感じていると。嬉しいと。そう伝えてはいた。

 けれど、どれだけ重いものなのか。伝えているつもりで、言っていなかったのかもしれない。


「……前の2つのが、上等ね」


 返ってきたのは冷たい突き返しだった。

 けれど、どこか。彼女の感情さえ感じさせるのは何故だろうか。


「そんなことはねえよ」

「あるでしょ。だって、救ったのは2つの方よ」

「……そうかもしれない」


 肯定。

 救ったのは、確かに前2つかもしれない。

 でも、それは今となっては意味のない話だ。


「でも、最初から最後の1つが叶っていたら、俺はきっと王都に流れ着いてさえ居ない。救って貰う必要さえ、ない」

「……」

「全部俺だけではどうしようもなかった。だから今の俺が居る。俺にとっては――」


 3つとも、本当に大きなものなんだ。


 そう口にしかけた時だった。


「じゃあ」


 振り返らない少女の、よく響く声。


 フウタの言葉を遮るようなそれに、思わずフウタも押し黙る。


 一瞬の静寂を切り裂く、彼女の呟き。


「あんたさ」


 す、と息を吸う動作は、何だろう。緊張、だろうか。

 心の奥底に縛り付けていたものを解き放つかのような。

 それはまるである種の"告白"だった。


 言いたくても言えなくて、それでも振り絞るように伝えるさまはきっと、想いを伝える形と同じ。


「――ライラックからあたしを殺せって言われたら、あたしのこと守ってくれるわけ?」


 振り向かない背中。


 フウタは一瞬押し黙る。


 その問いが、彼女の本当に恐れているものだと分かったから。

 その問いが、フウタにとって大きな命題となると分かったから。

 その問いが、――選択だと、分かったから。


 けれどどうやらその沈黙は、彼女にとっては否定と捉えられたようで。


「……我ながら酷い話ね。忘れなさい」


 呟く言葉は、あまりにも。


 あまりにも、切ないそれ。

 薄く膜を張っていた壁を、強固なものに変貌させるこの選択。

 壁が割れるか、或いはこうして目に見えるものに変えるかという彼女の出した問題は――きっとその選択を迫ることそのものが、彼女にとっても"告白"のように恐ろしいものであったから。


 だから。


 その壁を、踏み越えるように一歩を進めた。


「俺は、ライラック様に人生をあげた」


 その一言目は、否定じみたそれ。


 唇をかみしめる彼女の表情は、後ろからでは見えたものではない。


「俺は、彼女の為に戦うと決めた」


 その宣言は、彼女を突き放す明確な答え。


「だから」

「――もうやめて!!」


 叫ぶような声は、狭い部屋に響き渡る。

 沈黙の舞い降りる一瞬。


「……分かったから。もう」


 答えは十分だ。

 何もこれ以上、いたずらに傷つける必要もないだろう。


 そう希うような叫びに、自分が惨めで泣けてきた。

 傷つける必要がない? どの口が。


 傷つけられるに十分値するようなことをやってきた。

 どれだけのことをされても構わないと、覚悟も決めて生きてきた。


 なのに。たったこれだけでどうして音を上げてしまうのか。

 情けなくて涙が出る。


 ――こいつから。


 はっきりそう言われるだけで、どうしてこんなに痛いんだ。


「――やめない」

「っ」


 だからこそ余計に。

 言葉が刃となって突き刺さる。


 ひゅ、と空気が勝手に喉へ入り込むような、嫌な音。


「だって、まだ言いたいことは言えてない」

「……じゃあ……もう」


 手元でしていた作業の手が止まってから、どのくらい時間が経っただろう。

 無気力に降ろされた両手。

 立ち尽くしたままの彼女の背後に、フウタは立つ。


「いっそ、好きに言って」

「……ああ」


 肯定。

 息を吐く。


 覚悟は決めた。どれだけ痛めつけられるか分からないけれど。

 それでも、時間というのは素晴らしい。


 いつか、必ず過ぎ去ってくれる。


 それは――悲しいくらいの希望だった。


 でも。





「――だから。たとえばライラック様が、俺にお前を殺せと言ったとして。その時、お前を守って死ぬことくらいは出来る」





 ――ぇ。と。

 零れた言葉は、どんな感情の色を示していたのか、分からない。


 けれど。


「そもそも、そんなことにならないようにするけどな。最悪の最悪は、そうするしかないだろ」

「……ライラックに人生あげたんでしょ?」

「だから、お前が要らないってなったら俺も要らないだろ。俺は駒の1つでしかないんだから」

「……ライラックの為に戦うんでしょ」

「お前が居なくなるのは、ライラック様の為にならない」

「……あんたは」


 震える声に。

 応える返事は、当たり前の日常のように、淡々として。


 けれど、それは全てライラック本位の話だった。

 彼女自身が、ライラックを引き合いに出した話をしたから当然のことではあるけれど。


 ――ただきっと、もう彼女は"どうしようもない"のだ。


 本当に欲しいものさえ、分からないほどに。

 

「それに」


 だから。


「――俺は、お前と喧嘩してる時が、一番楽しい」


 一番。


 固まる彼女に、


「だから」


 とフウタは告げた。


 ついぞ振り向かなかった彼女の隣に並び立って。



 手元の"火"を消した。

 

 



「1人でレモネードなんか作ってんじゃねえよ」






 場所は厨房。

 背を向けたままの彼女の隣に立って。

 沸いた湯を、彼女のカップに軽く注いだ。


「……うるさい」

「うわ、どれだけ砂糖入れるんだよ」

「うるさい」

「お前それに加えてカップケーキも食うんだろ」

「うるさい」

「いくらなんでも夜中にそれは」

「うるさいわね!!!」


 振り向いた。


 なんて醜い顔だろうか。

 涙を抑えつけることも出来ず、苛立たし気に睨み据える敵愾心剥き出しのその表情。


 けれど、その顔を見てフウタは笑った。


「ようやくこっち見たな」

「黙れ。……なによ。……なんなのよ、あんたは」

「ここでカッコいい台詞を言えるのが、俺の新しい夢です」

「死ね」


 どす、と拳が飛んでくる。

 腹部に当たり、彼女は痛そうにその手を払った。


「……1つ、聞かせてくれよ」

「……なに」


 受けた恩を返すのが、自分の成すべきこと。


 それはいつも変わらない、フウタの生きる理由。


 いつも彼女は足掻いていた。

 いつも、戦って、必死に生きていた。


 負けたくないと、初めてあの日感情を吐露した。


 だから。フウタに出来ることは1つだけだ。




「お前の"勝ち"は、なんだ?」



 それを、叶えることだけだ。



「今度は俺が、お前の夢を叶える番だ」


NEXT→5/11 11:00

明日が待ち遠しいレビューせんきゅー!

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[良い点] 男と男の最高の物語が一段落したと思ったら男と妹の最高の物語がやってきた。 [一言] ヒロインかわいい。主人公格好いい。
[良い点] 数日前に見つけて、時間があれば貪るように読んでいました。まだ最新話まで読んでいないですが、今回で堪え切れず感情吐き出します。戦闘描写ではまるで観客の一人になったかのように盛り上がり、心理描…
[良い点] 最高デス。 パスタが一番すき
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